街を歩いていると、ときどき「今の人、もしかして○○?」と思わされる人とすれ違うことがある。
もちろん本人ではないのだが、なんだかそれっぽいという人がいる。「なんか今の人、アルフィーの高見沢さんっぽくない?」という具合だ。 普通は気にも留めない通りすがりの人にむけられる、ほのかな関心。偶然の出会いのその瞬間、なんとも言えず楽しい気持ちになる。 似てる度合いが微妙であるほど、気付いたときの喜びも大きい気がする。自分もそんな風に囁かれる立場になってみたい。そういうわけで、やってみました。
(小野 法師丸)
微妙な格好で心に波風立てたい
他人に関心をもたなくなったとも言われる現代社会。そんな人々の心に「?」という灯りをともしたい。
人間交差点に現れたちょっとした闖入者と化す今回の試み。まずは古典的でわかりやすい記号をたずさえて、肩慣らしとしてみよう。
用意したのは緑と白の唐草模様の風呂敷。そう、まず目指すのはクラシックスタイルの泥棒だ。この柄を見ると、すぐに泥棒が思い浮かぶ方も多いのではないだろうか。
昔から、マンガでは泥棒が持っていることになっているこの風呂敷。そういう文脈で見たことはあるものの、実物を手にするのは初めてだ。実際、どこで売っているのかよくわからず、浅草をうろうろしてやって見つけることができた。
やってきたのは休日のショッピングモール。たくさんの人が行き交う中をうろうろすることで、すれ違う人からひそひそ声を引き出すことを期待したい。
泥棒と言えば、他にもほっかむりが定番スタイルだが、そこまでの投入は今回はしないこととする。
そこまで行くと、それはコスプレに近くなり過ぎるというもの。あくまで「唐草模様の風呂敷を背負ってる人」まで。「もしかしたら実際にいなくはないかもしれない」という、ある程度現実性を持たせた設定止まりで臨むのが今回のスタンスだ。
「今のって、泥棒?」と聞こえたらこのゲームは私の勝ちだ。さあ、雑踏に踏み出そう。
耳をそばだててファミリーの周りをうろついてみる。……うーん、ノーリアクションか。チラッとこちらを一瞥したようにも見えたが、それ以上確認できる反応はない。
えーなんでー。ほっかむりこそしてないとは言え、結構あからさまに泥棒じゃん。なんとか言ってくれないか。
しばらく耳を澄ませてぐるぐる歩いていたが、はっきりと耳に入ってくる反応は得られなかった。巡回中の警備員ともすれ違ったが、何のとがめもない。
こっちとしては結構ドキドキしたのだが。人々の心はこれほどまでに冷え切っているのだろうか。
自分の身体事情を記号的にアピール
泥棒はわかりやす過ぎたのが逆に敗因なのかもしれない。昼間のショッピングモールにあんな格好をした泥棒がいるはずもない。
わかった。ならばもっと内面に切り込んだ主張をしてみよう。
当日着てきたのはタートルネックのシャツ。首の部分を広げ、ぐっと引き上げて鼻まで覆い隠す。ここまでの説明と写真でどれくらいの方がピンと来るのかやや心配だが、このポーズには男性特有の課題が秘められていることがおわかりだろうか。(参考リンク)
念のため断っておくと、これはあくまで社会実験。個人的な事情をおおっぴらにしているわけではないことを書き添えておこう。
季節はちょうど冬。このスタイルは、単にとても寒がりな人であるとの解釈も成り立つ。寒いだけなのか、下半身に悩みがあるのか。見る者にそういう二択を迫るわけだ。
さあ、自分を解き放て!雑踏にもまれてこそ見えてくる何かがあるはずだ。
すれ違う人たちに怪しく思われない程度に近づきながら、耳に意識を集中する。……ダメだ、ささやき声は聞こえてこない。
やはりポージングの意味するところが難しかっただろうか。さらにはアピールされている課題に気付いたとしても、それを口にするのにはためらいもあるだろう。
もしかしたら心の中で「あ、そうなんだ」と感づいた人もいるかもしれない。検証することこそできないが、そう願いたい。