引っ張り、というジンクス
2台目のタクシーに乗り込み、さっきと同じ要領で切り出した。
運「ああ、そういうジンクスでしたらありますよ」 住「どんなジンクスですか?」 運「夜の場合ですけど、東京から千葉のお客さんを乗せると、その後も千葉のお客さんが続くんです」 住「遠距離が続くってことですね?」 運「そうなんですよ。最初に千葉の人を乗せると千葉が続く。業界用語で『引っ張り』って言うんですけどね」 住「引っ張り?」 運「そう、千葉の引っ張り」
住「他には何かありますか?」 運「あと、まだタバコが大丈夫だった頃の話ですけど、いいですか?」 住「ええ、もちろん」 運「お客を乗せてない時、タバコに火をつけるでしょ。そうするとすぐにお客さんに当たるんです」
パチンコをやる友人からもそういう話を聞いた事がある。タバコに火をつけると大当たりすることが多い、とその友人は言っていた。
運「あと、ガスアップするとツキが逃げるっていうのもありますね」 住「ガスアップ?」 運「あ、すいません。LPガスの補給を途中でやると、ダメになるんです」
遠距離のお客に当たった後などにガスを補給してしまうと、決まってその後のツキが落ちるのだという。
運「まあ、最近は遠距離も少ないのでガスの心配をしなくていいんですけど。皮肉な話です」
準備万端な時に限ってお客が来ない。確かに皮肉な話であるが、そういうことは日常生活でも多いような気がする。人生は皮肉で溢れているのだ。きっと。
つづいて3台目である。 ここでも「引っ張り」というジンクスが登場した。
運「横浜方面のお客を乗せると、横浜が続くっていうのがありますね」 住「あ、引っ張りですか?」 運「お客さん詳しいですね。そう、横浜の引っ張りです」
運「何でだか分からないんだけど、続くんだよね」 住「やっぱり夜ですか?」 運「そうだね。23時以降、最初に乗せた客が横浜だと、引っ張られるね」 住「横浜方面だと1万円くらい行きますよね?」 運「そうそう、だから横浜の引っ張りが3回もあれば、その日はもうオッケーだよ」 住「引っ張りに遭遇するために、何か心がけていることとか、あります?」 運「まあ、そういうお客が多そうな場所で狙うのが効率的だよね」 住「例えば?」 運「やっぱり銀座とか、そういう場所ね」 住「銀座で横浜の引っ張りを狙う」 運「でもそれはジンクスじゃないね。あ、そういえば、俺が個人的にやってることがあるよ」 住「それは?」 運「必ず17時15分キッカリに仕事を始める」 住「キッカリ、ですか?」 運「そう、キッカリにタコメーターにカードを通してる」 住「1分もずれずに?」 運「キッカリにカードを通すために、ちょっと待ったりするから」
以前に売り上げが絶好調だった日のスタート時間が17時15分だったらしく、それ以来、17時15分スタートを心がけているのだという。
3台目のタクシーでは2つのジンクスをゲットして降りた。 ここから3台を乗り継いで渋谷に戻る。