意味あった
フタを外した途端、自分の口から「うーほほーい!」という時代錯誤的な嬌声が出たことにまず驚いた。
寿司は見た目も大事な食べ物だ。その点でいえば、これは十分合格と言えるんじゃないか?
「分かったから早く食べろって」という脳からの指令を無視し続け、気が付けば大量の断面写真を撮っていた。
が、喜んだのはここまでだった。理由は次の写真を見て欲しい。
なんで一気にこうもダメになるか、という見栄えになってしまった。そういえば、世の中の押し寿司は切れ目が入っていても、こういう風に切り分けられていなかったな、と今さらながらに思い出す。
教訓:次回からは小さくカットしないようにしよう。
形状のことばかり書いていても仕方がない。肝心の味だが、ここにこそ意味があった。刺身のエキスが、油が、これでもかと酢飯に染み出しているのだ。
みっしり詰まった酢飯と押されたことで少し硬くなったように感じる刺身。決して口の中でほぐれない寿司。
そして、結果的にはそれが良かった。何度も噛むせいか魚の味をより感じることが出来るし、酢飯自体もおいしいときた。なんだこりゃ。
「刺身を二重にしてるし、違う魚同士を食べてるんだからおいしいのは当然だ」とも思うが、それだけではない何かを感じることが出来た。
これが流行らないのはきっと「保存が利かない」の一点に尽きるのではないか。そんなことまで思わせた「普通の刺身の押し寿司」であった。
おまけ
せっかく型があるのだから、と次なる押し寿司に挑戦してみたので、時間に余裕のある方はご覧いただきたい。
ただし、いい気分でこの記事を読み終わりたい場合は、画面をスクロールする手をここで止めておいた方がいいかもしれません。
子どもの好物といえば寿司とカレーだ。それが一つになった押し寿司って、ちょっと興味が湧かないだろうか。今回は保存も利くことだし、もしこれがうまくいったなら学校給食にして欲しいくらいだ。
それほどの野望を秘めた押し寿司である。
ひとくち食べて「カレー味の豚がおいしいな」と思ったところまでは良かった。悲劇はその後に酢飯が続いたことにある。
普通のごはんを使ったら絶対においしくなるのに…、と思ったが、炊いたごはんが底をついていた。
いい加減、やめろってことだろう。
懲りずにやってやります
成功と失敗とで引き分けに終わった今回の試みだが、押し寿司が簡単に作れることが分かっただけでもやってよかった。巻き寿司のような技術も要らず、上から押すだけでいいのだ。なんて楽チンなんだろう。簡単すぎて気軽にいろんな素材を試してしまいそうである。
酢飯との取り合わせが不安なら普通のごはんを使ってもいいだろうし、とにかくあれこれと想像が膨らんでしょうがない。
そして私はたぶん、ギューギューに押された硬い御飯が好きなんだな、という個人的な発見をしたことも、ついでに記しておこう。