ハンガーの形はまるでブーメランみたいだ。あれを投げて返ってきたらいいなあ。常々そう思っていた。
ところが、そんな僕の空想を現実に行っている人がいるという。
さっそく話を聴いてきました。
(斎藤 充博)
ハンガーは空中があっている
今回話を聴けたのは、東京都在住の田中秋宏さん。ふだんは古着のバイヤーをしているそうだ。
--- ハンガーがブーメランになるということを今まで知りませんでした 「もともと、ハンガーには空を飛ぶ力がんです。家の中でもふだんから宙づりになっているでしょう?原則的には空中があっているんです。」
「いつもは、人の都合のために服を吊るされてはいますけれどね。こういう部分から解放してやれば、かなり自由に動くようになりますよ。考えてみれば、それは人間も同じことで」
言われてみると「なるほど」とは思うが、ちょっとにわかには信じがたい。本当に可能なのだろうか。
--- どんなハンガーでもブーメランになるんですか? 「ハンガーの形はブーメランと一緒ですからね。『く』の字型になっているでしょう。つまりこれは、フォルムがそういう方向を志向しているということです」
「なので、ハンガーは飛びたがっていることが多いです。僕は最適なタイミングで、その手助けをしているだけですね」
「ハンガーの邪魔をしない。これが一番重要です」
かいつまんで言うと、自宅にあるふつうのハンガーでOK!ということらしい。さらには、ハンガーごとに飛び方の「個性」があるそうだ。
装飾用とは、いったいどういうことだろうか?いぶかしんでいると、田中さんがスッとなれた手つきでハンガーを装着した。
禁じられた技法
そんなハンガーの魅力にとりつかれた田中さん、今日はただブーメランにするだけではない、さらに高度な技術を披露してくれると言う。現在、この技術をできるのは田中さんただ一人だそうだ。
いつのまにか田中さんがフォームを作っていた。
「ハンガーを投げるのに力は要りません。持ち手はできるだけ脱力しているのが良いです。」
ここで一度、虚空を見つめる田中さん。
「そして反応があったら、逃さない!」
なんとも伸びやかにハンガーが飛んでゆく。飛ぶさまは、大型の猛禽類が風に乗っているようにも見えた。そうか、これがハンガーの本当の姿だったんだな。そう確信できる。思わず見ている僕も、空を飛んでいるように気持よくなってきた。
そして、ハンガーは悠々と団地のベランダまでたどりつき、回旋した。そこで僕はまた信じられない光景を目の当たりにすることとなる。
つまりこういうことだ。ブーメランの軌道で旋回の際に、団地のベランダに干してあるパーカーをかすめ取ってきたのだ!
「これがハンガーをブーメランにする意味ですよ」 「服をかけてこそ、ハンガーですからね」 「今日の獲物はよく乾いています。これだけ天気がいいとね」
ハンガーの実力
僕はハンガーというものは、部屋の中でじっと服をかけられている道具だと思っていた。しかし、その本質は全然違った。
自分の求める物を追いかけて、空までをも飛ぶ。 「ハンガーって、僕の知っている中で一番人間臭い道具ですよ」 そんな田中さんの言葉が印象に残った春の荒川でした。