妻の実家にて
結婚している男性なら、妻の実家ではなるべく先方からの評価を下げるような行為はしたくないと思うだろう。
しかし今の状況はどうだろう。ぼくは100円ショップで買ったレインコートを着て、お義母さんにホースで水をかけられようとしている。
先方のお庭にて
ホースを持っているのがお義母さんである。奥ではお義父さんが蛇口をひねる準備をしている。撮影しているのは妻である。
いろいろ大丈夫なんだろうか、この状況は。口では「いいよ」といって下さっているが、突然やってきて非常識なお願いを口走るこの馬の骨に業を煮やしてはいないだろうか。この先うまくやっていけるだろうか。
しかしいまは、ありがたいご厚意に甘えたいと思う。お義父さん、どうぞ蛇口をひねってください。
お義父さんお義母さん
ほんとうに
ありがとうございます
・・ところが水の傘はうまく広がってくれない。
お義母さんは心配して、「もっと水が広がったほうがいいんじゃない?」とやり直そうとしてくれている。
いつ撮ったのかよく覚えていない写真
ぼくはぼんやり将来のことを考えた。長期的な視野に立とう。いま水の膜がちょっと広がることなんかより大切なことがあるはずだ。記事より人生をとろう。
「お義母さんありがとうございます。しかし写真は十分撮れました。地面もびしゃびしゃですし・・。」
幕引きを図る
しかしお義母さんは笑顔で言った。
「大丈夫よ、もう一回やりましょう」
再度挑戦
二度目の挑戦である。お義父さんが蛇口の位置へ戻り、タイミングを見て蛇口をひねる。
今度こそ
どうだ?
水しぶきが広がる。あまり傘のようには見えないが、上から見ていたお義母さんによるとじゅうぶん傘っぽかったとのことで、ちょっと嬉しい。うん、もうこれでよしにしよう。これが限界なんだ(と思おう)。
と思ってお義母さんのほうを向いたら、しぶきを浴びて服がびしょびしょに濡れていた。す、すみません!本当に終わりにします。
ぼやけた景色が見えました
水の傘の中からはどんな風景が見えるのか、というのも興味のひとつだった。しかしどんな景色が見えたのか、今はぼんやりとしか覚えていない。
水しぶきの向こうに、物干し竿と生垣がかすんで見えた。そしてみんな笑っていた。ぼくも笑っていた。それでいいんだと思った。
お義父さん、お義母さん、ほんとうにありがとうございました。次はまともな用件で伺います。