特集 2012年8月13日

首都高下の、深夜屋台で牛すじを

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お金が無いから 遊びに行けないね~ って歌があるが、今の私はまさにそう。
夏はどこにも行かない。フェスも行かない。東京ドームや代々木国立競技場でやる高額コンサートも行かない。海外なんてもってのほか。微妙な残高の数字を見ながら、毎日、納豆ごはんを食べておとなしく暮らす日々だ。2パック6個入り100円の格安納豆を買えた日は、旧作のレンタルビデオを思い切って借りて、大切に観ている、楽しみはその位。

でもどこか遠くに行きたい。行ったことないところに行きたい。

そして、ふと思い出した。

ずーっと昔、何かの媒体に、「竹橋の毎日新聞社の横に、ひっそりとトラック屋台が営業している、それは不思議な光景だ」と載っていた。その屋台は、平日のみ、新聞を配送する道の端で営業していて、トラックの走る横で、夜おそくから朝あたりまで、やっているのだという。

竹橋! 毎日新聞社! まったく行ったことがない。縁もゆかりもない。でも、私の住んでいる駅から、電車一本で行ける便利さだった。

よっしゃ、近所の非日常に飛び込もう。お金をおろして、千円札10枚をにぎりしめ、行ってみた。
埼玉生まれ。電子書籍『初恋と座間のヒマワリ』(リイド社刊)発売中。最近、ほぼ毎日ブログを更新していますので、良かったら読んでください。

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毎日新聞社。立派だなあ。
毎日新聞社。立派だなあ。
先にネットで下調べして行ったのだが、極端に情報が少なく、「21時から」「21時半から」という2つの噂があった。

で、21時20分くらいに行ってみたら……「あれ、これが屋台になるのかな?」という車両を、年配男性が一人で、準備しているのが見えた。電気もついていなかった。
写真中央の、白い軽トラックが……たぶん、そう。
写真中央の、白い軽トラックが……たぶん、そう。
いかん。竹橋の駅に付いてるフードコートのサンマルクカフェに行って、時間をつぶす。
今回、友人のTさんに同行してもらったので、Tさんと、アイスブラック190円を飲む。

「……あのさあ」
「……はい」
「大塚さん、禁酒中じゃなかったっけ?」
「いやもう、一ヶ月禁酒出来たので、『基本は飲まないけど、必要な時には口をつける』っていう体勢に変えたよ。
というか、この間、オリオンビールのお祭りに行って、禁酒解禁の宴をやろうとしたら、ビールが全然飲めなくて、中ジョッキ半分くらいしか飲めなかったのよ。だから、アルコール解禁しても、飲んでない。自然禁酒状態だね。」
「それでも屋台に来たいっていうのは、どういうことなのよ」
「私の記憶にある都内の秘境って、飲み屋しかないんですよ」
「うーん、そういうものなの? そういうものか」
「それにしてもTさん大丈夫? 体調悪いんでしょう? 誘っちゃったけど」
「まあ大丈夫だけど。でも日曜日に人生最大の悪酔いをしてしまって、その余波が…」
「道で寝てたらしいね。」
「道で寝ることを、私は『路上ライブ』って呼んでるんだけどねー。路上ライブ、久々にしたね!」
「良かったね無事で…」

禁酒あがりと、悪酔いあがり。それがハードコア屋台に行ってもいいんだろうか…、
と思いながら21時45分、到着したら、既に5人ほど客が来ていて、満席だった。まじすか!

「すいませ~ん、2人、いいですか?」
とマスターに言うと、椅子を足して、席をつめてくれた。

フードのメニューはホワイトボードに書いてあるけれど、飲み物のメニューはなかった。でも周囲はみんな、缶ビールを飲んでいた(スーパードライ)。
つまみメニューは20種類くらいありました。
つまみメニューは20種類くらいありました。
「何にしましょう、チューハイ、ビール…」ときかれたので、チューハイを頼んだ。Tさんはビール。

どこにも書いてないから、値段も何もわからない。いくらなんだろう? と思いながら飲む。 節約生活してる身としては、「私、いま、冒険してるな~」と思った。
ビールとチューハイは缶でサーブされます、他にコップ酒のメニューがあるようでしたが、よく分からなかったので頼まず。
ビールとチューハイは缶でサーブされます、他にコップ酒のメニューがあるようでしたが、よく分からなかったので頼まず。
風が吹いて、厨房からいい匂いがした。「この、なんかいい匂いのものなんですか?」ときいて、牛すじを頼んだ。すごくやわらかくて美味しかった。
牛すじ、うまいー! 温泉卵の黄味とからめて食べます。
牛すじ、うまいー! 温泉卵の黄味とからめて食べます。
ふと上を見ると、首都高のうらっかわが。
ふと上を見ると、首都高のうらっかわが。
「Tさん、どうよ、このロケーション」
「今日は涼しくて風もあるからいいけど、熱帯夜はつらいんじゃないかなあ」
「でも夜遅くしか営業してないし、さほど暑くはない気はするけどね。
しかし首都高の下でしょ、ここ。すっげーうるさいね」
「ぶおんぶおん音がするね。でかい車両が通ると、地面が揺れるね」
「ほんと…変な景色ではある」
「ビルと車とジャンクションばっかり」
「ここ、毎日新聞社の人しか来ないんでしょう?」
「あと、近所の会社の人も来るみたいだよ。知る人ぞ知る酒場、らしいけどねえ」
数歩歩くと、この風景。ほんと、ビルと道路以外、何にもないところなんです。内堀通りあたりだものね。
数歩歩くと、この風景。ほんと、ビルと道路以外、何にもないところなんです。内堀通りあたりだものね。
「さっきからさ、社員の人があそこから、出たり入ったりするんだよね」
「トイレ……じゃない?」
多分、社員さんの通用口(屋台すぐ裏)。
多分、社員さんの通用口(屋台すぐ裏)。
「社員以外は、トイレ行けないよね。駅のトイレまで借りに行かなきゃいけない。」
「新聞社の人の社員食堂みたいな感じになってるねえ」
「屋外社員食堂、か。うらやましい気もするけど」
「……あっちのスーツの人たち、絶対社員だよね」
「だねえ。ぱりっとしてるもん。新聞社勤め、って感じ」
「でも、さっきから『宇宙刑事ギャバンがさあ!』って話、してるよね」
「うん、すごいでかい声で。ギャバンについて語ってる。」
「宇宙刑事シャリバンと宇宙刑事シャイダーの話もしてる。新聞社の人って、もっとこう…政治の話とか、するのかと思った」
「そりゃ偏見だよ、普通に宇宙刑事の話もするよ。それにギャバン、映画化するから、ホットな話題なのかもよ」
「えっ映画化するんだ……じゃあいいか」
「いいのかよ」

毎日新聞から、スーツの人たちが、ばらばらと出てくる。
車両をベースにしたカウンター席は埋まってるのから、どうするのかな? と見ていたら、どこか奥のほうからビールケースを出してきて、ぱぱぱぱっと席を作った。

スーツの人たちも一緒にビールケースを運んでいたから、いつもの作業なのだろう。
トラック屋台の横は、ビールケースのテーブル席。
トラック屋台の横は、ビールケースのテーブル席。
「すごいね、みんな慣れてるね」
「うん、慣れてる」
「それにしてもTさん、飲まないね」
「日曜日の悪酔いが、まだ抜けてないんだよね。いやべつにビールをまずく感じるわけじゃないんだけど、身体の奥から『アンマリ飲ンダラ駄目ー』って声がするんだよね。でも大塚さんも、あんまり飲んでないじゃない」
「なんかねえ…チューハイ大好きだったのに、美味しく感じないんだよね。多分、気持ちよく酔えたら、このシチュエーション、かなり楽しいと思うんだけどね」
「そうね、こんな変なとこで、大酒飲んだら、楽しいだろうね」
「今日は失敗ですかね」
「いや、べつにそれなりに楽しいけどね。ここ、二度と来ないだろうし。毎日新聞に用事って、無いもんなあ」
「無いねえ。」
飲んでいると後ろを、配送のトラックが走っていく。時間が深くなればなるほど、いっぱいトラックが走るんだろうな。新聞社だし。
飲んでいると後ろを、配送のトラックが走っていく。時間が深くなればなるほど、いっぱいトラックが走るんだろうな。新聞社だし。
「あー、……最近の楽しい話題、ない?」
「……楽しい話題?」
「ホットな話題、っつーか」
「あー。今日、気になったのは『エアリプ』って言葉だね」
「なにそれ」
「エアー・リプライの略。ツイッターで、ちゃんとリプライせず、ひとりごとのように『それはナントカじゃないかな…』ってつぶやく行為のことらしいよ」
「なにそれ」
「気づいてもらっても、気づかれなくてもかまわない、というような姿勢らしい」
「へー。ってそれがホットな話題?」
「ホットな話題だよ! 大塚さんは何かないの?」
「無いねえ。『禁酒すると味覚が変わるよ』って、禁酒経験者に言われたんだけど、変わった感じがしないのが、最近の悩みだね」
「でも、チューハイ美味しく感じないんでしょ?」
「ああ、そうね。……そうか! そうか! 美味しいと思うものが増えるんじゃなくて、減るのか! まじで!?」
「いや、わかんないよ。今まで嫌いだったものが、美味しく感じるのかもしれないよ。」
「でも嫌いなものって、口も付けないしなあ。」
「何よ、嫌いなものって。」
「……ラッキョ?」
「ラッキョウ、食べてみなよ、ラッキョウ!」
「……イヤ」
ジャーマンポテト。サラダの上に、炒めたジャーマンポテトが乗ってて、2度美味しい構造。
ジャーマンポテト。サラダの上に、炒めたジャーマンポテトが乗ってて、2度美味しい構造。
「Tさんは夏に何か予定ないの?」
「実家に帰るくらいかなー。あとは、無い。」
「私も埼玉の実家に帰るくらいなんですよ。お金ないんで。」
「あ、でも、禁酒したら、酒代が浮いたって言わなかったっけ?」
「微々たるものですねえ。どうにもならんよ。
……みんなどうやって生きてるんだろう。余裕がある人って近くにいないから分からないねえ」
「今や大企業に勤めてても、別に安心出来ないしね」
「先行き不安だねえ」
「つーか、マヤ暦では、今年の12月あたりで世界が終わるんでしょう?」
「いや、なんか遺跡見たら、間違ってたらしいよ。世界は終わらないみたいよ。」
「まじで!」
「ぜんぜん終わらないらしいよ」
「そんな気はしてたけど……。でも終わる可能性もあるんでしょ?」
「あんのかね?」
田舎そば。煮込みとキノコが入っていて、結構濃厚な味わい。
田舎そば。煮込みとキノコが入っていて、結構濃厚な味わい。
ゆっくりゆっくり酒を飲んだが、喉に入っていかなかった。
風情を味わおう! 日常のショートトリップを楽しもう! と思ったが、
なんだか、ものすごくワクワクはしなかった。

でも、
深夜、屋外、首都高の音、他人の会社の横、友人とのしょうもない話。
「キャー!」とはならなかったけど、充分に楽しんでいたのかしら。

値段は、飲み物2杯、料理3品で2500円だった。
Tさんが「これ、絶対、全品500円の計算だよ!」と断言した。本当か?

ああ、お金がないから~ 遊びに行けないね~。
夏はどこか遠くに行くべきですよね。竹橋もいいけどね。世界で最後の夏休みかもしれないしね!
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