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土曜ワイド工場
 
紙切り芸人さんに聞く「無理な注文の切返し方」
紙切り芸ってこういう感じのやつです

寄席がすきで、たまに見に行くことがあるのだけど、紙切り芸人さんのことがどうしても気になってしまう。

紙切り芸とは、寄席の観客から注文を受け、それをはさみを使って、即興で切っていくという芸で、寄席の色物(落語以外の芸)では定番のものだ。

観客から注文を受ける、と言っても事前に打ち合わせなどするわけではないので、色々とへんな注文をする客もいるのではないだろうか? なんだか心配になってきた。

とっても心配なので、紙切り芸人さんに直接聞いてみた。

西村まさゆき



勝手に心配してすみません

寄席の楽屋に聞きに行けば済む話なのに、知り合いのつてを使って取材をお願いしてしまったものだから、紙切り芸人さんの方からわざわざ来ていただける事になり、なんだかおおごとになってしまった……。


取材に応じていただいた紙切り芸の林家花さん

取材に応じてくださったのは、落語芸術協会に所属の林家花さんだ。あいさつもそこそこに、まず気になったのは、はさみだ。

−−−お忙しいところすみません……。早速なんですが、このはさみ、お仕事で使われるやつですよね。
「そうです、人形町のうぶけやさんという刃物屋さんで、特注で作ってもらったものを、うちの師匠(林家今丸師匠)から受け継いで使っているんです」

−−−ちなみにおいくらぐらいするものなんですか?
「これはもう作れる職人さんが居ないので……ちょっとわからないですね」

実はこのはさみ、銀行の貸し金庫に保管されていたそうだ。紙切り芸人にとって、はさみはそれほどまでに貴重なものらしい。

せっかくなので、なにか切ってもらうことにした。まずは、得意な定番の物を切っていただくことに。


紙を切るサクサクッという音が心地良い

見惚れている間に完成

しばらくすると、白い紙の中から人の姿が浮かび上がってきた。まるで仏師が木や石の中から仏像を削り出すように、白い紙の中から着物姿の女の子が出てきた。


舞妓さん

よく見るとまつ毛が!

おぉ! これ寄席でよく見るやつだ。 いつも観客席から遠目で見てたのでわからなかったけれど、近くで見るとまつ毛や襟の後ろの表現などが実に細かいことがよくわかる。

 

女性の紙切りは寄席史上初

しかし、紙切り芸人なんてそう簡単になれるようなものとは思えないのだけど、いったいどうして紙切り芸人になったのだろう?

−−−どういう経緯で紙切り芸人さんになられたんですか?
「もともと、うちの師匠が近所のおじさんで顔見知りだったんです。その縁で妹がワークショップで紙切りを教えてもらったのを見て「面白い!」と思って、お願いして習い始めたのが最初です、最初はまったくの趣味ですね」

−−−最初は趣味で?
「そうです、平成7年に入門して、OLと並行しながら修行していたんですが、そのうちいろいろとお仕事を貰うようになって、OLを辞めて寄席にあがるにようになったのは平成20年からですね」

−−−OLをされてたんですね
「舞台に上がり始めた頃、取材で「元OL」ってよく書かれました(笑) 実は女性の紙切り芸人というのは寄席の歴史では初めてなんですよ」

−−−え! 初なんですか? ほかにもいそうな気がしてましたが……。
「紙きりをする人は居るんですが、寄席に出演する紙切り芸人は4人しか居ないんです。で、その4人の中で女性は私ひとりです。紙切りは人前に出られるようになるまでかなり時間がかかるんですよ」

通常、噺家は師匠に入門してから1〜2年程度で舞台にはあがれる。もちろん前座としてだが、紙切り芸はそういうわけにはいかないらしい。花さんが師匠に入門して寄席に出るようになるまで、じつに13年もかかっているのはそのためなのだろう。

 

一番困ったリクエスト


あとから思いついたうまい切返しは次に使います

−−−ところで、今回一番聞きたかったことなんですが、切るのが一番難しかったリクエストってどんなリクエストなんでしょうか?
「うーん、困ったリクエストですか。前に本当にあったのは「俺と女房の腐れ縁」っていうリクエストがあって困りましたね」

−−−腐れ縁? なんか抽象的ですが、その時はどういうふうに対応されたんですか?
「その時は『これでお切りください』って鎌を切って渡したんですよ」

−−−鎌。あぁ「腐れ縁を切ってくれ」ってことなんですね! 今気づいた! なるほど、もうトンチの世界ですね。
「紙切りは技術が大切なのはもちろんなんですが、一番難しいのはどのように返すのか、返す技術ですね、一瞬で考えてすぐ言わなきゃいけない、でも……けっこう後で思いつくんですよね、いい返しを。あ、あの時ああ言えば良かったとか。でも、それはまた次に使えますから、そのへんはやっぱり経験を積むしかないですね」

−−−いじわるな注文をわざとされたりとかはありますか?
「いじわるということでもないんですが「冷蔵庫」って言われたこともありますね」

−−−冷蔵庫。それはどういうふうに対応しました?
「その時は『冷蔵庫ですか』って聞き返したら『四角い箱だよ』って言われたので『じゃあこれをどうぞ』って紙をそのまま渡したんですが、今なら扉が開くように切ったりするでしょうね(笑)」

ぼくも「あ、あの時ああ言えばよかった」なんてことホントによくあるけど、芸人さんがすごいのはそれをちゃんとフィードバックして次に生かしているということだ。

 

横顔紙切りがすごい

ところで、花さんは寄席で観客にリクエストを聞いて紙切りをするだけでなく、観客の横顔の切り絵を即興で切るという芸もされている。ぼくがモデルになって切ってみてもらった。


散髪してくりゃよかった

きょうはネクタイをサービスしときますねーなどと言っているうちに完成 

うわー、クリソツ。

ちなみにぼくの横顔はこんな感じだ。


ずいぶん太ってしまった

横顔で人の顔の特徴なんかわかるのかしら? と半信半疑だったのだけど、切りあがった実物を見て思わず「うわ、ぼくだこれ!」と叫んでしまった。メガネを切れ込みで表現する所など、じつに芸が細かい。

−−−横顔で人の顔の特徴がこんなにも出るものなんですね。これってどういうふうに練習するんですか?
「師匠には『雑誌に載っている有名人の顔を正面から想像して横顔を切る練習をしなさい』と言われてます。そうすれば実際に横顔を見ながら切るのは簡単だからです」

本番よりも厳しい条件で練習する。シンプルだけど確実な練習法かもしれない。

 

修行はまず「たまご」を切るところから

−−−修行するとき、まずは何から練習始めるんですか?
「紙切り芸の修行はまず「たまご」を切るところからですね、そして次に「ひよこ」「うさぎ」と練習していきます。最初に「たまご」を練習するのは、曲線を切るのが難しいんですよね、まずはそこからです」

−−−修行のスタートが「たまご」から「ひよこ」ってなんかいい話みたいですね。
「ワークショップでもまずはそこから切ってもらうんです。やってみますか?」

ということで、紙切りワークショップを少し体験してみることに。


上手く切れるのか!? 

「たまご」といってもただの丸ではだめだ、上がとんがってる楕円を切らなければいけないのだが……。


なかなかいいんじゃないの? 

あれ? わりと上手く切れてしまった……。しかし、これで終わりではない。


たまごからひよこを切り出す

次はこの「たまご」からひよこを切り出す。花さんに切り込み図を描いてもらい、その通りに切りだしてみるが……。


わりと上手く切れた!

これもまた意外に上手く切れてしまった……。花さんにも「なかなかいいですねー」などと褒められて悪い気はしない。あれ?もしかしてぼく紙切りの才能がある?


得意満面の笑み

早くもその夢を打ち砕かれる

次は「たまご」から「亀」を切り出すのに挑戦してみる。今度は「たまご」を二つ折りにして、亀の形を切り出すのだ。


今度は花さんも一緒に切ってもらう
真剣になりすぎて思わず意味もなく立ち上がってしまう。

真剣になると思わず無言になってしまう。喋りながら紙を切るってちょっと難しい。寄席では紙切りをしながらおしゃべりをしているところをよく見かけるけれど、あれって実はものすごく難しいということがわかった。なんてことを考えつつ紙切り完成……。


おや? 

うわ、なんだこれ? 気持ち悪い!

花さんが見本につくってくださった亀と並べると気持ち悪さがより一層引き立つ。


ひー!気持ち悪い!(左が)

ぼくの(左)は水かきの作りが雑

ぼくの切ったのは、亀というよりも発見されしだい駆除される外来生物みたいになってしまった。全体的におかしな形になったのは、たまごの形に引きずられてしまったのが敗因か。しかも、ディティールに目をやると、水かきの部分の雑さが目立ち、性格のいいかげんさが浮き彫りになってしまう。 紙切りは心を写す鏡なのかもしれない……。

紙切りに正解はない

無理を言ってスティーブ・ジョブズを切ってもらった

花さん曰く「よく親子でワークショップをしたりするんですが、自由奔放に切る子供をお母さんが『ちがうでしょ!』って叱ったりするところをよく見るんです。でも、紙切りには正解はないので、自由に切っていいんですよ」とのこと。 「紙切りに正解はないから自由に切っていい」あぁなんかいい話だ。慰めて言って貰ってるとしてもいい話だ。


取材協力:落語芸術協会

http://www.geikyo.com/


 
 

 

 
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