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はっけんの水曜日
 
シュヴァンクマイエルさんに会った

(text by 大塚 幸代



「『わかんないなー』と監督は言ってます」
「『そこは覚えてないなー』と監督は言ってます」
目をキラキラさせた日本人女性ファンの、熱心で難しい質問を、通訳をとおして、かわす巨匠。
でも軽く笑顔。
私はそれを、30センチ横で眺めてた。白髪で小柄、猫背、やさしい声、やわらかい雰囲気。
おととい、月曜日の出来事だ。

ヤン・シュヴァンクマイエル。1934年、チェコ・プラハ生まれの芸術家。シュルレアリスト、アニメーション・映像作家、映画監督。
日本にもすさまじくたくさんのファンがいる、世界的巨匠。とくに女子には、コマ撮りアニメと少女の実写を合体させた長編『アリス』が人気だ。金髪青い目の美少女が迷い込む、不思議でグロテスクな世界。たまらない。

私が初めてシュヴァンクマイエルを観たのは、二十歳くらいの頃。『男のゲーム』『闇・光・闇』(両方とも、ものすごく変な、ねんどアニメ)あたりを、「これ面白いから観るといいよ」と、文通相手にテープで送ってもらったのが、最初だと思う。
(ちなみに一緒に入ってたのは、同じくシュールな映画『アンダルシアの犬』や、『冗談画報』という深夜番組にブレイク前のダウンタウンが出演したものや、『吉田ヒロのギャグ108連発』などで…要するに衝撃レアもの映像セレクションだった)。

当時の感想。
「なんだこりゃーーーー!」

で、普通に有名な作品は観たりしてたのだが、ものすごいファンという訳ではなかった。ごく普通のファン。単なるファン。

それが、先週の土曜……。
私が寄稿してる、チェコ総合雑誌 CUKR [ツックル]編集長・梶原さんから連絡が。
「所用でシュヴァンクマイエルさんが来日してて、来週帰るんだけど、その前日夜に、送る会を、内輪でやるから来ないかって、お誘いがあって……」
へー。
チェコセンター』っていう、大使館の隣に今年出来た、文化交流のためのスペースがあるんですよ。そこでシュヴァンクマイエルさんの『アリス』の原画展示をやってたから、そこでクロージングパーティやるんです」
ほうほう。
「大塚さん、来ます?」
……へっ?

チェコセンターのギャラリーは、地下にあった。赤い絨毯。入り口でチェコビールを、紙コップで渡された。
つまみには、大皿にサンドウィッチ。


チェコはビールが安くて美味しいので有名なのです

チェコセンターはお洒落な雰囲気

 

私たちが会場に入ったときは、もうチェコセンター所長さんの挨拶が始まっていた。


日本語、ペッラペラの所長、ペトルさん。落語好きな方らしい

土曜日に声をかけられ、急遽集まったチェコ関係者は小学校の1クラスぶん弱。映像をリリースしてるかた、チェコの本を作ってるかた、語学関係者、などなど。着物で着飾ってる女性もいた。
「梶原さん、あれ、あの中心にいる、白い小さい人が、監督?」
「そうです」


↑監督

挨拶が終わると、皆が次々に、巨匠に話しかける。当然、監督と2ショット写真大会になる。
梶原さんも話しかける。
監督より小柄な、チェコ語の出来る若い日本人の女の子が、熱心にアプローチしているので、監督は身体を斜めに傾けて、ウンウンとうなずいていた。

巨匠と梶原さん

チェコ語が出来ること自体珍しいし、彼女は以前、チェコで監督にインタビューしていて(ツックル2号に掲載)、来日会見のたびに会いに行っているので、完全に顔を覚えられているようだった。
「(作品、あんな過激だけど……ご本人、超おだやかだな…)」
私は横で、ぼーっと突っ立って見てた。
「訊きたいことありますか?」と、梶原さんが気をつかってくれる。
「(き、訊けない……何も訊けない、訊くとしたら日常の些細なこととか訊きたいけど、そういう場じゃないし…)いや、いいです」

私は過去、仕事で会ったことのある映像作家さんたちを、思い出していた。
大物になればなるほど、人前では余裕というか…やわらかい印象だった、ような、気がする。
ぎっちりした繊細さと同時に、余裕を持ち合わせていないと、監督業なんか、不可能なんじゃないかと思う。


話してるときは笑顔なのに、カメラを向けると真顔でいらっしゃった

若いパフォーマー青年が、やはりキラキラした目で巨匠を見てた。
「梶原さん、彼、監督と喋りたいから、通訳して!」
「は、はーい」
頼まれて、結局何人もの通訳をやっていた梶原さん。
会えて感涙してる人もいた。涙がぽろぽろこぼれていた。私は彼女に、会場に行く途中の恵比寿駅前でもらった、NOVAのティッシュペーパーを差し上げた。
私みたいな程度のファンがここにいていいのか……と、悩みながら、2ショット写真を撮ってもらった。


わたし、ひきつってます。いやな汗かいてます。変な帽子をかぶっていったことを後悔。そして監督はやっぱり真顔。

その場に、雑誌で見かけた顔があった。背の高いチェコ人青年。長めの髪をひとつに束ねた彼は、居場所ない感じで、うろうろしていた。
「梶原さん、あの人、村上春樹の本のチェコ語訳をやった人じゃないかな?」
「本当ですか?」
「うん、世界の村上春樹、みたいな特集の雑誌に載ってた顔と、一緒だし…」
声をかけたら、やっぱりそうであった。
(実は彼、トマーシュ・ユルコヴィチくんメールインタビューも、ツックル最新号に掲載されている)
見本誌を渡して、ご挨拶。


ユルコヴィチくん、現在日本留学中。でかい。

「なんで村上さん訳したんですか?」
「大学出て、バイトで食いつないでるとき、学校の先生に、『これ人気あるから翻訳するといいよ』って言われたのがキッカケで……」
「……(ツックルのインタビューで言ってることと違うような…)。プラハでカフカ賞のとき、村上さんと会いましたか?」
「会いましたよ。普通に、感じのいい人かたでした。ポップスターみたいな横柄さはまったくなかった」。
そりゃそうかもしれません。

■チェコがせめてくる

私はちょっと前まで、「チェコの雑貨、かわいいよねー」レベルでしか、チェコを知らなかった。
でも、チェコ通の人にたまたま出会い、よくよく訊いてみると

  • もぐらのクルテクくんとか、可愛いキャラクターアニメは、15分番組で毎日やってる。さまざまな作品があり、チェコ人はそれを空気のように感じている。基礎体力として「かわいさ」が日常に入り込んでいて、それを特別に思わないらしい。
  • チェコは日本みたいに、若くて可愛いけどおばか、というのはNGで、賢い人のほうがモテる傾向がある。
  • 翻弄された歴史があるので、宗教も国家も信じにくいぜ、というところで、かなり皮肉屋さんらしい。
  • とにかくビール大好き。しかも安い、1本80円くらい。

などなど、興味深い話、多々。
そりゃプラハ行きたくなりますよ。外国って結局、いくら日本で情報を仕込んでも、実際に行って触れてみないと、分からないものだから。
というわけで、来年はチェコ行きたい…というのを、野望に掲げたいと思います。


シュヴァンクマイエル、新作『ルナシー』公開中(配給会社に頼まれてないのにリンク)。」
https://www.a-a-agallery.org/event/lunacy/
内容を説明すると野暮なので避けますが、全裸がカジュアルに出てくるのと、女の子のおっぱいが真円で美しかったのは伝えておきます…。
(あと、生肉のコマ撮りアニメが挿入されてます…。)

今回の『アリス』展への記帳を見たら、イラスト入りがとても多かった。若い感じのかたの、コメント多数。ほんとに人気なんですよ、シュヴァンクマイエルさん……。
チェコセンターでは、これからも様々な展示をするそうなので、お時間あるかた、のぞいてみるといいよ!

チェコセンター公式webサイト
https://www.czechcentres.cz/tokyo/
(↑いまチェコ語だけですが、今月中に日本語バージョンができるそうです)


 

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