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はっけんの水曜日
 
くさってもタイ?

(text by 大塚 幸代



「あ、エリンギ落ちてる」
「ほんとだ」
「…2本」
「…2本だ。エリンギかあ」
「エリンギだよ」
「なんでエリンギ?」
「こんな季節、ここでバーベキューとか、やらないっしょ?」
「やらないでしょうねえ、夏ならまだしも」
「海とエリンギ、関係ないしねえ」
「ないっすねえ」

12月の昼間午後2時、とある東京湾の砂浜。30女がふたり。
しゃがんで、エリンギを見ていた。
やたら晴れていた。日の光が海に反射して、まぶしすぎる。
埼玉出身者としては、この海のそばの光量には、いつもびびる。なんでこんなにあかるいんだろう。

「水平線の向こうに、富士山が見える時もあるんですけどね、この季節は、かすんじゃうんですよね」
「見たかったな、富士山」
「富士山は見れなかったけど、エリンギは見れたじゃないですか」
「いやあ、エリンギじゃねえ」

新居に引っ越した友人宅に、遊びに行った帰りだった。彼女の車にのっけてもらって、海まで出て、砂浜を散歩していたのだ。


歩きながら拾った貝殻。「タケダクミコ…」と言ったら、友人に笑われた。

「やっぱいいなあ海。こないださあ、宮古島に行った時、いつもインドアなわたくしめが、あまりにもシュノーケリングをやりまくるので、『アンタ、海を見るとおかしくなる! いっそのこと、海のそばに住め! うつり住め! そしたら健康になると思う!』って、同行した友人に、本気で言われたよ」
「ハハハ。私は、ずっと海のそばに住んでるから、あまりにも当たり前すぎて、有り難み、分からなくなっちゃってますけどね。でも、何かあったら海見に来てましたけどね、とくに青春時代は」
「いいなあ」

そんなに寒くなかったから、長い砂浜を、ただ歩いた。光が反射して、明るすぎて波が見れなかったので、足下だけ…視線にして自分の5メートルほど前を見ながら、すすんだ。
砂の色からすると、満潮から少し引き潮になったくらいの時間、のようだった。

「なんか落ちてないかなー」
「ねえ、なんか落ちてたら面白いのに」
「でも、エリンギ2本を超えるのは、結構ハードル高いよ」
「…エリンギは、けっこうヒットだったね。でも、でかいイカとか、どーんと打ち上がってないかな?」
「生き物系、いいですねえ。……あ、このカタツムリみたいな巻貝、中身入ってるっぽいですよ?」
「うーん、それじゃ、弱いなあ」
「弱いですか」
「……」
「……」

「あっ」
「あっ」


(クリックしたら鮮明になります)

二人で駆け寄る。

「……鯛?」
「……鯛、じゃないすか?」
「鯛だよねえ、これ」
「知ってる範囲では、鯛の形ですよねえ」
「しかし、でかいよコレ。50センチくらい?」
「50センチ以上、ありますよ」
「……」
「……」
「…でも腐ってる、よね」
「みたいですね」

しばらく遠巻きに眺めたあと、近づいてみた。

「全然、匂いとかしないね」
「しないですね」


(クリックしたら鮮明になります)

私は、そこらにあった棒を拾い上げて、おそるおそる、「鯛」っぽい何かを、叩いてみた。
ズブズブッ……となるのかな、という予想に反して、「ぽか」、という音がした。
何度か叩いてみた。ぽか、ぽか。

「なんか固いよ。塩ジャケの皮のところ、みたいな感じ。干物になってんのかなあ。中身、空洞なのかなあ?」
「中身…気になりますね。ちょっと棒、貸してください」

彼女は、エラの部分から、そーっと棒を突っ込んで、少し持ち上げた。
のぞきこむ。
少々、ねちゃ、という見た目ではあったが、ちゃんと白身が見えた。お刺身と、同じヤツ。

「中身、入ってますね」
「入ってるねえ」
「……なんで、鳥とか、食べないんですかね?」
「ねえ、カモメとかいっぱいいるのに」


(クリックしたら鮮明になります)

また、しゃがんで眺める。

「目、溶けてなくなっちゃってるね」
「これ、どんなタイミングで死んで、打ち上がったんですかね?」
「何かしらで死んで、プカーッと浮いてたのが、流れ着いたのかな?」
「うーん、だったら他の魚だって、たくさん打ち上がりませんか?」
「だよねえ。普通、海にとけていったり、他の生き物に食べられたりして、また生命の源に還ってくわけだよねえ」
「ねえ」
「それにこの、半干物状態で、半腐敗状態…」
「原型、とどめ過ぎだし」
「でも色は、抜けちゃってるよ」
「ほんと、白いですよねえ」
「おかしいよね、これ」
「おかしいですよ」
「……」
「……」
「……しかし、ほんとにでかいね。これって、優勝した力士とかが、手に持ったりする『祝い鯛』のレベルだよねえ」
「買ったら、すっごい高いんでしょうね」
「高いよー、きっと」
「まあ、腐ってますけどね…」
「……」
「……」
「……でもまあ、もうこの先の人生で、こんな大きな『腐ってる鯛』、見ること、ないね」
「貴重な経験ですね」
「いいもの見た!」
「いいもの、見たー!!」

そう思ったら、おかしくておかしくて、たまらなくなった。
フフ、ウフフフ、フハハハハハ。
ハハハハハハ。アハハハハハハ。

何、あれ。
鯛のくせに、腐ってるの。
鯛のくせに、腐るなっつーの!

笑いながら帰った。

---

しかし、翌日ー。
彼女から送られて来た、鯛の写真データを見返していたら、妙な気持ちになった。
どんよりとした不安。
丁度かかってきた、知人からの電話に、ことの経緯を説明した。

「……というわけで。
あの、私はですね、起きることは、すべては偶然で必然っていうか、運命だって思っちゃうタチでして」
「はあ」
「2007年の12月の明るい砂浜で、腐った鯛に出会ったのって、何か意味あるんじゃないかと思って。ずーっと考えてるんですよ」
「で、何か分かったんですか?」
「……いやあ、ただモヤモヤするばかりで。なんだろう、なんていうか。死んでいるものを見ると、自分が生きてるリアルを感じられるっていいますけど……って、私、青いこと言ってます?」
「まあいいですよ、続けて(笑)」
「名作マンガで『リバーズ・エッジ』っていうのがありますけど、あれは人の死を見て、自分の生を知る話じゃないですか」
「ハイハイ」
「でも、私の前には『腐った鯛』ですよ? 『腐っても鯛』のダジャレですよ? 日本人にとって、いちばん殺生しやすい生き物=魚で、しかも安直なギャグ。そのくせ、鯛を腐らす、なんて、ありえないほど貴重な物件なんですよ? それを明る過ぎる場所で見せるなんて!」
「……で、そのココロは?」
「いや……。現代に横たわる、うつろな闇の象徴、っていうか」
「アハハハ(笑)。何、考え過ぎな学生みたいなコト、言ってるんですか、もうちょっと気のきいたコメント無いんですか」
「マンガみたいにバカみたいだけど、とんでもなく深い闇、ってとこがポイントなんですよっ」
「それを、ちゃんと考えて、まとめて言葉にしてくださいよ」
「出来ないから、悔しいんですよ〜!!」

たかが、腐った鯛、との出会い。

……いやあ、たんに、めずらしい光景だったので、皆さんに見せたかっただけなんです。

そして、このモヤモヤを、共有してもらえたら。


『鯛発見』帰り、イケアで食べたスウェーデンの野菜料理、ピッティパンナ。いや、さすがに魚料理は食べる気がしなくって…。

 
 
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