自動車や飛行機にはないのに電車にあるものなーんだ?
答えは「つなぎ目」である。
(text by 石川 大樹)
つなぎ目が気になる
東京の電車は朝晩と通勤ラッシュで大変混雑するが、これはみんなつなぎ目のある乗り物に乗りたいからに他ならない。つなぎ目にさえこだわらなければ、みんな車や飛行機に乗ればいいのだ。
みんなここが好きで好きで仕方がないのだ
今回は都内を走る電車9路線に乗って、つなぎ目(ほんとは連結部とか貫通路とか呼ぶようだが、ここはあえて愛着をこめて「つなぎ目」と呼ぼう)のようすを見て回った。
※つなぎ目は床が大きく揺れて危険なため、鉄道会社によっては「立ち止まらないように」との注意書きがしてあります。各社の指示に従い、通行する場合は足下に注意しましょう。
上質なプライベート空間、つなぎ目
個人的に、つなぎ目が気になる理由としては、ドアの存在が大きい。
ドアの向こうは別の空間(東京メトロ東西線)
あの中に入って、ドアを締めきったらさぞかし落ち着くだろう、と想像してしまうのだ。
いろんな電車を見て回ったところ、ドアの配置には3種類ある。
だ。上に挙げたものほどつなぎ目スペースのプライベート度は高い。
まずは両ドアのパターン。ドアをひとつだけ開けて中を見てみよう。トイレの個室が落ち着くように、あそこもくつろぎ空間に違いないのだ。
この薄暗さがいい(JR埼京線)
窓があるので完全な密室とは言えないが、狭いだけでも落ち着くのだ。本棚を設置して長居したい。あの中で日記をつけたり、ラブレターを書いたりしたい。
窓から車内を眺める
窓からこっそり外を眺め、人々のくらしを観察するのもいい。ちょっとした神様気分だ。
こちらは違った両ドアのパターン(東京メトロ有楽町線)
有楽町線のドアは全面ガラス張りで、両ドアのわりには個室感が低いのが少し残念。
ただ、見慣れた車内の光景も、ガラスごしに見ると水族館で水槽の魚を見ているかのようだろう。ああ、一度中に入って、両方のドアを閉めきってみたい。(周囲の人から見れば、その僕の姿こそが水槽の中にいるように見えるわだが。)
関係ないが、ガラスに模様が付いているのはやっぱりぶつかる人がいるからだろうか。
ドアなしは開放感が命
T字型にガバリと大きく開いたつなぎ目(東京モノレール)
ドアなしの場合、ドアのサイズに縛られないぶん、つなぎ目は大きく口を開けることができる。大きなつなぎ目が作る明るい車内。夏にふさわしい開放感だ。
もっと寄ってみよう。
つなぎ目というよりイスに近い
寄ってみると、そこにイスが現れた。肘置きまで完備のずいぶん座り心地のよさそうなソファだ。この両脇にドアがあれば、かなりのくつろぎ空間になったかもしれない。
ああ、座りたい。うっとりしていると、両肘の部分から張られた警告色のロープが目に入り、この部分の「ただのつなぎ目」としての事務的な一面を思い出させる。
そしてこんなドアなし物件も(ゆりかもめ)
東京モノレールほどの開放感はないが、ゆりかもめもドアなしのつなぎ目であった。こちらはカッチリ四角い形。几帳面さを感じさせる形状ではあるが、やはりむこうの車両が素通しで見えるのはちょっとした開放感だ。
片ドアはデカダン
いっぽうで、退廃的な、ちょっと妖しい魅力を持っているのが片ドアだ。
片ドアのつなぎ目は、ドアがないほうの車両から見れば「くぼみ」である。「くぼみ=すっぽりはまりたい」であることは、せまい場所愛好家のみなさんであれば常識の域だろう。
くわえて、この足元の薄暗さが、なんだか危険な魅力をただよわせてはいないか。角のところ、足元のできるだけ暗い部分で、小さく体操座りしたい。体操座りしながら、10年前にあったいやなこととかをいまさら思い出して悲劇的な気分に浸ったりしたい。
山手線も片ドアだ。つなぎ目部分は揺れて危険なので立つべきではないのだけど、山手線はラッシュ時に乗っていると、たまにこの位置に押しやられてしまうことがある。
あのときの追い詰められた感じ、「ここから満員の乗客を掻き分けて出口にたどり着くのは到底無理ではなかろうか」という焦燥感。その記憶が、薄暗いこのくぼみの闇をいっそう深く感じさせている。