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フェティッシュの火曜日
 
酢醤油で食べるかき氷、酢だまり氷食べ歩き


氷いちごに酢醤油。冗談ではなく文化。

 私が山形県に住んでいた大学時代の話になるのだが、友人の渋谷君が山辺町で“酢だまり氷”という食べ物を食べてきた。それはいちごのシロップをかけたかき氷に、さらに「酢だまり=酢醤油」をかけたものだという。

渋谷君は「さっぱりしてうまい!」と言い張るのだが、まだ若かった私は、「いちごシロップに酢醤油をかける意味がわからない。素直に甘いものをかけようよ。練乳とか。」なんていって額にシワを寄せながら、ウエーウエーとその存在を否定した。

しかし今考えれば、もしかしたらその作り方にはなにか秘密があり、安易な想像とはかけ離れたおいしさなのかもしれない。はじめてその話を聞いてから10年以上が経ってしまったが、今更ながら山辺まで足を伸ばしてみることにした。

玉置 豊



酢だまり氷を求めて山辺へ

はるばるきたぜ山辺。あなたと食べたい酢だまり氷。しかし残念ながら、仙台にいけばどこでも牛タン屋があるみたいに、山辺にくればどこでも酢だまり氷が食べられるというものではないらしい。だってかき氷に酢醤油だもの。

そこで事前に山辺町観光協会に連絡を取り、夏季限定で酢だまり氷をだしているという4店舗を教えていただいた。


山辺にて。白いヘルメットがまぶしい。

山辺町で酢だまり氷が食べられるのは以下の4店。

  • 温泉の食堂
  • 八百屋
  • カメラ屋
  • 駄菓子屋

なかなかバラエティに富んだラインナップである。

 

山辺温泉保養センター

まず最初にやってきたのは、山辺温泉保養センターという300円で入れる素敵な温泉施設。観光協会曰く、山辺町で酢だまり氷を食べるようになった経緯を聞くならここがいいとのことだ。


山形県にはそこら中、銭湯よりも安く入れる温泉があるよ。

せっかくの温泉だが入浴は後まわしにして、さっそく食堂へと向かう。見たところ観光地によくある名物料理を全面に出したようなお店ではなく、地元の人達がひとっ風呂浴びたついでに食事をするような食堂である。ラーメン一杯500円。


地元率が高そうな食堂。

この食堂に、本当に酢だまり氷なんていうレアな食べ物があるのだろうか。いや、逆に観光地っぽくないところにさりげなくあってこそ、谷亮子選手の髪型くらいに当たり前となった存在、この地に根付いた食べ物である証明といえるかもしれない。

地元民による「やっぱ風呂上がりは酢だまり氷だず〜」みたいな会話を期待して入店。

 

食券には存在しない酢だまり氷

さて酢だまり氷を買うために食券の自販機の前まできたのだが、普通のいちごやメロンのかき氷、そして「ミルク入り」は売っているのに、肝心の「酢だまり入り」が売っていない。


メニューが緑色だとみんなメロンに見えるな。

残念。今シーズンは酢だまり氷を出していないようだ。まああと三件あるさととりあえずラーメンでも食べようと思ったら、ラーメンのボタンの上に、不意打ちでテンションが上がる張り紙を発見。


「酢だまりでかき氷を食べる方は、いちご氷の食券をお買い求め下さい」

なんとここではいちごのかき氷を頼むと、無料で酢だまりにすることができるらしい。酢だまりがなんなのか知らなかったらまったく意味がわからない文章である。酢だまり、予想以上の根付き方だ。

そして酢だまりが、いちごやメロンといったかき氷の名称でも、ミルクのようなオプションでもない、「カレーにウスターソースかけて」とか「ギネスの黒を常温で」みたいな、「いわれれば出すよ」的な食べ方の一種となっているところが奥深い。そしてメロンはダメでいちごのみというところに伝統とこだわりを感じる。

酢だまり、やっぱり実はうまいんじゃないかという気がしてきたぞ。

 

酢だまり氷が登場

いそいそといちごのかき氷の券を買って、カウンターで「氷いちご、酢だまりで!」と張り切って注文。こんなに注文するときウキウキしたのは、上野にある「レストランじゅらく」で、西郷丼という丼と、生ビールの「J」サイズを注文したとき以来である。
※ビールのサイズが「大」「J」「中」とある。Jは「じゅらく」のJ。「ビールをJで!」っていいたいためだけに飲み過ぎたものだ。話が反れましたね。

しばらくすると、いちごのかき氷と共に、黒い液体が入った地元サイダーのビンが運ばれてきた。注ぎ口には緑の葉っぱが刺さっている。外国の芳香剤みたいだ。


酢だまり氷、見参。

かき氷自体はシロップがたっぷりとかかった普通のいちご味のようである。問題は隣のビン。店のおばちゃんに聞いたところ、やはりこのビンに入っている液体が酢だまりなのだという。


いちご氷+酢だまり。やっぱり不思議なツーショットである。

 

酢だまりチェック

この酢だまりというタレ、酢醤油だとは知っていたのだが、かき氷にかけるくらいだから、きっと酢と醤油以外にもいろいろ入っているに違いない。

かき氷にかける前に、ちょっと匂いを嗅いでみよう。


お、この匂いは…

この匂い、酢と醤油の匂いがする。そのままだ。

ちょっと手にとって舐めてみたら、酢と醤油の味がした。やっぱりそのままだ。

多少甘みを感じるが、これは使っている酢の甘さのようである。


やっぱり酢醤油のようである。

ちなみにビンに刺さっているのはスギの葉っぱのようである。プラスチックではなくて本物。なぜだ。刺身のツマのようなものだろうか。酢だまり氷、謎が多い。

 

勇気を出して酢だまりをかける

食べるまでにちょっと勇気がいる酢だまり氷。まずは氷いちごのまま一口。うん、ふつうの氷いちごでおいしい。お店でかき氷を食べたのがずいぶん久しぶりだ。

このおいしい氷いちごに酢だまりかけるのか。なんの罰ゲームだ。しかしこれが山辺の人達が守ってきた伝統の味。勇気を出して酢だまりをかけてみる。


かき氷に酢だまり。ちょっとした背徳感。

ビンに入った酢だまりは、注ぎ口に詰まったスギの葉っぱのためにドバッとは出ずにチョロチョロと出て注ぎやすい。なるほど杉の葉っぱはこのためか。最初からサイダーのビンを使わなければいい気もするが、きっとこういう様式美なのだろう。

どのくらい酢だまりをかけたらいいのか検討もつかないが、せっかくなのでドボドボとかける。


これが山辺町のスタンダードかき氷、酢だまり氷だ。

かき氷から甘酸っぱい香りがする。初恋とかとはだいぶ違う、珍味とか樹液的な方向性の甘酸っぱい匂いだが。

 

食べる

酢だまりがかかったかき氷を軽くスプーンで混ぜ崩し、ちょっとその味を疑いながら恐る恐る一口いただく。


ハラハラしながら食べるかき氷って初めてだ。

最初に酢醤油とイチゴシロップが混ざった人工的にフルーティーな甘酢のような味が口に広がり、氷と一緒にサッと溶けていく。そして鼻には酸味、下には甘みが余韻として残る。

なるほど、さっぱりしてうまい。

この味はあれだ、駄菓子屋でよく食べたパックに入ったスモモの真っ赤な汁に近い。あの汁がとても好きだったので、このかき氷も好きな味だ。イチゴのシロップと酢だまりのバランスを一口づつ変えながら食べるのがとても楽しい。

もちろん好みにもよるだろうが、これを食べた後では普通の氷いちごが、甘いだけの単純な味に思えてしまってちょっと物足りない。かき氷の酢だまりは、寿司でいったらワサビなのか。といったらオーバーか。

ただ、確かにおいしいんだけれど、かき氷に対するイメージと味がなかなかマッチしないために、おいしいと感じるまでに時間がかかる。何も知らない子供に食べさせたら泣き出す。たぶん何回食べてもネイティブの山辺町民以外は、この違和感を感じ続けることだろう。でもその違和感がまた楽しい。

 

酢だまり氷が生まれた理由

酢だまり氷は思っていたより全然うまい。氷いちごに酢醤油はありだ。ありなのはいいとして、ではなぜこの山辺で酢だまり氷が食べられるようになったのだろう。

そこで山辺生まれ、山辺育ちの食堂のおばちゃんに話を聞いてみることにした。


どきどきインタビュー。

玉置 この酢だまり氷ってどうやって生まれたんですか?
店員 明治とか大正とかの昔の話なんだけど、山辺の中心に浄土寺というお寺があって、お寺のお祭りでかき氷の屋台が出ていたの。
玉置 そこがかき氷に酢だまりをかけて出したということですか
店員 いや、普通に甘いシロップしか出していなかったんだけど、昔って甘いものが高かったから、シロップが別料金だったのよ。
玉置 へえ。じゃあお金があまりない人は氷だけ食べたんですね。
店員 そうみたい。でもそれだと味気ないでしょ?
玉置 はい。なにかかけたいですね。

これが酢だまり氷発祥の地といわれている浄土寺。

店員 昔の屋台はかき氷と一緒にところてんを出していたのよ。
玉置 ところてん?
店員 ところてんは酢だまり(酢醤油)で食べるでしょ。酢だまりはタダで置いてあったので、かき氷のシロップを買えない人が、氷に酢だまりをかけだしたのよ。
玉置 ずいぶんチャレンジャーですね。じゃあ最初はシロップなしで酢だまりだけだったんだ。
店員 そう。そのうちシロップをかけた氷にも酢だまりをかけるようになって、それが山辺町で根付いたの。
玉置 よく根付きましたね。ところで酢だまりが入っているビンに刺さっているスギの葉っぱにはどんな意味が?

この杉の葉っぱの意味は?

店員 スギの葉っぱには殺菌作用があるでしょ。食中毒防止のおまじないね。
玉置 なるほど。夏はいろいろ腐りやすいですからね。
店員 これがあると酢だまりがドバッと出ないから使いやすいし。
玉置 確かにかけやすかったです。ところでこのビンに入っている酢だまりの材料を教えてもらっていいですか?
店員 酢と醤油だけよ。酢の種類とか割合とかは企業秘密だけどね。家庭でやるならミツカン酢とかで十分。
玉置 え、家庭でもやるんですか。
店員 この辺のひとは家でもやるわよ。
玉置 さすが。ちなみに酢だまりをかけるのはいちごだけなんですか?
店員 やっぱりいちごが一番合うわね。メロンもまあまあ。ミルクを入れたやつはダメね。
玉置 それはあきらかにダメそうですね。どうもありがとうございました。

かき氷は最後に溶けかけたのを飲むのが好き。でも酢だまりだとむせる。でもそれがいい。

酢だまり氷、ところてんのタレをかけたのがはじまりだったのか。美味しんぼに載っていた「漁師がカツオの刺身をサラダに落としてしまい、そのマヨネーズがついたカツオの刺身を食べたらうまかったので漁師の間で流行った」みたいな話だ。

そして酢だまり氷のすごいところは、その流行が山辺町からまったく広まらなかったということだ。

今聞かせて頂いた話で酢だまり氷についてだいたいわかったような気もするが、せっかくなので、あと3件廻ってみることにしよう。なにか新発見があるかもしれない。

※ところてんを冷たくたべるために、かき氷を入れて食べたのが、酢だまり氷のはじまりという説もあります。


山辺温泉保養センター
住所:山辺町大字大塚801
電話番号:023-664-7777
営業時間:11時〜14時30分
※すだまり氷は夏季限定販売

 

 
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