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ひらめきの月曜日
 
自分の名前を大すきと言っている店に行きたい


大すきなのか。大すきと、言ってくれるのか。

だいすきや!といきなり送られてきたメッセージには写真が添付されていた。送ってきたのは30過ぎの男性で、受け取った僕は27。ラブレターというには余りにも似つかわしくない人物、内容。

何を言っているんだと思って写真を開くと、確かに大すきや!僕の名字は尾張というのだけれど、尾張大すき屋というお店の写真が送られてきていた。

尾張、という地名は中部地方にたくさんあるし、尾張と屋号の付いたお店も少なくはない。だが、こんなに直接的に大すきと言われる事なんて無い。行ってみたい、尾張が尾張大すき屋に行ってみたい。

尾張 由晃



自身は尾張大すきでも無い屋だった

と、そうやって尾張大すき屋に向かう事を自分で決めたのだが、僕は尾張という苗字が好きではなかった。

小学校の時転校して、上手く馴染めなかった僕は、「人生終わり」 等と言って良くからかわれた。その内容は全く何も詰まってはいなくて、その言葉ではなく、後ろにあるその心が嫌だった。


大すき屋に、いくぞー。

『「尾張」という苗字だからからかわれる。苗字が全て悪いんだ』

もちろんそんな事は全く無くて、僕がたとえ加藤であろうが、斎藤であろうが、どんなありきたりな苗字だろうとからかわれていた事に間違いは無いのだけれど小さな世界の狭い視点の僕にはそれが全てで、苗字を嫌う事で自分を守る事で精一杯だったんだろう。


大阪から名古屋に向かっています。

まぁやっぱり名字のせいで無かったのは明らかで、何がきっかけかは覚えていないが、しばらくしたら僕は尾張のまま、終わりのまま、周りに受け入れられた。

となると変わるのはそのものではなく世界で、変な苗字は面白苗字となり、目立っていい。みたいな扱いになっていたりするんだけど、自身はその距離を計りかねていた。

 

尾張どうでもいいやでもあった

その後、苗字は変わることなく成長し、苗字を面白がる人は減っていった。それでも全くゼロにはならないのがこの人生で、たまには「人生終わり」と聞かされる。

意外、妥当、どちらに感じるかは僕には分からないのだけれど、僕の苗字をバカにしようとする人は「人生終わり」と、言う。尾張は終わり。ならば人生終わるのが一番嫌だろう。という発想か。


目的地の刈谷ハイウェイオアシスに到着。

言われ尽くされてきた言葉を聞くたびに「小学生と同じレベルか」と、相手を小馬鹿にしながらも思い出すのは小学生の時の気持ち。案外ナイーブだなと自分を笑う。

そんな風に何度も終わらされてきた僕は今、名前に対する想い、愛着というのだろうか、そういう柔らかい物はない。名前はその人に与えられた記号で、識別するためにという認識だ。


高速道路に観覧車って、凄い発想。

なので、名前を間違えるのは失礼、という考え方がよくわからない。
もちろん理屈はわかるのだが、感覚でわからない。

悪意を持って間違えるのであれば失礼であろう。だが、意識せずの間違えまで怒る人は、歴史のテストで年号間違えたからといって、大化の改新(645年)が怒り出したらどう対応するのだろう。

 

尾張大すき屋大すきや

その程度の思いしかない僕が車を借りて、数時間かけて尾張大すき屋に向かっている。思っていたのは、何か面白い事起こればいいな。位の事だ。


ホントにあった。

目的地に着いてすぐに尾張大すき屋が見つかった。大すき。大すきか。あまりにもストレートに言われる大すきに少し戸惑う。

これまでの人生、こんな僕に好意を寄せてくれる奇特な人もいたのだけれど、それは僕自身を好いてくれていたのだと思っていて、苗字に対してこんなにストレートに好きだと言われていると、対応などする必要がないのに、どう対応した物かと照れを隠せない。


ニヤニヤというか満面の笑みになってるな。

そんな勘違いしたニヤニヤを押さえられないまま、商品を買いに向かう。購入時、自身の名前を告げると、苦笑い。尾張特別サービスは無いのかと尋ねると、迷惑顔。コイツら絶対に尾張好きじゃないな。という確信を持って商品を受け取る。


イカ焼きは好きです。

尾張大すき屋で買ったイカ焼きを食べる。美味い。もう、なんというか僕の中では距離を置いた尾張大すき屋なのだけれど、尾張大すき屋のイカ焼きが美味いと何故か嬉しい。


尾張大すきや!

そして、尾張大すき屋の盛況っぷりを見ていると、またニヤニヤしてくる。尾張大すき屋が大好きな人がたくさんいるのが凄く嬉しい。俺の事は好きじゃないあいつらに人気あるのが凄く嬉しい。


尾張大すきや!!

何だろう、さっきは「名前なんて記号だ」なんて思っていたのだけれど、記号が同じで、記号が好きだと言われているだけで、僕が嬉しい。上手く言い表せない喜び。良かったねぇ!とありがとう!という気持ちが沸いてくる。


尾張大すきや!!!

なんか、やっぱり、名前っていいものかも。
尾張って良い苗字かも。
尾張、大すきや!

なんかあればいいなと思って行ってみた尾張大すき屋。見事に何も起こらなかった。まぁ、イカ焼きを買っただけなので当たり前なのだけれど、それでも自分の名前を好きだと書いてる店があって、その店が繁盛しているのが嬉しかった。

尾張大すき屋は僕という尾張は好きじゃないようだったけれど、尾張大すき屋が好きな人でにぎわっていて、イカ焼き食べてる人は大体尾張が好きなんだと勝手に解釈してた。

名前なんて、なんでもないけど、なんでもない物でも好きになる方が楽しい事が多くなりそうだ。僕も尾張大すき屋のイカ焼きを食べたので、尾張大すきや。と、言おうと思う。


 
 

 

 
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