有名な街と同じ名前の町、というのがある。例えば「新宿」という地名は「にいじゅく」という読み方になるのも含めると、全国にかなりの数があると思う。
「霞ヶ関」や「大手町」は埼玉にもある(参考)。そういう地名とふと出会うと、なんとなくニヤッと来る。有名な方の街のイメージが強いものであるほど、その差がおもしろく感じられる。
今回訪れたのは、街ではないタイプの同名スポット。右の写真の看板を見ると誰でも牛丼を思い浮かべるだろうが、実態はそうではない。そんな場所を巡ってみた。
(小野法師丸)
有名寺院の参道にあった「吉野家」
まずやってきたのは、東京・葛飾区の柴又帝釈天。映画「男はつらいよ」でも有名なこの帝釈天、正式には「題経寺」というお寺である。
参道にはいくつもお店が並んでいて、観光客ものんびりを歩を進めている。普段はそれほど食べないせんべいや佃煮も、妙においしそうに見えるのがこういうスポットならではの雰囲気だ。完全に呑まれてる。
そんな中で見つけたこの看板。佃煮はあんまり食べないけど、こちらはなじみがある。
「吉野家」って書いてある。こう聞くと、ほとんど全員が牛丼を思い浮かべるのではないか。最後が「屋」ではなくちゃんと「家」であるのも重要な点だ。
おなじみの方は牛丼チェーンであるのに対して、こちらは草だんごの専門店。よくよく見ると「吉」の字の線の長さのバランスが両者で違うが、書体の雰囲気までちょっと似ているのは面白い偶然か。
帝釈天の参道にはいくつも草だんごを扱う店が並んでいるのだが、こちらの店は特に目を惹くものがあった。
色がぐっと濃いのだ。なんでも長野県産のヨモギを使っているそうで、店頭にも実物が置いてあった。少し離れたところからお団子を目にした人の中には「すごい着色料!」と言っている人もいた程のインパクト。気持ちはわからなくはないが、それは誤解だ。
「それよりなんかでかくない?」と思った方もいらっしゃるかもしれないが、それも誤解。さすがにこの大きさでは売っていない。ここから小さく丸めて作るのだ。
これだけ色が濃いと、苦みがあったりしないか心配にもなる。しかし、実際に買って食べてみると全くそんなことはない。決して過剰ではなく、ヨモギの風味をおいしく味わえるバランス。あんこの甘さともよく合う、おいしい草だんごだ。
…あ、すっかり吉野家だってことを忘れて食べていた。お店の方に聞いてみると、今年で99年目というこの吉野家。
こりゃ牛丼の方より歴史があるんじゃないかと調べてみたら、こちらも1899年創業と負けてない。両方とも老舗の味、という共通点があるようだ。
外国からも評価の高い観光スポットのあの山
続いて登場するのは東京西部にある山、高尾山。レストランの評価で知られるミシュランの旅行ガイド版で、最高評価に当たる三つ星を付与されたことでも話題になった山だ。
上の写真は当サイトのライターである大北さんが訪れた時のもの。被写体の存在感で、高尾山という山の雰囲気があまり伝わらない写真になっているが、様々な層の人たちが楽しめる軽登山スポットとしてとても人気がある。
それゆえ、週末はかなりの混雑になるとも聞く。せっかく自然に親しみに行っても、それでは満喫できないのではないか。
ならば別の高尾山に行けばいいじゃない、というのがここで提案したいソリューション。家族のお出かけでこの手を使うと現地に着いてから気まずい雰囲気になりそうではあるが、地図にもくっきり「高尾山」とある。
そう、有名な方よりもうちょっと東京寄りに、高尾山はもう1個あるのだ。
東名高速の横浜青葉インターを下りてすぐのところにある、アナザー高尾山。バス停や事業所にも「高尾」の文字が見えて、すっかり気分は高尾山。ちなみに有名な方とは違って、全く観光地化されている気配はない。
登山口の案内標識もあった。ここから山頂を目指して歩いていこう。
はい、山頂に到着。5分足らずというより、3分かかってるかどうかも怪しい。
単に「こんもりした地形」とも言えそうなこの高尾山。標高は100mで、有名な高尾山の599mと比べるとずっと気楽に登れる。気楽すぎて拍子抜けするくらいで、地元の人のちょっとした散歩コースくらいの感じだろうか。
それでも実は、あちらの高尾山に負けない特徴があるのだ。
山頂には測量標の一つである三角点が。しかも、最も数の少ない一等三角点である。
ここ、地形ファンにはグッと来る要素であるらしい。有名な方の高尾山の山頂にも三角点はあるが、あちらは二等三角点。まあ一等だから偉いというわけでもないだろうが、山岳ファンの間では一等三角点のある山を踏破するという楽しみ方もあるそうなので、これだけ楽に来られるところは例外的な面白さがあるのではないかと思う。
ちなみに、Wikipediaには「曖昧さ回避」のページがあるくらいに、全国に高尾山という名の山はいくつもある。そのページの中では100mというこの山の標高は最も低いので、もしかしたら日本一簡単に登れる高尾山なのかもしれない。
山頂にはお社があって、ひっそりとした中にも神社ならではのピリッとした空気が。地元の中高生が放課後に気になるアイツを呼び出したりするスポットか、と勝手に自分の経験にない想像を広げたりもした。
もうなくなったはずのあの店がここに
よく知られてはいても、時の流れと共に失われてしまう場所というのもある。最後に訪れるのはそんな場所にしてみよう。
写真は新宿などでヨドバシカメラやビックカメラと集客を競っていた家電量販店、さくらや。しかし業績の悪化で、2011年の2月いっぱいで全ての店舗を閉店してしまい、今はもうない。
ヨドバシやビックと異なり、ひらがなで花の名前をあしらった店名だった「さくらや」。このロゴにまだまだ見覚えのある方も多いだろう。
今回やってきたのは、荻窪駅近くの「ハクサンタウンズ」という商店街。人の行き来も多い賑やかな通りを歩いていくと、見慣れたあのロゴがあった。
うーん、これ、似てるって言うよりも、そっくりそのままという感じではないだろうか。
実はこの店、もともとは新宿の「さくらや」の荻窪店だった店。昭和46年に独立し、資本関係や営業上の提携などのない別会社となったのだそうだ。
もともとは同じ故のこのロゴ。大きかった方はなくなってしまったが、独立した方はこうして味わいのある佇まいを見せてくれている。店内はカメラファンっぽいお客さんでにぎわっていた。
同じ商店街の中には「カメラのさくらや2」なる看板も。こちらは2号館とのことで、扱っている商品のカテゴリが1号店とは少々異なるようだ。
横長の方の看板はロゴこそ同じものの、デザインが少々現代風で、1号店とはちょっと違った雰囲気。カメラに加えてAV機器を扱っているという感じが少しにじんでいる。
ちょっとした小物を買ってみて、レシートをもらう。ばっちりとあの書体で「カメラのさくらや」としっかりあるのがなんとなくうれしい。大きい方がなくなってまだ一年ちょっとだけというのに、ずいぶん懐かしく感じられた。
既視感や懐かしさ、微妙な違和感などが入り混じった、同名スポット探訪。たまたま名前が同じだけだと言うのにこんな気持ちになるのは、やはり名前というのは重要な要素だからなのだろうと改めて思う。
上の写真は草だんごの吉野家の店頭より。別に値段で勝負する店ではないはずなのに、蛍光色の爆発パターンカードが値札になっているギャップが面白くも感じました。