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ロマンの木曜日
 
「トンネルドン」を聞いてみたい


トンネルを前に耳を澄ます

 「トンネルドン」とは、正確には「トンネル微気圧波」と呼ばれるもので、新幹線のような高速列車が長いトンネルに突入したとき、トンネル内部の空気が一気に圧縮されて破裂するような現象が起きて、トンネルの出口に向かって「ドーン」という音や衝撃波を発生させる、というもの。原理としては、子供のころジャガイモを飛ばした空気鉄砲と一緒らしい。

列車が高速化して規模が大きくなると、列車自身や近隣の民家の窓ガラスが割れたりする被害が出たこともあるようで、つまりは公害のひとつと言えるのだけど、ひとまずその音を聴いてみたい。

というわけで、新幹線のトンネルに行ってみた。

萩原 雅紀



新幹線トンネルのそばに近づける場所へ

「東京からいちばん近い、長さが何キロもあるような新幹線のトンネルの出入口に近づける場所。」

さすがにインターネットがこれだけ発達した現在でも、ここまでニッチな要望に対しては的確な答えが見つからなかった。仕方がないので、とりあえず地図を見て近づけそうなトンネルの場所にイチカバチかで行ってみた。



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上越新幹線の榛名トンネル東京側坑口

向かったのは上越新幹線の榛名トンネル。新幹線が高崎を出て最初のトンネルで、全長はおよそ15km。地図で見る限り、この東京側の出入口は両側に一般道が通っていて、音や風を感じられるくらいまでは近づけそうだ。フェンスの高さは行ってみないと分からないけど。


関越自動車道を前橋で降りて
少し走ると新幹線のトンネル沿いの道に

現地に行ってみると、すごく高くて目の細かいフェンスで囲まれてはいたけど、トンネルの出入口をすぐ目の前に見ることができた。


入口のふちに書かれた「榛名」の文字が誇らしい

調べておいた時刻表を見ると、東京方面に向かう新幹線が、15km先のトンネルの向こう側にもうすぐ突入して来る時間だ。急いで動画撮影用に三脚を組み立て、カメラを据えつけて録画を開始した。

すると、いともあっさり「トンネルドン」が録れてしまった。


かつてこれほど地味な動画があっただろうか

動画の始まってすぐ、2秒過ぎくらいの場所で耳を澄ましてほしい。

想像していたよりは小さな音だったけど、トンネルの中から確かに「ドーン」という音が響いてきた。確証はないけど、これがトンネルドンの音ではないかと思う。

その後、今度はトンネルの中から風が吹き出してくる。この日、外はほとんど無風だったことは線路の奥の木で分かると思う。つまり線路際の草木がざわめいているのはトンネルの中からの風なのだ。恐らく最初のトンネルドンと同時に発生した衝撃波によって運ばれた風ではないかと思う。

さらに数分後、徐々に高まる轟音とともに新幹線がものすごい速度で駆け抜けて行った。動画では数分待てないので途中8倍速にしています。


[完全版]トンネルドンから新幹線が駆け抜けるまで


最初にトンネルドンらしき音が聞こえてから、およそ3分で新幹線はトンネルから出てきた。

たとえば時速200kmで走っているとすると、3分でおよそ10km進むから、全長15kmのトンネルに5kmくらい入った地点でトンネルドンが発生したことになる。たぶん。違うかな?

音の到達時間は計算に入れていないけど、音が10kmで約30秒とすると、新幹線の位置としては1.5kmほどのズレだ。

とにかく、新幹線がトンネルに突入して数キロ走ったときにあの「ドーン」という音が発生したようだ。

しかし、最近はトンネル出入口の形状を改良したり、新幹線車体の研究が進んでトンネルドンは発生しにくくなっているらしい。

東海道新幹線のN700系や、新しい東北新幹線の先頭が一見ユニークなデザインなのは、トンネルドン対策なのだ。


別のトンネルへ

もっと大きな音で聞こえないものか、というのと、トンネルから出てくる新幹線がかっこいい、という理由で、別のトンネルにも行ってみた。

およそ北へ20km、榛名トンネルの北隣に位置する、こちらも全長およそ15kmの中山トンネル新潟側坑口である。



高速から見えるあの山の下を貫くトンネル
塀は高いが跨線橋があった


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こんなに近づける場所なかなかない

ちょうど近くに跨線橋が架かっていたので、この途中からトンネルを正面に眺めることができたけど、何本か新幹線の通過を待っても、ここではトンネルドンは聞こえなかった。



ほとんど正面から見える
スピードが速くて写真も失敗ばかり

この場所でトンネルドンが聞こえなかった理由は分からないけど、中山トンネルは途中に地質が非常に脆くて真っすぐ掘れなかった場所があって、やむを得ずそこを急カーブで避けたため、かなりスピードを落として通過している。そのせいでトンネルドンが発生しないのかも知れない。



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このS字カーブは地質の悪いところを避けるためで計画にはなかった

今回の記事とは関係ないけど、この中山トンネルは史上稀に見る難工事のトンネルとして有名で、いろいろな文献もあるのでぜひ一度読んでもらいたい。いちど読めば、上越新幹線に乗っていて中山トンネルの中でこの急カーブを通過するときにブレーキがかかる、そのGの変化を感じるだけで感動できるようになる。


トンネルの咆哮を聞く

次に向かったのは、トンネルドンとは少し違うけど、トンネルが叫ぶ声を聞くことができる場所。

関越の水上インターを過ぎ、温泉街を抜けてスキー場の方に登って行くと、広い駐車場のような場所に出る。



今日はこれで新幹線の線路とはお別れ
温泉街を抜けスキー場へ向かって登ると

こんな広場に出る

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冬はスキー場の駐車場かも知れない

そしてその広場でいちばん目につくものは、この巨大なトンネル入口のようなもの。


どう見てもトンネルだけど扉で塞がれている

近づいてよく見ると、斜め下に向かって伸びているトンネルが、かなり年季の入った扉で塞がれていた。

扉の看板には「新幹線線路」「立入禁止」の文字が。でもこのあたりに新幹線の線路は見えない。



年季入りすぎてやや怖い扉
こんな山の中で新幹線線路と言われても困る

実はこれ、この地下を貫いている全長22kmの上越新幹線大清水トンネルに繋がっている斜坑なのだ。

長大なトンネルは、両方の出入口だけから掘っていると時間がかかってしまうため、トンネル予定地点の何ヶ所かに向かって地上から急傾斜のトンネルを掘り、それぞれの場所からも両端に向かって掘ることで工期を短縮させている。

ここは保登野沢斜坑と言って、駐車場のような広いところは、おそらく工事中に事務所やプラントなどが立ち並んでいた場所だ。



僕自身斜坑初めてです
扉の穴から中を撮ってみたけどもう1枚扉があって残念

さて、斜坑入口に来てトンネルの咆哮を聞くとはどういうことか。

少し長いけど、とりあえず動画を見ていただこう。画面はほとんど動きがないけど、音はぜひ聞いてほしい。知らない人はきっとびっくりするよ。


本当に腰が抜けるかと思った

静かだった斜坑から突然、ものすごい強風が吹き出す。しばらく強風が続いたと思ったら、強烈な金属音のあと急に風向きが変わり、今度は猛烈な勢いで空気を吸い込み始めた。トンネルが叫んでいる。

なにこれ。怖いにもほどがある。

斜坑は新幹線が走るトンネルの本坑の途中に繋がっているので、全長22kmものほぼ密閉された空間であるトンネルに新幹線が高速で突っ込むと、圧縮された空気が逃げ道を探して斜坑を駆け上がってくる。そして新幹線がトンネル内の斜坑が繋がっている場所を過ぎると、今度は負圧がはたらいて外の空気を猛烈な勢いで斜坑に引きずり込む。この空気の流れが、狭い扉の隙間を通っているため、トンネルの咆哮のような不気味な音を立てているのだと思う。

そして空気の流れが変わるそのとき、斜坑の中に何枚か設置してある扉がいっせいに動いて、あの恐ろしい金属音を出しているのだ。


素で欽ちゃんになってしまうほどの衝撃

というわけで、新幹線のトンネルで聞こえる音を探して歩いてみた。

トンネルドンもトンネルの咆哮も、もっと強烈に聞こえる場所があるらしいので、いつか聞きに行ってみたいと思う。

トンネルおもしろい

最近、難工事の末に産まれる長大トンネルに興味が湧いて、トンネルのことをいろいろ調べているうちに「トンネルドン」と「斜坑の咆哮」のことを知った。

今回まわった上越新幹線のトンネルも、榛名トンネルは陥没、中山トンネルは大出水、そして大清水トンネルは火災と、どのトンネルも建設工事中に大きな災害が起きていたほどの難工事だったらしい。特に大清水トンネルの火災は保登野川斜坑から入った場所で発生したため、当時はあのあたり大騒ぎになったのだろうと思う。実際、斜坑の傍には犠牲になった方々の慰霊碑が建っていた。

列車内からは気づかないけど、当たり前のように通れるトンネルもいろいろなドラマがあって開通しているんだ、ということを知ると、きっともう新幹線の中で寝たりできなくなりますよ。

と、本編とはまったく違う方向に着地したところで締めたいと思う。

そういう苦労を経て無理にでもABCにしてしまうのか

 
 

 

 
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