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土曜ワイド工場
 
田舎でフリーハグ

● 最後の手段

真っ暗である。誰ひとり抱いていない。ヒゲだって綺麗に剃ってきたのに。
みんな、早くしないとジョリジョリになっちゃうよ!

というわけで、最後の手段にうってでることにした。
駅の待合室に行く。のである。

駅前を歩いている人はいなくても、駅のなか、それも待合室であれば大勢の人がいるに違いない。なにしろ新幹線のとまる駅なのだ!
ていうかもう、外寒いから。

正直、路上ではなく、人が集まる屋内の場所に飛び込むというのは禁じ手だった。
それはもう、ハグの押し売りであり、フリーハグ精神にもとる行為だ。
決してするまいとおもっていたのだが……。

待合室はそれほど大きくはなかったが、それでも10人以上はいた。紙を正面に据えて室内に入ると、数人がぼくをみてすぐに目をそむけた。その気持ち、わかるよ。
わかりやすい拒絶に口もとがこわばり、身体がズンと重くなる。なにここ? 界王星?

空いている椅子に座ってみた。胸のあたりに紙を掲げているが、もう誰も見てはくれない。
場の重力にとうとう耐え切れなくなったぼくは、ついに本当の禁じ手を使ってしまった。

「あの……すみません」

「はい?」

声かけたー!!

隣に座っていたのは穏やかな雰囲気のおじさん。この人ならイケる! ぼくはそう直感した。

「あの、フリーハグって、ご存知ですか?」

「いや、わからないです」

「知らない人と自由に抱き合おうっていうことで、こんなふうに『フリーハグ』って書いたものを持って、外に立ったりしてるんですよ」

「はあ、そうですか」

「それでですね……あの、ここでぼくと抱き合ってもらえませんか……」


いっちゃったー!!
お願いしちゃったよこの人!!


はい、もう完全にフリーハグじゃありません。
勧誘です、勧誘。
ついてくとイルカの絵を2時間とか見せられちゃうアレとおんなじです。
だって、誰も抱いてくれないんだモン!


そして、それに対するおじさんの返事は……

 

「あ、それはイヤです」

 

NOと言える日本人!!

 

いやあ、みなさん。ご安心ください。日本人も言うときにはちゃんと言いますよ。

もう、なにをどう喋ったらいいのかわからず、ただ顔が赤くそまっていくのを感じるばかりだった。

やっとのことで、「コレ持って座ってるところ、写真に撮ってもらっていいですか」と声をしぼりだし、おじさんから撮影しやすい位置に座りなおした。


二戸でいたたまれないオトコNo. 1 

口もとにわずかに浮かぶ自嘲の笑み。カメラをまともに見ることさえできない。

「撮っちゃっていいんですか?」

「はい……お願いします」


お礼を言ってカメラを受けとったぼくは、敗者の顔で待合室をあとにした。


● 帰りの峠は雪でした

決してぼくのピンナップ集をつくりたいわけではなかったのだが、結果としてほぼそんなことになってしまった。やる前には、何人もと抱き合って、おそらくちょっとした感動が着地点になるのかななんて予想していたのだが、残ったものは十数年ぶりの霜焼けだけである。
ただこれは、田舎の人が冷たいとかそういうことでは断じてなく、単純に割合の問題でもある。ぼくが半日立ってすれ違った人の数は、新宿駅前で3分間にすれ違う人の数にも満たなかっただろう。人口が少ないのもあるし、歩いて移動する人が少ないというのもある。いまは冬なのだから、なおさらだ。

「北風が冷たかったから」

と、カミュのような弁明を考えてみても、いやこれは不条理ではなく事実の描写であった。

残念ながらハグすることは叶わなかったが、ただひとつ言えることは、今後フリーハグをしている人をみかけたら、ぼくは迷わず抱きついていくだろうということだ。

冷えた身体をあたためるため、帰宅後お風呂に入った。とっておきの大きなバブを使ってみた。 やはり冬は、湯船につかるにかぎる。

そのぬくもりに用がある

 
 
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