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はっけんの水曜日
 
消え行く町に暮らして

「ここなんですよ」

ある写真家の苦悩(立ち退き編)

いままさに立ち退きの危機に瀕する中川さんの家を見せてもらえることになった。実際いつ取り壊しが決まるのか時間の問題だということで、これが貴重なレポートになることは間違いない。

彼の家は、少々古くはあるが母屋と庭のある立派な一軒家だった。

「ほら、もう壊されそうでしょ」

しかしまさに中川さんがこうして立っているすぐそこまで開発の手が伸びてきている。この日もバリバリと音を立てて重機が土を削っていた。写真中、青いショベルのいるこのあたりも少し前までは住宅だったという。ショベルは「お前ごと削り取ってやろうか」という目線を向けながら、中川さんの家の隣を掘っていた。

「いやあどうぞどうぞ」

さっそく中川さんの部屋に案内してもらうのだが、ここで一つ訂正がある。さっき中川さんの家は立派な一軒家だ、といったのは間違いだ。あれは大家さんの家だった。中川さんはここの裏手の一角を間借りしているのだという。

案内されたのは古き良き時代というか昭和の香りというかアンティークというか、なかなかうまい婉曲表現が見つからないのがもどかしいが、田舎のおばあちゃんの家の裏っぽい場所だった。

通路脇にある銀のタンクは雨水をためておくためのものだ。蛇口をひねるといつでも使える。中川さんはこれで洗濯やらをするらしい。そうだいい表現を思い出した、エコだエコ。

中川さん、これなんすか。
「生活用水です」
シンプルイズベスト。

サッシの扉を横に引くとシンプルな玄関ゾーンを挟んで中川さんの部屋へとあがることができる。この部屋は元来土間だったようで、そこに板を並べて床が作られ、さらにに4枚半の畳が敷き詰められた。下がそのまま土なのでたまに床板の隙間からへんな虫が上ってくるのだという。

「ようこそ」

部屋だ。えらいことになっている。広角レンズで撮影するといろいろなものが写りこむ。彼は「立ち退き反対。断固としてねばるつもりです」といっていたが、隣の家を壊すときに間違えて倒してしまいそうな感じだった。

「休みの日はほとんどこうして過ごしています」

電話線がないのでインターネットもない。かつての彼女にせがまれて買ったテレビも、彼はほとんど見ない。芸術家に余計な情報は不要なのだ。休みの日には主に自分の作品を眺めて悦に浸ったり反省したりしているのだという。今日は特別服を着てもらったが、いつもはあまり着ていないらしい。

それから最近はまっているのがパズル。4畳半のリビングの隣が同じくらいの広さのキッチンスペースとなっており、中川さんはそのテーブルで一心、足りないピースを探す。完成したら崩してまた遊ぶのだとか。圧倒的な暗さ。遠くから聞こえる重機の音にまですがりたくなるほどの沈黙だ。

「あと最近はまっているのはパズルですね」
「だって何も考えなくていいじゃないですか」

 

 
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