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ちしきの金曜日
 
アロエ部

「よう、副部長」
先 輩がぼくに向かって言った。2年生は彼女とぼくしかいないのでとうぜん彼女とぼくが部長と副部長ということになっていた。そういう役職が必要とは思えな かったけど、そこは形式を重んじるということで。ぼくはマジック同好会の部長もおしつけられていたので、こちらでは彼女に部長をやってもらっていた。

「どうも。ご卒業おめでとうございます」
ぼ くが月並みなあいさつをすると、先輩は3年なんてあっという間だな、とか、こんな部活でももうこれないと思うと寂しいもんだな、とかさらに月並みなことを 言った。そんなやりとりを横目で見ながら彼女はぼくらから少し離れて、窓わくのところに腰掛け、グラウンドの方に顔を向けた。


こちらも金のなる木とのセット
八百屋の隣のアロエ

「4月は新入生の勧誘気合い入れないとな。このままじゃつぶれちまうぞ」
「それはずるいですよ。先輩が勧誘がんばらなかったせいで今現在こんななんじゃないですか」
「そうだな、でももう時効だ。あとは知らねえよ」
「ひどいなあ」

卒 業してもういなくなってしまう先輩も、後に残るぼくらも、なんとなく寂しい気持ちでいたと思う。でもそういう気持ちをどう表現したらよいか分からないま ま、いつもと同じように何をするでもなく、なんとなくだらだらとくだらないおしゃべりをしながら校舎が夕日で赤く染まっていくのを眺めていた。あまりにも いつもと変わらないやりとりと光景に、今日が卒業式で先輩はもういなくなってしまうというのが信じられないぐらいだった。


高所から、アロエ
店、破れてアロエあり。

そ のときふと、新学期からは先輩はいなくて、部室で彼女と二人きりになる機会が増えるのだと思いいたって、ぼくは少なからず動揺した。たぶん彼女はぼくの気 持ちに気がついていて、彼女が気づいていることをぼくが知っていることもまた気づいているはずだ。そして彼女が先輩に好意を寄せていることをぼくが知って いることも、彼女は気づいていると思われた。

もう彼女は部室に来ないのかもしれないとも思った。そうしたらぼくはどうするのだろう。部室 で彼女が来るのを毎日待ち続けるのか。あるいはぼくもまた部室に行かなくなるのだろうか。そうしたら新入生がどうのこうの以前にアロエ部は解散だ。でも彼 女は今後もちゃんと部室に来るだろう。これといった活動をするわけでもないけど、彼女は部長だ。職務を果たすだろう。彼女はそういう人だ。


追いやられても、げんきなアロエ
アロエ天国

いま一番想像したくないのは、もしかしていまぼくはとても邪魔なんじゃないだろうか、ということだ。いや、きっと邪魔なんだろう。彼女はさっきから無口だ。そもそもそんなにたくさんしゃべる人ではないけれど、いつもよりも無口な気がする。

ぼくが部室に来る前まで、先輩と何を話していたのだろうか。先輩が学校に来るのは今日が最後。そりゃあ、明日以降だって外で会うことだってできるだろうけど、やはりぼくは席を外すべきだろうか。でもいまさらそんなことがわざとらしくなくできるだろうか。

何の脈絡もなく、部室の前にあるあのアロエはいったいいつからあそこにあるのだろうか、と思った。何代前の先輩が植えたのだろうか。生徒がどんどん卒業して入れ替わっていくのをどれぐらいあのアロエは見てきたのだろうか。


 

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