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ちしきの金曜日
 
東京の古い海岸線とチルドコーヒー
海がみるみる離れてゆく 

江戸時代のはじめ、海は皇居の近くまであった。

たいていの場所は石器時代などの大昔は地殻変動で海だったりするのだが(ドラえもんでもよく出てくる話題)、このケースはちょっと違う。

人工的に埋め立て続けて直線距離にして10キロも海岸線が遠くなったのだ。

つまり、東京駅から海に向かって歩くと、かつての海岸線を何本も越えることになる。言ってみれば年表の上を歩いているようなものなのだ。(林 雄司


地味な企画だろう

なんて地味なリードだ。年表の上を歩くって、ただでさえ地味な地理ネタに歴史が加わって小椋佳がデュオみたいになっていないか(僕は小椋佳さんファンです)。

中学校の修学旅行でバスガイドが「歴史の息吹を感じますね」って言っていたのを全く聞いてなかったのになんという転向っぷりか。

などといいながらも東京湾の海岸線の変遷である。右の年代をマウスで触るとチャカチャカ動く。

▼マウスで文字に
触れてください

1590年ごろ
日比谷が海だった

1603年ごろ
銀座まで埋め立てた

1659年ごろ
築地ができた

1894年ごろ
月島ができた

1931年ごろ
晴海ができた

1972年ごろ
新木場までできた

1974年ごろ
若洲ができた

(地図はおおよその目安です)  

ちょっとは派手になっただろうか

東京湾の海がどんどん遠くに行っているのが分かる。でも地図の下には残念な注意書きがある。地図は目安なのだ。

江戸時代の海岸線は資料によって微妙に違うし、東京湾の埋め立ては何カ所も同時に工事しているのでできた順番は上の地図と若干違うかもしれない。

でも僕が言いたいのはむかしの海岸線がどんどん遠ざかっていることなので地図は目安で問題ない。そしてこれは半分強がりだ。

 

420年前は東京駅から歩いて10分で海だった

東京駅から歩いて10分ほど。皇居外苑のあたりまで東京湾は入りこんでいたらしい。日比谷入江という名前だったそうだ。

420年前までは海水浴に行こうと思ったら東京駅から10分歩くだけでよかったのだ。もちろん420年前に東京駅はない。

内堀通り。むかしは海。 
むかしの地図でいうとたぶんこのへん(濃い緑の線がいまの地図)

東京湾は海というか葦が生える湿地だったらしい。沼みたいなものだろうか。

僕の手持ちの沼ストック写真から。印旛沼。

この企画のおもしろさは主に想像ではないか

ここが海だったのか。そうかここが海か。いやはやなるほどねー。派手な証拠があるわけではないので、今回の企画のコクは主に想像である。海かー(しみじみ)。

想像ならばこの街に住んでいるのは実は全て消防士で…と想像したほうが面白いんじゃないか、とか考えないようにしたい。いまは自由な発想は禁物だ。

内堀通りが海だったのイメージ

チルドコーヒー飲み比べも並行して行います

地図で調べていたときは興奮していたのだが、現場に行ってみて本企画の危うさに気づいたので急遽おまけ企画を用意した。

チルドコーヒー飲み比べだ。これで海岸線の移り変わりに興味がない人のハートもがっちりゲットだ。

1590年の海岸線で飲むのは珈琲美学

・甘いけどスカッとしている
・珈琲の味もしっかりしている
・缶コーヒーのような後味はない

こういう図を入れておけばもっともらしくなるのであとはなにを書いてもいい気がしてくる。さあ地味な話をしよう。

次の海岸線は1603年ごろ、銀座の先である。日比谷入江を埋め立てたあとの海岸線だ。


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