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土曜ワイド工場
 
鴨川にあるところてんだけの店
私の中で、鴨川といえばところてんの街になりました。

釣りの帰りに立ち寄った、道の駅鴨川オーシャンパークの駐車場の脇に、「ところてん」のノボリを出す店があることに気がついた。(釣りの記事も読もう

そういえば、前にこのあたりの釣り船屋で食べさせてもらった、おかみさん手作りのところてんがおいしかった覚えがある。

ところてんなんて自分からはめったに食べないけれど、せっかくだから入ってみることにした。

(text by 玉置 豊 photo by 岡田孝雄)



ここは素人が入っていい店なのだろうか

ところてんでも食べようかなとは思ったものの、なんとなく入るのをためらわせるような店の外観。同行しているカメラマンの岡田君は、少し離れたところで首をひねるばかり。被写体としてはおもしろいけれど、ところてんがあまり好きではないらしい。

無人駅の待合所、あるいは露天風呂の脱衣所みたいな建物。おとなしく道の駅でソフトクリームでも食べようかとも思ったが、黒板に書かれたメニューのシンプルさにひかれて、勇気を出して入ってみることにした。


なんだこれは、映画のセットか。

メニューはところてんのみ。甘味処ですらないようだ。

店の自動販売機が、見たことのないものばかり売っている。なぜリンゴカレー。その上の段は栄養ドリンクばっかり。

店の前に置かれたシラタキとコンニャク。ではないよ。あとで説明します。

ところてんしかメニューがない店

店内は駅のホームにある立ち食い蕎麦屋くらいの広さで、先客のおじさんがずるずると一人ですすっていた。蕎麦ではなくて、ところてんをだ。

店内に書かれたメニューにも、外の黒板以上のものはなく、本当にところてんしかない。酢入りと黒蜜の二拓である。酢入りは酢醤油のことかな。確かこれが関東で、黒蜜が関西の食べ方だったような気がする。

アイスや飲み物も一切なし。ここまで商品ラインの少ないお店も珍しい。ガソリンスタンドだってレギュラー、ハイオク、軽油の三種類あるのに。外の自販機はあんなに自由なラインナップなのにね。


志村けんがコントをしそうな店内。

どっちを食べようか迷った結果、馴染みのある酢入りを注文。友人は俺はこっちと黒蜜を選択。どちらも300円。あとで一口交換しよう。

一瞬でできあがるところてん

石原慎太郎と梨元勝の遺伝子を足して外房の潮風で育てたようなヴィジュアルのおやじさんは、木の箱にコンニャクみたいな物体を入れて、後ろから棒でスッと押した。ところてん突きというやつだな。


スコンと一突きでおしまい。

これにダシの効いた酢醤油と青のりを掛けてカラシを添えれば「酢入り」、甘い黒蜜を掛けてサクランボを乗せれば「黒蜜」のできあがり。

ところてんというものがどんなものかは知っていたけれど、実際につくっているのをみると、できあがるまでが簡単すぎて、つい笑ってしまう。労力でいえば、蕎麦だったら麺をお湯にいれたくらいの段階なのに、もう完成。

なるほど、これが「ところてん方式」か。


これが鴨川のファーストフードや。

ところてん、うまい

この一瞬でできあがったところてん、これがつい笑ってしまうほどおいしい。さすがメニューにところてんしかない店だけはある。

突き立てだけあってエッジの立った太めのところてんが、口に入れて噛んだ瞬間にホロホロと崩れていく絶妙な固さに仕上がっている。

市販のところてんにありがちな薬臭さは皆無。あるのは上品な磯の香りのみ。磯の香りなのに上品というギャップに惚れそうになる。


風味は濃いけどクセがない。箸で掴めるのだけれど、噛むと一瞬で崩れていく。

掛かっているタレも、酢と醤油を混ぜただけの単純なものではない。ダシ汁をベースに醤油と酢で味付けした店主自慢のタレなので、酢でむせっかえるようなことはない。私はむせっかえるようなのも好きだけどね。

さっぱり味の極地みたいなところてんに、上に振りかけられた青のり、横に添えられたカラシがまた合うんだ。

岡田君の黒蜜味を一口もらうと、これがまた全然違う食べ物としてうまい。すぐに酢入りのところてんを食べ終え、迷わず黒蜜をおかわりした。


付いた後に水に漬けられる市販品と違って、付いてすぐ食べるから、水っぽさがないのがいいんだろうね。

ちなみに友人は、「順番として黒蜜のあとに酢入りはおかしいだろう」と、ちょっと悔しそうな顔で二杯目の黒蜜を食べていた。ところてん、苦手じゃなかったっけ。

二杯食べるなら、酢入りが先。これは覚えておいた方がいい。

 

元々は立ち食い蕎麦屋だったらしい

店主に話を伺ったところ、このところてんは目の前の海で自ら採った天草から作ったものだそうだ。このあたりは昔からところてんを各家庭で作って食べる文化があるらしい。

天草を干したものが店の前にあったシラタキのようなもの。それを煮溶かして濾したものが固まると、となりのコンニャク状となる。これを突いたのがところてん。

ちなみにコンニャク状のものを干したものが棒寒天。棒寒天を煮溶かして固まったものが、あんみつなどに入っている寒天。

そのあたりを理解していなくて、黒蜜のところてんを食べて、「寒天みたいでおいしいですね!」といった自分が恥ずかしい。


話してみると、意外な事実がぽろぽろ出てきた。

この店は四年ほど前に立ち食い蕎麦屋としてオープン。友人と竹を組んで一日で作った店だったのだが、強風であえなく崩壊。ならばと今度は三日かけて木で作ったのが今の店。たぶん次に飛ばされたら、レンガで作るのだと思う。

蕎麦といえども茹でるのに数分掛かってしまうので、もっと早くお客さんに出せるものはと考えた末にたどり着いたのが、昔から馴染みのあるところてん。これなら下準備にこそ時間が掛かるが、提供するまで数秒だ。


営業許可証をみると、店の名前が確かに立ち食い蕎麦屋っぽい。そして現在は「ところてんに限る」という、ものすごく狭い範囲の許可となっている。

ところてん屋を始めるにあたって、いろいろな人がもっとメニューを増やせとか、そんなの成り立たないとか忠告してきたそうだが、自分の人生だからと人の意見は一切聞かなかったそうだ。今では海ほたるのレストランにもところてんを卸している。

「こんな商売、一度死にかけないとできないよ」と笑う店主。そのあたりの話はお店でどうぞ。

帰り際、お土産にもう一個買わせていただいた。


鴨川土産に最適だけれど、やっぱり店頭で突きたてを食べて欲しいかな。

サービスショット。

いい店でした

いままであまりところてんに対して、うまいとかまずいとかを考えたことがなかったけれど、ちゃんと作ってある突きたてのところてんは、しっかりとおいしい。誰かを連れてきて自慢したくなる味だ。

今度千葉に行くときは、30分くらいの遠回りなら、またここに寄らせてもらおうと思う。きっとまた二杯食べるな。

すっかりところてん好きになった岡田くんが、店主と延々話し込んでいた。

 
 

 

 
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