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ロマンの木曜日
 
日本最古のダム巡り


今回はそのような、古代に起源を持つ二つのダムを巡ります

ダム、それは何かしらの目的の下、水を堰き止める為に作られた構造体。巨大な堤体が偉容を誇るそのダイナミックな光景は、近年、鑑賞の対象として愛好家の注目を集めている。

特に当サイトにおいては、ダム鑑賞の大家、萩原さんが繰り出す種々の記事によって、その魅力が存分に語られているのは周知の通り(→参考記事、他にもよりどりみどり)。

ところで、ダムといえば、近代や現代というイメージが強いと思う。古いものでも、せいぜい明治時代とかだろうか。しかしながら、日本のダムの歴史はそんなに浅いものではない。その黎明は、なんと飛鳥時代にまで遡るというのである。

木村 岳人



日本最古のダムは616年頃建造

いきなりではあるが、日本最古のダムは大阪府大阪狭山市にある狭山池(の堤)である。作られたのは、なんと616年頃であるとのこと。初っ端から大本命だ。

飛鳥時代にはコンクリートなどあるはずも無く、その構造は土を盛って作られたアースダム。「所詮は盛土だろう、原始的」なんて思っちゃいけない。小規模なダムにおいてこれほど効率の良い工法は無く、今でも相当数のアースダムがあるそうだ。

その狭山池、場所も大阪府内ということで、大阪在住の私としてはアクセスも難くない。そんな身近にあった日本最古。古いもの好きの私としては、行かぬ訳にはいかんだろう。


というワケで、電車を数本乗り継いで
南海電鉄高野線の狭山駅にやってきた

「次は、狭山、狭山」という車内のアナウンスを聞いて、その声に押されるがままホームへと降り立ったものの、どうも周囲の様子がおかしい。駅舎は小さく、駅前からすぐに住宅街が広がっている。このような所に、池とかダムとかあるのだろうか。

そのような疑問を抱きつつ、傍らに掲げられていた放置自転車の回収先案内に目をやった。それに描かれていた地図で、狭山池との位置関係を確かめてみると……


降りる駅を間違えていた

なんと、狭山池の最寄り駅は「狭山駅」ではなく「大阪狭山市駅」だった。私はこの路線を初めて利用する。「狭山駅」の次に「大阪狭山市駅」が待ち構えているなど、毛の先ほども、露ほども、全くもって想像できなかった。っていうか、紛らわしいよ。

駅から出てしまった以上、また切符を買って次の電車を待つのも癪である。しょうがない、少々遠くはなってしまうが、ここから狭山池までは歩いて行く事にしよう。


先ほどの地図をたよりに、とぼとぼ歩く
大阪版「防犯の目」は釣り目で寄り目だ(東京版はこちら

しかし、なかなか良い雰囲気の町ですな
むむ、あの土手、怪しいぞ

狭山駅からのんびり歩いて15分ほど、視界の先に小高い土手のようなものが現れた。階段が設けられ、木々が植えられ、管理施設みたいなものもあって、公園のような雰囲気が漂っている。ひょっとしたら、あれが狭山池だろうか。

早速、その階段を上ってみると……


やはりあった。おぉ、これが狭山池か

なかなか広々としていて
良い感じの池ですな

そこには、だだっ広い池が広がっていた。いや、池というより、小規模な湖というべき広さだろうか。曇っていたこともあって、対岸の建物が霞んで見える。

案内板を見ると、そこには確かに狭山池とあった。日本最古というと、もっとこう、野性味溢れるプリミティブな感じの、いかにも「溜池!」というような池を想像していたのだが、思った以上、小奇麗な感じに整備されている。


池の周囲は歩道が整備されていた
池にやってくる鳥も多いようだ

この日は休日。数え切れないくらいの人々が、そこここでウォーキングやらランニングやらに勤しんでいた。

一見すると、どこの町にでもありそうな市民公園。しかしながら、そこは長い歴史を持つ狭山池なだけあって、文化的な要素もちょこちょこ見られる。


いわれのありそうな石碑が立っていたり
池の中に社があったり

というか、まぁ、ぶっちゃけ、目に見える文化的要素はこれくらいしか無かったりするのだが。池やその周囲は徹底的に整備されていて、古の香りはほとんど残っていないという印象。何でも平成になって、大規模な改修が行われたのだそうだ。それは、池の景色が一変する程の大工事だったという。

いやいや、遺跡探訪というのは目に見えるものを追うのみにあらず。今に残るわずかな証跡を手がかりに、過去の姿を妄想……もとい、想像するのがキモなのだ。

いいねいいね、テンション上がってきた。


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