学生の頃に理科で習った通り、全ての物質は原子がくっつき合ってできている。とは言っても、その実感は日常生活ではまずない。目や手にする物たちは 、ただ普通にそこにあるだけだ。
しかし、別々の物体が接触したとき、もし原子と原子の間にあるわずかな隙間が、偶然にかみ合ったらどうなるだろうか。そこには奇跡的な現象が起き得るのではないか。
実際にその場面を目にしたい。そんなことを思いついてから、今年で10年が経った。
物理学のミラクル求めて
異なる物質同士を接触させた際、原子間の隙間が完全にかみ合ったら何が起きるのか。それは、物が物を突き抜けるということではないだろうか。
そんなことを思いついたのが2002年の春。今年は2012年なので、もう10年も前だ。
思いついたからには実践してみたい。コインとペンを使って試してみよう。何度も接触させていけば、偶然によってスルッと通り抜ける瞬間があるはずだ。
うまく行けばものすごい発見ではないだろうか。実現の瞬間を思うと、自然と胸が高鳴ってくる。
しかし、実際にやってみるとそんなイメージは遠いものだと実感させられる。コインとペンとを繰り返し当ててみるが、何かが起きる気配は全くない。
まあそれは当然だろう。だからこそ試す価値があるのだ。いつか起こるはずの奇跡を夢見て、根気強くやっていこう。
そして一年が経った。毎日毎日コインとペンとをカチカチさせる日々。
手応えは全くない。髭がすっかり濃くなった自分がいるだけだ。まあ長くても3ヶ月くらいでなんとかなるだろうと思って始めたのだが、予想以上の長期戦となってしまった。
あきらめたくなってきたのは3年目。「石の上にも三年」って言うけど、この場合には適用されないのか。奇跡は予兆すら感じさせない。
夢をあきらめないってやっぱ大変。ひたすらカチカチやってる毎日がもう飽きてきた。ここでもう一踏ん張りしてこそ、大きなことを成し遂げられるということだろうか。
5年目あたりで目から完全に精気が消える。思ったより精気長く持ったな、と思ってしまうからやめどきがわからない。ふと鏡を見ては、いよいよ原始人みたいなだなと思ったのもこのころ。
そしてつい先日の自分が上の写真だ。目に髪の毛がかぶさり、視界も悪くなってきている。たまにカチカチを外して、スカッとなる瞬間のむなしさがすごいのだ。
カチカチ効率が下がり始めて、いよいよこの実験も失敗に終わるのか。気持ちが切れそうになったその時、この瞬間がやってきた。
手応えはまるでなかった。自然とペンがコインを通り抜けていっただけなのだ。
穴が開いたのとは全く違う感覚。これは原子の隙間同士が完全にかみ合ったからこそのものなのだろう。 目の前で起きていることがまだ信じられないでいる。
ここまでかかった歳月は10年。大きな発見なのかもしれないが、起きてしまえばあっけない。しかし、突き抜けたペンを見つめていると、こんなにモジャモジャになってまで続けて来たことへの達成感は確かにある。
ふとした思いつきも、長く続ければ実現できる。ここから先の分析は専門家に任せて、まずは床屋に行ってから音信不通になった妻となんとか連絡を取りたいと思う。