――温泉をはじめたのはいつ頃ですか?
田中角栄の日本列島改造論があったでしょう。その頃に東京の不動産屋がこのあたりをボーリングして、温泉つきの分譲地っていう形で売り出そうとしたのが温泉開発のきっかけ。それから地元の人間も温泉を掘るようになって、私がここを掘り出したのは昭和49年だね。
――それまではなにをされてたんですか
小さな銭湯をやってました。
――青森は人口あたりの公衆浴場が多い県なんですよね。
青森と鹿児島が多いね。で、まわりがみんな温泉をはじめていくなかで、自分もそれに挑戦するか、それとも浴場を止めてしまうか、どちらかだった。営業をつづけるためには掘ってみなくちゃならなかった。
――日本一黒いというのはどういうことですか?
全国にある植物性モール(植物が堆積してできた亜炭の層)の泉質をもつ温泉を集めて分析したところ、ここの湯がいちばん黒かったという検査結果をもとにしています。検査対象に入っていなかった温泉については、私が電話で先方に調査しました。「どう? 底みえる?」って。
東京にも、そうとう黒い温泉があるんだけれど、泉質がちがうんですよ。植物性モール温泉ということでは、やっぱりここが日本一黒いと思います。
いまはインターネットが普及してすぐ口コミがひろがるでしょう。そんななか、根拠もなしに「日本一」とか言えないもんね。 |