デイリーポータルZロゴ
このサイトについて


はっけんの水曜日
 
落とし物プロファイリング

岩の上に置かれたメガネ。なぜだ。なぜここにある。

■どうしたらメガネを落とすのか

 意外な事に、メガネもたまに落ちている。どうしたらメガネを落とすことになるのか。小6からメガネを掛けていて一度も無くしたことのない自分にはよく判らないのだが考えてみた。

うーん、うーん。よし、見えた。

 加藤勝の恋人、奈美はメガネを掛けた男、いわゆるメガネ男子が好きだった。日頃から「あたしはメガネを掛けた人が好き」と公言していた奈美に、加藤は少なからぬ不安を抱いていた。加藤は目が良かったのだ。

 加藤はメガネを掛けていない。しかし奈美はメガネスキー。ならば、と、加藤は伊達眼鏡を掛けることにした。

 加藤の伊達眼鏡を一番喜んだのは奈美だった。「あたしの為に掛けてくれるの?」、「ああ、それもあるけど、なんか頭良さそうに見えて良いだろ。会社でも評判良いんだ」。素直に「お前のため」と言えない加藤だった。

 月日は流れ。奈美は「他に好きな男が出来た」と言って加藤の元を去っていった。「どんな男だ」と加藤が問うと、奈美は携帯に撮った新しい恋人の写真を見せてくれた。

黒いセルフレームを掛けたやせ形の、見事なメガネ男子だった。

「彼、視力が0.1なの。あたしが付いてないとダメなの。あなたは視力2.0。あたしがいなくても大丈夫よ。」

 奈美はそう言って加藤の元を去った。加藤は遠ざかる奈美の後ろ姿を見送り、メガネを外して傍らの岩に載せた。50m先を歩く奈美の姿がハッキリ見えた。

ところが不意に奈美の姿がぼやけて見えた。目には涙が溜まっていた。

こういう悲しいエピソードの末、メガネはここにある。

 

畳まれて地面に落ちていたメガネ。

■別の理由も紹介しよう

 多良間マンタ(34)は新しいメガネを買った。OLIVER PEOPLESのメガネ。うふふ、34にもなって少女のような笑みがこぼれてしまう帰り道だった。

 古いメガネはもう掛けるつもりがなかった。だから無造作に鞄の隅に引っかけておいた。それが歩く振動で落ちてしまった。

カシャン。

 マンタの耳に、メガネが落ちた音は届いた。一瞬マンタは立ち止まろうと考えた。しかし、立ち止まらなかった。もう用済みのメガネが落ちたところで、彼を立ち止まらせる事は出来なかった。

 マンタはその一瞬で、古いメガネの事を思い出していた。野暮ったいメタルフレームのメガネ。メガネを上げる仕草まで、オタクっぽいと言われた。どこでも「メガネ君」と呼ばれた。自分がもてないのはこの呪われたメガネのせいだ。マンタはずっとそう考えていた。

中略。

「やっぱり、お前じゃなきゃだめなんだ!」

マンタは落としたメガネを見つけると、泣きながらそう叫んだ。彼の裸眼はとてもキュートだった。

中略の部分は各自考えて欲しい。僕が写真を撮ったのは中略の間と考えられる。

 

見事に仕立て上げられたアート作品の様な落とし物

■服は第3勢力

 靴の落とし物も多かったが、服も案外落ちている。どうしたらあんな大きな物を落とすのか?と思うだろうが、確かに落ちているのだ。なぜだろう。

 1枚のシャツは風に乗って飛んできた。現場で上を見上げると、1棟のマンションが建っていて、そこのベランダには数件洗濯物が干されていた。要は、それが風に飛ばされて落ちてきたのだ。

 落ちた理由は簡単だった。しかし、それを拾い上げた人が普通じゃなかった。彼、坂本はシャツを拾うと、道に立てられていた私設カーブミラーにシャツを吊した。

 坂本は現代アートの担い手だった。彼は普通を許さない男であり、生活の全てはアートだと考えていたから、落とし物を置く場所一つ取っても芸術を求めた。

 現代アートは組み合わせが命。ダイソンの掃除機を分解して再構築してもアートなら、カーブミラーとシャツを組み合わせてもアートだ。

坂本は宇宙人のようなオブジェの出来に満足し、その場を立ち去った。

こうしてこのシャツはアートとなった。

 

シャツが木に引っかけられている真の理由とは?

■これは現代の傘地蔵だ

 その日東京は寒かった。根本博(56)は寒そうに立つ木を見ると、なんだか気の毒に思ってしまった。「がんばってるなぁ・・・」。疲れた友人に掛ける最上の慰めと言われるそのセリフを、博は木に投げかけた。

 よし。そう心の中でつぶやくと、博はシャツを脱いで木に掛けたやった。これで寒くないだろう。

 その夜。この木はメリメリと地面から自分を抜くと、びとーん、びとーんとジャンプをして博の家を目指した。本能で博の住んでいる家が判ったのだ。

 博の家が一軒家で広い庭があれば問題なかったのだが、博が住んでいたのは公団住宅だった。玄関先にまで来た木に、博は「すまない、キミが生える場所はここじゃないんだ」と説明した。

木は元の場所に帰り、今はシャツとともにここにある。

 博さんはたまにその木を訪れては30分ほど会話を楽しむそうです。傍目には危ないオジサンですけど、心は通じあっています。

 

なぜストッキングが落ちていたのか。それを考えよう。

■丸められたパンストの暗示する物とは?

 落ちてたのは南青山。歩道と車道の間に丸められたパンストが落ちていた。これはなぜココにあるのだろう。

 和光ルリは南青山の道を歩きながら憤っていた。買ったばかりのストッキングが伝線してしまったのだ。まったく、これだって安くないのよ。

 交差点で歩行者用信号が青に変わるまで待っていたルリは、一ついたずらをする事にした。わたしがここでストッキングを脱いで置いたら、きっとスケベな男が拾うに違いない。その様子を見て笑ってやろう。どうせもうゴミみたいな物、それで楽しんでやろう。

 ルリはその悪だくみを早速実行に移した。ストッキングを脱ぎ、丸めて地面に置いた。信号が青になったので横断歩道を渡った。

 渡りきって振り向くと、もうストッキングは拾われている、それがルリの計算だった。早くスケベ男のマヌケ面を見てやろう。

しかしストッキングはただそこに落ちていて、その周りを歩く男達は一瞥もくれることなくストッキングもルリも無視していた。

ルリは更にむしゃくしゃした。

 その時、5歳くらいの男の子がストッキングを拾い、ルリの所に走り寄ってきた。あら、なによ可愛いじゃない。あの子にはあたしのストッキングの価値が判るのね。褒めてあげるわよ。ほら、早く来なさいよ。

「ねぇオバタン、ストッキング落としたよ。落としちゃダメでしょ?はい、オバタン」

ルリは男の子をぶった。

世の中には酷い話もあったもんだ。

 

■そしてカメラが落ちていた

以上のように様々な落とし物があったが、先日はなんとデジタルカメラが落ちていた。


IXY Digitalが落ちていた。

なんだか悪いことをしているなぁと思いつつ、持ち主の手がかりを探るべく、写っている写真を見ることにした 。


写っているのは、どこかで見たような風景だった。

ん?なんか見たことある道だな。っていうか、ここじゃん。今立ってる道じゃん。なるほど、落とす前に写真を撮ったのか。


2枚目も同じ道だった。

写真を進めると、少し移動してまた撮影していた。


3枚目、中央に黒いパーカーを着た男が写っていた。

次の写真で、僕はとんでもない事に気が付いた。


なに?!これは、まさか、オレ?

僕の背中が写ってた。拾ったカメラを見ている自分だった。


すぐ後ろにいる!ちょ!オレ、後ろー!うしろー!

もう、すぐ後ろになにかが迫っている。気配を感じる。


振り返ると、そこには!!

ギャー!!!あ、あなたは!篠田さん!!

「宇宙人!この!捕まえたぞ!!」

そこに現れたアキ。

「なにやってんのよ。ちょっと、邪魔でしょ、道塞がないでよオジサンたち。」

通りかかった藤原優香親子。

「パパ、あれ、なにやって遊んでるの?」
「シーッ!見ちゃダメ!!」

中川カイジは遠くから見て、一言、「フンッ、暇人め」。

現代アートの坂本は、宇宙人という単語に反応して興味を示した。「なに?宇宙人?どこだ!」


妄想特急は妄想超特急になった。

■落とし物ウォッチングは楽しい

 僕は基本的に下を向いて生きているので、よく落とし物を見つける。財布やカギの束なんかも拾ったことがあるが、もちろんそういうのは交番に届けている。笑えない落とし物にはそれなりの対処がある。

上野公園に落ちていたネコ。死んでる様に見えるが寝てるだけ。

 落とし物の種類を楽しむのも十分に楽しいのだが、なぜそれがそこに落ちているのか?それを考えるのはもっと楽しい。妄想がどんどん脹らみ、妄想特急は加速をやめない。

これからも落とし物プロファイリングは続けていきたいと思う。

そういえば、アキの続きを書いてなかった。

 アキは大学にいつもそんな夏の格好をして通っていた。同級生達は、アキのいないところでアキの事を笑っていた。「アイツ、アキなのにいつも夏の格好してるよな、変なヤツ」。

 ある日、アキが憧れてた先輩を学食で見かけた。アキは気付かれないように近くの席に座った。憧れの先輩と同じ空気が吸える幸せを楽しんだ。すると、先輩達の会話が聞こえてきた。

「2年にさ、真冬でも夏みたいな格好してる女いるじゃん。あいつ浮いてるよなー。なんなんだろうな。」

 アキはしたたかショックを受けた。憧れの先輩が自分の事を知っていて、それは嬉しいんだけど、どう聞いても自分のことをバカにしている。アキは食べかけのカレーライスをテーブルに残し、走って大学も飛び出した。

 走りにくいサンダルは脱げ、いつの間にか裸足になっていた。「夏のバカ野郎!!」、夏は悪くないのに、夏に当たるアキだった。

 以後、アキは秋っぽい落ち着いた格好をするようになった。そんなアキを見初めたかつての憧れの先輩はアキに告白をした。アキは迷うことなく振った。

 かつて名前のことで文句を言った母親には、「アキって名前にしてくれてありがとう。あたし、季節の中では秋が好き」と言った。すると母親は、

「ずっと言おうと思ってたんだけどね、お前の名前は八代亜紀のファンだったおじいちゃんが勝手に付けたの。お父さんもわたしも知らない間におじいちゃんが出生届出しちゃってね。当時は揉めたわよ。カタカナなのは、おじいちゃんが漢字を書けなかったからよ。」

と言った。世の中には知らない方が良いこともあるということ知った20歳のアキだった。


 
 
関連記事
落ちてたモノで首飾りを
「痕跡本」ってなに?
電話の向こうはどんな人?

 

 
Ad by DailyPortalZ
 

▲トップに戻る バックナンバーいちらんへ
個人情報保護ポリシー
© DailyPortalZ Inc. All Rights Reserved.