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はっけんの水曜日
 
古い絵はがきの宛先を訪ねる


以前にも記事にしたが(→こちら)、昔の絵はがきが好きで、古書店などで時々買い求めている。
熱狂的なマニアではないが、昭和初期に暮らした人の手にあったものが、巡り巡って僕の手元にやってくるというのが楽しい。
先日たまたま入手した絵はがきは、使用済みで送り主の今上を伝える文が架かれており、そしてその送り先の住所が会社のすぐ近所だった。

工藤 考浩



宛名の人をさがそう

僕はあまり人物の絵はがきを買わない。
家にあるほとんどが、戦前の観光地の写真か、東京の昔の建物を写した絵はがきだ。
それがたまたまどういうわけか、ブロマイドの絵はがきを買った。


役者さんのブロマイド

そのブロマイドは昭和13年の消印が押してあり、誰かに送られた使用済みの絵はがきだったのだ。
どうやら女性が差し出したらしいこの絵はがきに興味がわいて、ほかの絵はがきと一緒になんとなく購入した。
手に取ったときは、その住所がまさか会社のこんなに近くだとは思わず、気づいたときにはとても驚いた。
これももしかしたら何かの縁かもしれない、と思ってその宛先を訪ねてみたのだが。


会社の近所でした

まずは図書館で

絵はがきの宛先欄にある住所は「東京市大森区入新井町3丁目…」だ。
東京市は昭和18年まであった自治体で、消印の5年後に東京都になっている。
大森区は蒲田区と合併して大田区(ちなみに大森の「大」と蒲田区の「田」をとって)になっており、さらに入新井町は住所変更で現在は大森北○丁目と表記されている。
ということは、現在市販されている地図を見ても、この住所を調べることはできないので、大田区の図書館で古い地図をコピーしてきた。


地元の図書館で
むかしの地図を入手


場所はわかった

古い地図を開くと、すぐに宛先の住所にあたる番地が確認できた。
古いとはいえひとの家の住所なので全部は書かないが、入新井町3ーXXXという番地、ずばりそのものがその地図にあった。


ずばりここだ

その場所を現代の地図に重ねあわせて、現地に向かってみよう。
それにしても、当時の人たちからすると、現代の携帯電話のように、現在位置と周辺地図が映る道具が手のひらに収まるなんて、魔法以外のなにものでもないだろう。
しかし、この絵はがきもiPhoneも、おなじ僕の手のひらの上に並んでいるのだ。
時というのは本当におもしろい、と思う。


今の地図ではこの辺
当時は「学校裏」という駅名だった

当時に思いを馳せながら

宛先にある「○○ ちづ子」さんも時にはこの駅を降りて、家に向かっていたかもしれない。
○○さんと呼ぶのもあれなのでこの場では福田さんとしようか。
ちなみに福田というのは僕の母の旧姓だ。
母の旧姓はインターネットをやっているとなぜかよく質問されるので(こんな質問するのって恋人かインターネットくらいだよね)、ここに古い絵はがきの宛名を書いてしまうのと母の旧姓を書くのと、僕自身にかかるリスクはどちらが大きいか考えたが、まあどっちでもいいや。

ということで、きっとお芝居が好きだった福田ちづ子さんの姿(もちろんうら若き女学生)を思い描きながら、駅前の通りを進んだ。
この通りはやたら飲み屋が多いなあ。


大衆酒場が多い通りを抜ける
むかしの地図と見比べながら

入新井の気配

ほどなくすると、「入三通り入口」という交差点があった。
おそらく、入新井三丁目(商店街)通りの入り口、ということだろう。
周辺の町内会掲示板などにも入新井の表示が多くなってきた。
入新井町という住所表示が使われていたのは1970年までなので、40年たった今でも、地名はここに残っているということになる。


入三通り入口

たぶんこのあたり

昔の地図を頼りに、「どうやらこの辺」という場所に到着した。
東京の中心ではないところにある、典型的な住宅地だ。


間違いない感じです
きっとここです

かなり古くからありそうな、小さなショッピングセンターに入り、お店の方に質問してみた。
「この辺に、昔なんですけども“福田さん”っていうお宅ありませんでしたか?」
店のおばちゃんは、昔っていつくらい? と聞くので、「ん〜それがね、昭和のはじめなんです…」と答えると、大笑いした。
「そんなこと、いくらなんでも知らないわよ。」
うむ、そりゃそうだ。
女性には失礼な質問だったろうか。
そんなつもりはなかったが、女心って難しい。


いくらなんでもそんな昔のことは知らないわよ

福田さん、見あたらず

仕方がないといえば仕方がないのだが、人の移り変わりの激しい大都会、70年以上前の、しかも戦争という大きな出来事を挟んだ東京で、絵はがきの住所に行ったら、こぎれいなおばあちゃんが住んでいて、女学生時代の友達からの手紙に目を細める、なんていうこと、起こることの方が奇跡だ。


この一角に住んでいたはず
「青年歌舞伎にまいりました」という差出人

それでもあきらめずに僕は、ここいらに古くからすんでいそうなおばあちゃんに話を聞いたり、「あのお宅は戦前からあるようよ」という家のピンポンを押して話を聞いたり、踵にタイヤのついた靴で滑る子供にまで話を聞いたりしながら、情報を探った。


散歩中のおばちゃんや
神社の奉納名簿も調べたけど

人の情け プライスレス

そうすると、都会にもいい人はいるもので、「ちょっとまって、町内会名簿見てみるよ」という親切が。
最近は、法律のへんな解釈が広まって、人探しをしているとなぜか白い目でみられたりする世知辛い時代の中だけれど、こういうやさしさにふれると、とてもうれしい。


住所はこのへんだけどね

その名簿によると、どうやらこの辺に「福田」という家は無いようだ。
最近は自己防衛で、こういう名簿には名前を載せないという人が多くて、載っていないから絶対いないとはいい切れないけど、でもそのころから住んでいるような人だったら、たぶん載っているはずではなかろうか。

その後も探してみたが、やっぱり福田さんは見つからなかった。


なかなか残念だ
そしてぜんぜん関係ないけど、モー娘風の管理会社

手強い展開

その後、どうしても気になって、国会図書館でこの辺の地図を軒並み調べた。
そうするとやっかいなことに、資料の年代によって「入新井町3丁目」の場所が違うのである。
なんというこっちゃ。
ネットで探すぶんには、住所表示がそんなに変遷したという情報は見あたらない。
当時の地図がいい加減だったのか、インターネットの情報量に限界があるのか、どっちなのかはわからないが、いづれにしてもこれ以上調べるには膨大な時間がかかりそうなのは確かだ。


国会図書館で地図を探したけら
住所がそれぞれ違っていた


福田ちづ子さんには会えなかったけど

テレビのドキュメントのような具合に、福田さんに会って当時のお話を聞く、なんていうことはできなかったけれど、福田さんが確かに手にしていた絵はがきを、僕はそのころの郵便配達員さんと同じように、「郵便でーす」と福田さんの家を訪ねたのだ。
70年はさすがに遠くて、このはがきを届けることはできなかったのは残念だが、もしこれが電子メールだったら、70年後に誰かが「もういちど届けてあげよう」なんて思ったりしたんだろうか、と考えると、インターネットの会社で働いている者としては、それなりに思うところもある。

ずいぶん大きく出たもんだ


 
 

 

 
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