また、しゃがんで眺める。
「目、溶けてなくなっちゃってるね」
「これ、どんなタイミングで死んで、打ち上がったんですかね?」
「何かしらで死んで、プカーッと浮いてたのが、流れ着いたのかな?」
「うーん、だったら他の魚だって、たくさん打ち上がりませんか?」
「だよねえ。普通、海にとけていったり、他の生き物に食べられたりして、また生命の源に還ってくわけだよねえ」
「ねえ」
「それにこの、半干物状態で、半腐敗状態…」
「原型、とどめ過ぎだし」
「でも色は、抜けちゃってるよ」
「ほんと、白いですよねえ」
「おかしいよね、これ」
「おかしいですよ」
「……」
「……」
「……しかし、ほんとにでかいね。これって、優勝した力士とかが、手に持ったりする『祝い鯛』のレベルだよねえ」
「買ったら、すっごい高いんでしょうね」
「高いよー、きっと」
「まあ、腐ってますけどね…」
「……」
「……」
「……でもまあ、もうこの先の人生で、こんな大きな『腐ってる鯛』、見ること、ないね」
「貴重な経験ですね」
「いいもの見た!」
「いいもの、見たー!!」
そう思ったら、おかしくておかしくて、たまらなくなった。
フフ、ウフフフ、フハハハハハ。
ハハハハハハ。アハハハハハハ。
何、あれ。
鯛のくせに、腐ってるの。
鯛のくせに、腐るなっつーの!
笑いながら帰った。
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しかし、翌日ー。
彼女から送られて来た、鯛の写真データを見返していたら、妙な気持ちになった。
どんよりとした不安。
丁度かかってきた、知人からの電話に、ことの経緯を説明した。
「……というわけで。
あの、私はですね、起きることは、すべては偶然で必然っていうか、運命だって思っちゃうタチでして」
「はあ」
「2007年の12月の明るい砂浜で、腐った鯛に出会ったのって、何か意味あるんじゃないかと思って。ずーっと考えてるんですよ」
「で、何か分かったんですか?」
「……いやあ、ただモヤモヤするばかりで。なんだろう、なんていうか。死んでいるものを見ると、自分が生きてるリアルを感じられるっていいますけど……って、私、青いこと言ってます?」
「まあいいですよ、続けて(笑)」
「名作マンガで『リバーズ・エッジ』っていうのがありますけど、あれは人の死を見て、自分の生を知る話じゃないですか」
「ハイハイ」
「でも、私の前には『腐った鯛』ですよ? 『腐っても鯛』のダジャレですよ? 日本人にとって、いちばん殺生しやすい生き物=魚で、しかも安直なギャグ。そのくせ、鯛を腐らす、なんて、ありえないほど貴重な物件なんですよ? それを明る過ぎる場所で見せるなんて!」
「……で、そのココロは?」
「いや……。現代に横たわる、うつろな闇の象徴、っていうか」
「アハハハ(笑)。何、考え過ぎな学生みたいなコト、言ってるんですか、もうちょっと気のきいたコメント無いんですか」
「マンガみたいにバカみたいだけど、とんでもなく深い闇、ってとこがポイントなんですよっ」
「それを、ちゃんと考えて、まとめて言葉にしてくださいよ」
「出来ないから、悔しいんですよ〜!!」
たかが、腐った鯛、との出会い。
……いやあ、たんに、めずらしい光景だったので、皆さんに見せたかっただけなんです。
そして、このモヤモヤを、共有してもらえたら。
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