この勝負、勝ちに行こうと思っていた。
合戦の前々日前くらいから、パソコンのモニターに映る路線検索とにらめっこしながらベストの道順を探した。やるからには勝ちたいと思ったのだ。その結果、効率的に「5つ」の国を取る方法をみつけた。画面が輝いて見えたほどだ。
5つも取れば優勝できるはずだ。
取ろうとした国は、順番に「千葉」「埼玉」「茨城」「栃木」「群馬」。前日の夜、「勝った、勝った」と一足先に高笑いしたぐらいだ。
そんな高笑いで眠れないまま合戦当日を迎えた。
(地主 恵亮)
5つの国を取るベストな作戦
スタートの東京駅から、まずは千葉県「松戸駅」に向かう。 その近くには江戸川が流れていて、対岸は「埼玉」なので橋を渡って一歩だけ「埼玉」に入る。これで2つの国を一気に自分のものにすることができる。埼玉を取った後は、松戸駅に戻り、常磐線に乗り、茨城県「取手駅」に向かう作戦だ。
茨城県「取手駅」からは、栃木県「小山駅」を目指す。 「小山駅」からは両毛線、佐野線を乗り継ぎ群馬県「渡瀬駅」に。これで栃木、群馬も僕のものだ。
机上では素晴らしい計画だと思っていた。暇にまかせて何度も何度も調べた結果なのだ。
2つの不幸
こんなにも千葉を身近に感じたことはなかった。 生き別れになった姉にやっと逢えるみたいなテンションだった。それなのに安藤さんが千葉に先についてしまった。姉が手をふっていたので、近づいたら流れ弾に当たって死んだみないな感じだ。悲しい。
最初に予定していた千葉は取られた。
ウジウジしていても仕方が無いので気持ちを切り替えて、予定通り埼玉を取りに行くことにした。松戸駅からタクシーに乗れば、そんなには時間を必要としないはずなのだ。
と思っていたら、ズボンのポケットがブルブル震え始めた。嫌な予感しかしない。見たくないブルブルだった。
こんなにも埼玉を身近に感じたことはなかった。 生き別れになった姉にやっと逢えるみたいなテンションだった。それなのに榎並さんが埼玉に先についてしまった。姉が手をふっていたので、近づこうとしたら、その間に姉が誰かにナンパされ、ついて行ってしまった感じだ。悔しい。
2分の不幸
松戸駅から茨城県「取手駅」を目指す。
せめて1つくらいは取りたい。茨城を僕の領土にしたい、と気持ちは焦るけれど、電車は別に速くは走らない。もう2つ3つ駅を飛ばしてくれたらいいのにと思うけれど、律儀にとまる。優等生タイプだ。廊下を走らない学生だ。第一ボタンまでしっかりとめるタイプだ。不良になれよ!
焦るけれど、実は茨城は取れるだろうと思っていた。 松戸駅では、降りようと思ったギリギリのところで、埼玉を取ったというメールを貰ったので、結局降りなかった。その分の時間が短縮されたから取れると踏んでいたのだ。
そろそろ取手駅というところから、携帯をいじり「茨城に着きました!」的なメールを準備していた。改札を出たらすぐに「送信」ボタンを押せるようにしていたのだ。
「送信」ボタンを押したと同時に茨城は僕のものだと喜んでいた。誰かに取られるなんて微塵も考えていなかった。ひとりエレクトリカルパレード状態で興奮していたのだ。
僕がメールを送ってから気がついたのだけれど、榎並さんから「茨城に着きました」とメールが来ていた。その差はわずかに「2分」。たった「2分」なのだ。悔しい。やっと生き別れの姉に逢えたと思ったら、別人みたいな感じだ。しかも、男。ショックだ。
茨城も取られ、榎並さんの動きを見る限り次は栃木を目指すような気がした。僕の第六感がそう耳元でささやいている。
競っても負けそうなので、予定を変更して先に群馬を目指すことにした。時刻表を見ると北千住駅から出る特急「りょうもう」に間に合いそうな雰囲気だった。
1つ目の幸福
北千住駅に着いたら、もう今にも特急「りょうもう」は群馬に向けて走り出そうとしていたので、急いで乗り込んだ。
浅草駅〜太田駅まで走るという僕の乗り込んだ特急「りょうもう」の群馬最初の駅は「館林駅」。ということで「館林駅」までの切符を買った。
2つ3つ駅を飛ばせばいい、と常磐線で僕が思ったことを、この「りょうもう」は叶えてくれた。「館林」までは1つしか駅にとまらない。素晴らしい。
彼は廊下を走るタイプの学生だ。
第4ボタンくらいまで開けていると思う。初めて不良ええわ〜、と思った。不良と付き合う女子の気持ちを理解した。生き急いでいるのだ、きっと。
こんなにも群馬を身近に感じたことはなかった。 今度こそ、生き別れの姉に逢えると心が躍った。携帯電話は死んだみたいに大人しい。いい子だ。このまま死んだままでいてくれと願った。いつもは携帯がならずに悲しいと思っていたけれど、今日は別だ。
ついに群馬を取った!
メールしたらやっぱり群馬一番乗りだった。群馬に永住しようかと思うほどに嬉しい。群馬を素晴らしいところだと初めて思った。駅前には何もなかったけれど、これはこれでいいのではないだろうか。永住は出来ないと思い直したけれど。
2駅の不幸
「館林駅」から佐野線に乗って2駅目の「田島駅」に降り立てば、そこは栃木県だ。今のところ携帯電話に誰かが栃木にたどり着いたというメールは届いていない。ここを取れば勝負の行方はわからなくなるので、当然はりきって「田島駅」を目指す。
「田島駅」へと向かう電車の出発はまだ少し時間があるようなので、何か昼ごはんでも食べようと思っていたら、不吉な震えをフトモモに感じた。いい知らせではない震えだった。分かるのだ。フトモモがビンビンにそう感じるのだ。
こんなにも栃木を身近に感じたことはなかった。 それなのに榎並さんが栃木に先についてしまった。やっと会えた生き別れだった姉をよく見ると全然知らないグアテマラ人だったみたいな感じだ。残念極まりない。
東京へ
栃木も取られ、もうどこへも行くあては無いので、東京へと帰ることにした。昼ごはんを食べていなかったので、帰途の途中で電車を降り昼食を食べた。交通費が余っていたので使わなければと思ったのだ。しかし、悔しさで食欲というものが、おおよそ無いに等しかった。
結局「群馬」だけだった
終始、全てにおいて遅れを取り結局「群馬」1つだけだった。
前日の夜に、勝った! と思ってした高笑いが悲しい。もし次があれば必ず勝ちたいと本気で思う。かなり悔しかったのだ。
同時に、あんなに鳴り止まない携帯電話を生まれて初めて体験できて嬉しかった。電池の持ちが自慢の携帯だったけれど、この日はすぐになくなった。電池の持ちがいいのではなく、単に使っていなかったからだと気がついた。