トノサマバッタというバッタがいる。殿様とはずいぶん大きくでたものだが、実際つかまえてみれば、その名に恥じない貫禄だ。もうこれは、殿様どころじゃなく王様と呼んで差しつかえないと感じたので、トノサマバッタを王様にしてあげようと思った。
(櫻田 智也)
トノサマバッタは憧れ
バッタ捕りは大抵の男の子が経験している遊びだと思う。トンボや蝶よりもワイルドで、カブトムシやクワガタムシよりもうんと手軽だ。 バッタは子供たちの素晴らしい遊び相手であり、その中にあって、トノサマバッタこそ誰もが一度は捕まえたい憧れのバッタだろう。
まだ幼稚園の頃だったろうか、近所の坂道を友達数人と自転車で駆け下りていた途中ですっ転び、大泣きして帰宅したら、家の前の原っぱに父親が虫捕り網を持って立っていて、ぼくをみて嬉しそうに手を上げた。その手には大きなトノサマバッタが握られていて、ぼくはすぐに泣きやんだと思う。
二十数年ぶりのバッタ捕り
つい最近、カブトムシやクワガタムシを捕まえるという記事をかいたが、バッタ、とくにトノサマバッタは運がよければ拾えるという代物ではなく、本気でいかなければ捕まえることはできない。 近所のホームセンターで虫捕り網を購入し、バッタのいそうな場所にでかけた。
週末の午後、借りている畑の近くにバッタ捕りにでかけた。
ああ、それにしたって空も山も美しい。 同じく畑をやっている近所の人がふたりきていた。草むしりや苗の手入れに精を出し、もちろんバッタを捕ろうという気配はない。
というわけで畑の横の草むらに踏み入ってみたのだが、
『リバー・ランズ・スルー・イット』みたいなカッコいい写真はたくさん撮れるのだが(※註)、いかんせんバッタがいない。トノサマバッタどころか、イナゴすら見当たらないのだ。
※註:筆者がリバー・ランズ・スルー・イットを観たのは15年前のため記憶が曖昧になっています。
トンボや蝶なら笑えるほど捕れる。トノサマバッタの旬がいつかは知らないが、もしかして時期が遅かったのか。だとしたら非常に困る。
今回の記事の候補としてもうひとつ提案していたのが「落とし穴を掘って、そして落ちる」というものだったのだが、水路に落ちただけでものすごく痛かったため、それに挑戦する気分はすっかり失せてしまった。なのでバッタがいないとものすごく困るのだ。
エデンの園がありました
ところが、道路を渡ってトウモロコシ畑の間を抜けた草原がエデンだった。 オシッコちびるくらいトノサマバッタがいるのだ。
足もとから鳥が飛び立ったのかと思うほどの飛翔力。大げさでないことは、バッタ捕りを一度でもしたことのある方ならおわかりだろう。 やっとトノサマがいる場所をみつけたというのに、ぜんぜん捕まえられない。飛び立ったバッタは遥か遠くの草の上に落ち、近づけばまたすぐに飛んでいってしまうのだ。
トノサマバッタの捕まえ方
だが、アホみたいに何度も繰り返しているうち、だんだん勝手がつかめてきた。
まず、草むらを適当に歩いてトノサマバッタが飛翔したら、追いかけながら着地点を捉えておく。 このあとだが、着地点まで行ってバッタの姿を確認しようとしてはいけない。見える距離まで近づくより先に、敏感になったバッタは再度飛んでいってしまう。 リーチの長い網を準備し、バッタが落ちたと思われる場所に向かって少し離れた場所からとにかく網をかぶせる。この方法が最善だった。
そういえば、5〜10センチくらいの例えば木片みたいな物に糸をつけ、オスの近くに置いて引っ張るとメスと間違えて乗っかってくるので簡単に捕れるというやり方を聞いたこともあるが、オスのそばに木片を置くことができる距離に近づくという時点でぼくには無理だと感じた。 それに、せっかく捕まえるなら身体の大きいメスのほうがいい。
そんなこんなで4匹目、やっと念願の大物をゲット。飛んだ瞬間「デカい」と感じたので、ぜったい逃がしたくなかった。
羽を入れて6.5センチ近い、最大級と呼べる立派なトノサマバッタ。これはもう、殿様どころか王様と呼んでなんら差しつかえあるまい。これにて採集は終了とし、本題に移ろう。
ところでバッタ捕りをしている最中に軽トラックのおっちゃんが「何をしている」と話かけてきたので「トノサマバッタを捕っている」と告げると、「焼いたらうまい」と言って奥の畑へ消えていった。 うまいそうですよ。
王様セット
トノサマバッタを王様にするためのセットがこちら。
それぞれ特別に誂えた品だ。 コレらを使うと、
似合う! 先生カッコいい!
とまあ、こういうイメージなわけで、トノサマバッタももれなく王様にさせられるはずなのだが。
殿様を王様に
持ったときの質感というか肉感がすごい。そしてシンプルにデカい。
もちろんイヤがる殿様。 「ちょっとだけ! ね、ちょっとだけだから!」 と、必死になだめるものの言うことを聞いてくれるわけがない。
ウンコもキング級だ。
即位
少し草を与えて機嫌をとったのち、とりあえずマントにつかまってもらった。
あっ! 可愛い!! 可愛いけど、なんだコレ。
くるまれると少し落ちつくらしく、おとなしくなった。 しかしながらもはや王様の貫禄はない。赤子だ。赤子の風情だ。
幼いままに王座を継承したマスカット6世は、やがて革命の火の手に飲み込まれていく。
なんだかよくわからないがとりあえず形にはなった。トノサマバッタが王様に即位した瞬間である。 記事では伝わらないが、こんなバタバタした撮影は始めてだった。バッタはモデルには向かない。
ところで、「玉座が座布団」ということに違和感を抱いている方も多いと思う。なぜ座布団なのか。 じつはもともとこの記事のタイトルは『トノサマバッタを殿様に』の予定だった。王様ではなく、名前のとおり殿様にしようと考えていたのだ。
バッタの顔にちょんまげとヒゲをかぶせたら殿様っぽくみえるだろうと思ってチャレンジしたのだが、完成形をみて「これをタイトルにするのは……」と考え直し、メインを王様に変更した。
なかったことにしようかなと思ったのですが、最後に殿様になった姿をご覧いただき終了とさせていただきます。
いや、女の子なんだよな。そういえば。
トノサマバッタにはずいぶん申し訳ないことをした。できるかぎりはやく撮影を終わらせて逃がしたかったのだが、やはりストレスを感じていたのだろう、ウンコの量がすごかった。 なにしろ憧れのバッタなので、もうちょっと家に置いておきたい気持ちも正直したが、あの飛翔力を1日でも小さな容器に封じ込めるのはあまりに気の毒なので、草むらにもっていった。 まだまだ暑いけど(驚くべきことに岩手も暑い)、なんとなく、夏っぽい記事もそろそろ終わりかなと思うと寂しい気もします。