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フェティッシュの火曜日
 
あらがおう!スケッチの味わい深さ


おっちゃん趣味入門

電車に乗っていると、高尾山のお堂を水彩のイラストで描いた広告が目に止まった。

こういうのが描ければ、なんでも味わい深く描けるだろうなとうらやましく思った。

試しに一枚描いてみたら、あまりにも簡単にそれっぽくなったので驚いた。強力だ、この味わい深さ。

果たして、この味わい深さはどれほどのものなのか? どうでもいい風景を描いても味わい深くなるのだろうか?

大北 栄人



見かけた高尾山の広告を再現したもの(文章は適当です)。こういうぼえぼえした絵が描きたいのだが…

「知識ゼロからの」に飛びついた。この「15分スケッチ」は教本で一大勢力を誇っていた。

スケッチというのか

それっぽい水彩の画が描けないかと本屋で教本を探すと「15分スケッチ」というジャンルを知った。

そうか、スケッチか。僕がやりたかったのはちゃちゃっと描くスケッチというものだ。考えるとスケッチって言葉を意識してやるのは初めてだ。

小学生の頃「エッチ、スケッチ、ワンタッチ」という言葉が流行ったが、そのスケッチがやっと目の前に現れた。

長かった。まさか三つの中でそれが人生の一番最後に来るとは。


平日昼の水彩筆コーナー。中高年ですごい人気。

道具を揃える

教本には書き方の手順と道具の揃え方、いくつものテクニックが載っていた。まずは道具を調達しよう。

本でおすすめされているものはなかなかいい値段がするので、一番安いグレードのもので揃えた。

それでも結果、6500円。画材って高いなあ。

売り場は平日のお昼なのにおっちゃんおばちゃんのお客さんが山ほどいた。画材屋って、こんなことになってんだ!


どうでもいい風景を探して

さあ、道具は揃った。あとはどうでもいい風景を探そう。


例えば画材屋近くの新宿。古い建物でいい風景。
大森駅のデッドスペース。ぐっとどうでもよくなった。

微妙な狭さの駐車場の精算機。おお、かなりどうでもいい。決定。

実はさっき「高い」ともらしていた6,500円のうち、
3,500円が右のイーゼル代。もちろん、本当は要らない。

こんな場所でイーゼル立ててるとみんな見ていくのだ。やはり要らない。

「ちがうんです、これ冗談なんです」と弁解する羽目に

ふざけてて

イーゼルを立てて絵を描いていると、こんな殺風景な場所に何があるんだ?と、みんな絵をのぞきこんでいく。

振り向くと、熱心に絵をのぞきこんでいる女性と目が合った。しまった、この人は絵が好きな人だ。

「ちがうんです、これ、冗談なんです。」

あわてて弁解すると「でも、ちゃんと捉えられているじゃないですか。」と褒められた。うれしい。

さあ、まずいぞ。

片岡鶴太郎もこんな感じであちら側にいっちゃったのだろうな。


鉛筆で下書き、ペンで描く、最後は水彩で色を塗って完成

教本通りにはいかなかったが完成

下書き、ペン入れ、着色。全部で15分で完成する予定が45分かかった。

はっきり言って教本のテクニックは二つくらいしか身についていなかった。それでもペンと色塗りでそれらしいものができるのがスケッチのすごいところだ。


どうでもいい風景も味わい深い。文字を入れてようやくどうでもよくなったか。「駐車場の精算機」と言われても、だからどうした、という趣がある。

デイリーポータルの工藤さんの背後を描く

こういう絵あるな

うーん、やはりどうでもいい風景に味わいが加味されて、普通の絵になってる気がする。

どうでもよさが消しとんでいる。

デイリーポータルZの編集部の持っていくと、「あるある」「こういうの描く人いるよね」「うまいんじゃない?」と好評価。だが、これでいいのか?

もっとどうでもいい風景でないと、スケッチの味わいと拮抗できないのか?

例えばこのオフィスならどうだろう。オフィス内の風景もけっこうどうでもいい。


「ちょっと工藤くん、あいつ、絵描いてないか?」

「工藤くん、あの人、やっぱり描いてるよね」

なんだかまたよく描けてしまった。この味わい深さから逃げられないのか。

「おい、あいつ壁に向かってスケッチしだしたぞ」

もっとか、もっとハードにどうでもいい場所

これもよく描けてしまった。ちょっとやそっとのどうでもよさは、スケッチの味わいに吸収されてしまうのだ。

このままじゃいかん。

そう思って、辺りを見渡して、最も味も素っ気もない場所を書き始めた。壁だ。壁打ちテニスみたいな感覚で、壁スケッチだ。

だが、実際にやってみるとこれには参った。

さっきから壁をじっと見ている。なんで他人の会社で牢獄の囚人のような視点を獲得しているのだろうか。


どんな修行なんだこれは

教本によると、広い面積をベタっと一色で塗ってもかっこがつくらしい。だが、壁だ。

四枚目にして、究極の方向を探る。ひらがなである。

本気でどうでもいいところ狙う

できあがった絵はようやく味わいも抜けてきて、妙に下手さが前に出てきた。

だが、もっとだ。もっとどうでもよくしたい。

ここで一度本気を出してどうでもいいものをぶつけてみよう。それは文字、一文字だ。

それもひらがなの中でも一番間の抜けた「マ行」、の中でも一番みじんこに似ている「も」だ!

「も」だ!と言われてもな…、とお思いでしょうがお付き合いください。


何なのかはわからないが、趣味の域ではないな。

あ、味わいが…。あるのかないのかよくわからなくなってきた。ようやく拮抗したか。

イーゼル立てて絵を描くと、みんな見て行くことがわかった

おっちゃん趣味、はじまる

スケッチには驚いた。全く練習しなくても簡単に味わいが出るのだ。なんだこれは。かつおか昆布か、スケッチか、だ。

特に感動したのが、これ創造性ゼロでいいのだ。

目の前の風景をなぞっていくだけで完成し、写経のように無心でいられる。あっという間に集中した濃密な時間が過ぎていく。

そして描いた絵に自分の痕跡はないので、恥ずかしさがない。だから描いたものを残しておける。

うん、よくできている。これぞ趣味だ。あ、そうか、そういうことか!とおっちゃん趣味の扉が今開かれた。

エッチもいいだろう、ワンタッチもいいだろう、だが最後のお楽しみはスケッチだ。

あなたの人生で最後に残るスケッチの宝箱を開けよう。そして一緒に片岡鶴太郎みたいになろう。


 
 

 

 
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