特集 2015年10月1日

ベトナムの郷土料理のルーツは四世紀前の伊勢うどん説

カオラウ、だ~いすき!
カオラウ、だ~いすき!
カオラウという麺料理が大好きである。

それは、ベトナム中部の街・ホイアンの郷土料理。表面がザラついた米粉麺をひっくり返し、丼の底に沈んだ醤油ベースのダシを絡めて食べる。麺に固さはあるが弾力はなく、歯を立てるとサクッと切れる。ジュワリと脂の乗ったチャーシューに、バリバリと砕ける揚げ餅が入っていて、美味しいことはもちろん食感も楽しい。香草とレタスがたっぷりと入っているので健康的だ。

ここで衝撃の事実。特に三重県にゆかりのある方は、耳をかっぽじって聞いてほしい(ゆかりがなくてもかっぽじってほしい)。実はこのカオラウ、三重県伊勢市の郷土料理、伊勢うどんにルーツがあると言われているのだ。
1984年大阪生まれ。2011~2019年までベトナムでダチョウに乗ったりドリアンを装備してました。今は沖永良部島という島にひきこもってます。(動画インタビュー

前の記事:ベトナムで安土桃山時代について教えてくれた彼はブラジル人

> 個人サイト AbebeTV おきのえらぶ島移住録 べとまる

俺の好きなベトナム料理一位に君臨するカオラウ!

ベトナムに住み始めてから四年が経とうとしている。南北に長い国なのでその分だけ食文化も幅広いが、在住者なりにいろんなベトナム料理を食べて来た。その私が最も好きであると声を大にして叫びたいベトナム料理、それがカオラウだ。いや、嘘ついた。バインセオとソイガーという料理も同じくらい好きだが、そこは「最も好きなもののひとつ」という表現を使いたい(余談だが、昔からこの表現には納得していない)。
俺の好きなベトナム料理一位(タイ)のカオラウ、レモン汁とチリソースを落として混ぜて食べる。
俺の好きなベトナム料理一位(タイ)のカオラウ、レモン汁とチリソースを落として混ぜて食べる。
そもそも今回の企画は、「カオラウに温泉玉子を落として食べてみたい」という超個人的な味の追求から始まった。そこで補足ついでに「そういや伊勢うどんがルーツとか言われてたっけ」と編集部の古賀さんに伝えたところ、「そっちの方がスクープ!」と焦点が変わってしまったのだ。しまったのだ、と書いたけど、取材という名目でホイアンへカオラウを食べに来れたことには猛烈に感謝している。

ただ温泉玉子は「盛り込みすぎ」という理由で無くなったので、次回の企画会議には「カオラウに温泉玉子を落として食べてみたい」というそっくりそのまま同じ企画を出して古賀さんの頭を抱えさせたい(しません)。
カオラウを前にしてこの表情、奥二重の私の瞳が輝くことはなかなか無いんだぞ!
カオラウを前にしてこの表情、奥二重の私の瞳が輝くことはなかなか無いんだぞ!
実食風景はあとでお見せするとして、本来の主旨である「カオラウのルーツは伊勢うどん」について書くには、

時間をさかのぼりつつ、まずはホイアンという街がどういう歴史を持つのか知ってもらわなければならない。ホイアン、ただ音の響きが可愛いだけの街ではないのだ。

ホイアンは、日本ととっても縁のある街なんです!

小学校の歴史の授業で、「朱印船貿易」って聞いたことがありませんか?江戸時代が鎖国に入る直前の17世紀初頭に30年ちょっとだけ続いた貿易、その行き先のひとつがホイアン。当時、この港町に行き交った国は、日本、中国、オランダ、ポルトガルなど。さまざまな国の文化が混ざり合った街並みは1999年に世界遺産に登録され、今ではベトナム人にも外国人にも人気の高い国内屈指の観光地として有名。
ホイアンといえばランタン。毎月、満月の夜には、電気を消してランタンの明かりだけで過ごす。
ホイアンといえばランタン。毎月、満月の夜には、電気を消してランタンの明かりだけで過ごす。
このホイアンが我々日本人と縁の深いところは、かつて日本人町があったと言われていること。最盛期には1,000人の日本人が居留していたと言われており、その証拠に街の至るところに日本を感じさせる要素が散りばめられ、日本橋と呼ばれる橋や、日本人の墓などがある。ちょうどこの日もホイアン市と日本国大使館が共催する「ホイアン日本祭り」というイベントの前日で、街中にはその飾り付けを見ることが出来た。
飾り付けというには立派な、鳥居。その向こうにある橋が日本橋、ベトナムの紙幣にも印刷されている。
飾り付けというには立派な、鳥居。その向こうにある橋が日本橋、ベトナムの紙幣にも印刷されている。

それでは、カオラウを食べに行こう!

はい、ホイアンの説明終わり!

それではメインテーマのカオラウを食べに行こう!

郷土料理というと、なんだかんだで都市部でも食べられたりするものだ(再現性の議論は出身者に任せるとして、東京でもジンギスカンや冷や汁が食べられるでしょ)。しかし、このカオラウ、どうあってもホイアンでしか食べられない。その理由は、ホイアンで汲まれる井戸水の水質でしか独特のコシを生み出すことが出来ないからだ。先ほどのカオラウを前にした私の輝く瞳は伊達じゃない。

ネルソン 「で、カオラウの美味しい店ってどこなの?」

比留川さん「うーん、どこでもほとんど味は同じだよ」

今回の取材に際し、ホイアン在住の友人、比留川さんに付き合ってもらった。彼女は過去にかなり独特な活動をしており、ホイヤン娘と名乗って地元住人の前でセーラームーンのコスプレ姿で歌って踊ったりしていた。「お前は何を言っているんだ?」と言われる前に、動画を観てください。本当にそのまんまなんだから。
そんな彼女も今では一児の母になろうとしている。
独特という意味では、ドリアンを装備したりしている私も人のことは言えないけど。
独特という意味では、ドリアンを装備したりしている私も人のことは言えないけど。
比留川さんは今回、学生向けのスタディツアーの引率で来ており、同行していた日本人の皆さんも一緒にカオラウを食べに行くことになった。
伊勢市民どころか三重県民は一人としていない。
伊勢市民どころか三重県民は一人としていない。
ネルソン 「一番近い店に連れて行ってほしい」

比留川さん「今は市場しかやっていないかなぁ」

近けりゃどこでもいいよ、と汗を拭った。暑い。

ホイアンに来るのは今回でもう五度目だが、いつも暑い。街路樹が少なく建物の高さが低いために日陰が少ないのだ。ジリジリと焼き付ける陽射しを全身に受けて、ヒイヒイと言いながら10分ほど歩き続けた。
日中のホイアンを歩く、街の色づかいがいちいち可愛い。
日中のホイアンを歩く、街の色づかいがいちいち可愛い。
通りがけに見掛けた古い茶碗の欠片の塊、用途は謎…飾りかな。
通りがけに見掛けた古い茶碗の欠片の塊、用途は謎…飾りかな。
ホイアンの町並みは、この瓦屋根と黄色い壁、そしてランタンとプルメリアという花が揃えばほぼ完璧。
ホイアンの町並みは、この瓦屋根と黄色い壁、そしてランタンとプルメリアという花が揃えばほぼ完璧。
市場はっけーん!
市場はっけーん!
外見はほとんど同じお店が、イベントブースのように規則的に並んでいた。
外見はほとんど同じお店が、イベントブースのように規則的に並んでいた。

食感はモチモチバリバリ、毎日食べたい美味しいカオラウ!

アルミ製のカウンターテーブルに座り、注文する。

比留川さん「カオラウ6つ」

おばちゃん「はいよ」

ドンッ、ドンッ、ド、ド、ドン!

と、ものの一分もせずに次々と出てきた。
みんなでいただきます!
みんなでいただきます!
そうして冒頭のシーンだよ!
そうして冒頭のシーンだよ!
ズズッ、ズズーッ!
ズズッ、ズズーッ!
これや~!これこれ!!
これや~!これこれ!!
味の感想は冒頭で書いた通り。ちなみに私は帰国する度に、吉野家やココイチといった食べ慣れたお馴染みの飲食チェーンに行くのだけど、そこで食べると日本人らしさがリセットされるというか、普段は若干ベトナムにブレている魂がカチッと日本人の身体に収まる。これが実は、カオラウにも同じものを感じる。まるで擬似日本人リセット装置。もしかしたらここには、ルーツと言われる伊勢うどんが関係しているのかもしれない。
ごちそうさまでした。
ごちそうさまでした。
そしてお値段、カオラウ一杯で20,000ドン(105円くらい)。麺料理一杯分の値段でいえば、都市部はこの1.5~3倍する。このあとの会計で、ちょっとビックリする光景を見た。
おばちゃん「あー、お釣りだね」
おばちゃん「あー、お釣りだね」
カパッ
カパッ
待て!

予想外のところから!!

今、予想外のところからお金を出した!!!
ただの食材が置かれた皿かと思いきや、
ただの食材が置かれた皿かと思いきや、
キャッシャーボックスのフタも兼ねていた。
キャッシャーボックスのフタも兼ねていた。
関係ないけど、お客のいないお店はすでにお昼寝タイム。
関係ないけど、お客のいないお店はすでにお昼寝タイム。
さて、ここで本題に戻りましょう。

カオラウは伊勢うどんにルーツがあるのか。

これは実のところ、史実を裏付ける書物などがない。

それにも関わらずルーツだと言われる背景には、当時の日本人町の長・角屋七郎兵衛という人物が伊勢国出身であり、彼がその製法を持ち込んだのではないかという推測があるらしい。なるほど、少なくとも角屋氏は、前述の日本人リセット装置として伊勢うどんをつくった訳だ。その子孫がカオラウなのか否かは、ホイアン人の舌に直接聞いたらいいじゃない!という訳で。

実際に伊勢うどんをホイアン人に食べてもらいました!

通販サイトで注文した伊勢うどんを、友人に持ってきてもらった。過去これほどまでに移動した伊勢うどんがあっただろうか。伊勢から発送され、成田から空へ、そしてベトナムへ…と考えると、「ういやつじゃのう」と途端に愛着が湧いてくる(まぁ、成田からか知らないし、食べるんだけどな)。この伊勢うどんをホイアンの人に試食してもらい、カオラウのルーツ説に納得するか聞いてみよう。ここからが、今回の大一番という訳だ。
二玉500円と意外に安かった伊勢うどん!
二玉500円と意外に安かった伊勢うどん!
白く輝きプリッと柔らかい完成品を!
白く輝きプリッと柔らかい完成品を!
ホイアンっ子に食べてもらいます!
ホイアンっ子に食べてもらいます!
左のアンさんはカオラウを週に3~4回くらい、右のカインくんは週に1回くらい食べるらしい。頻度だけを言えば、納豆みたいな感覚だろうか。とか言いながら私は納豆を二年くらい食べてない(ベトナムだからね)。

なお今回、茹でるための調理器具と場所は、ホイアンにあるカフェ・Duck Cafeさんにご用意いただきました。今更ですが、カオラウを食べる時に右端から二番目に座っていた女性がマネージャーの野口さんです。
賑わうカフェの中、一卓のテーブルを陣取って鍋を火にかけるシュールな光景。右の一番黒い人が私です。
賑わうカフェの中、一卓のテーブルを陣取って鍋を火にかけるシュールな光景。右の一番黒い人が私です。
ま、という訳で!

ネルソン「お召し上がりください!」

二人 「はーい!」
ツルゥ!
ツルゥ!
ハグゥ!
ハグゥ!
さぁ、食べ慣れたカオラウのルーツかもしれない伊勢うどんに、ホイアンの人は何を思うだろうか。

アンさん 「うん、おいしい!」

カインくん「おいしいですね!」

ネルソン 「お、そうかいそうかい!嬉しいねぇ!」

茹でただけなのに、不思議と気分は伊勢うどんの伝道師。

比留川さん「あ、それって私も食べていいの?」

ネルソン 「え、あ、一口くらいならいいけど」
ホイアン人よりもむしろ日本人が食いついてきた。
ホイアン人よりもむしろ日本人が食いついてきた。
若干ベトナムにブレている魂を日本人の身体に収めたがる皆さん。
若干ベトナムにブレている魂を日本人の身体に収めたがる皆さん。
周りで見ていたベトナム人の皆さんも試食します。
周りで見ていたベトナム人の皆さんも試食します。
野口さん「あ、チャウちゃんは食には厳しいですよ」

ネルソン「え、なんか恐いな…」
チャウさん「ススーッ」
チャウさん「ススーッ」
ドキドキ…!
ドキドキ…!
ドキドキドキドキ…!!
ドキドキドキドキ…!!
チャウさん「うまい」
チャウさん「うまい」
この日一番、ホッとした。

持ち込んだ以上は、今このホイアンにおいて自分が伊勢うどんに関わる全ての責任と使命を(勝手に)抱えているのだ。まるで伊勢うどん界のフランシスコ・ザビエルだ、って俺はまだハゲてはいないからザビエルじゃない。いかん、ただのたとえ話だったのに、くだらないプライドによって話が変わってしまった。

ネルソンさんもどうぞ、とカインくんが伊勢うどんを勧めてくれた。
逆にキリスト教を勧められるザビエル。
逆にキリスト教を勧められるザビエル。
ズズッ!
ネルソン「小麦や~!これぞ小麦の味や~!!」
ネルソン「小麦や~!これぞ小麦の味や~!!」
普段からベトナムの麺料理を食べているので特に何も期待していなかったが、ガツーンと味覚神経が揺さぶられた。そうだ、ベトナムの麺は米粉、対して小麦ってこんな風味だったよね。と、書いた今、割と最近に丸亀製麺でうどんを食べたことを思い出したのですが、あれはパクチーの味しかしなかったのでノーカウントだ。
あれはうどんじゃない、森だ、森。
あれはうどんじゃない、森だ、森。

カオラウと伊勢うどんの近似性は70%と出ました。

どれくらい似ているか聞くと、ふたりとも「70%」と答えてくれた。

む、微妙なところを突いて来たな。

ネルソン 「どういうところが似てた?」

カインくん「見た目とダシかな、でも伊勢うどんは柔らかい」

アンさん 「カオラウの麺は一日干すので固さが全然違う」

うん、確かに、想像以上に食感がまるで違った。伊勢うどんはモチモチ、カオラウはサックリという感じ。ルーツかもと言っても、味の話になるとまるで違う。共通点はあくまでその見た目くらいだ。

今更だが、大前提を聞いてみた。

ネルソン 「そもそも伊勢うどんにルーツがあるって話は知っていたの?」

アンさん 「ありますよ!日本人の観光客から聞いて…」

カインくん「僕も日本人から…」

ネルソン 「ということは、日本と接点の無いホイアンの人は知らないのかな」

カインくん「うん、知らないと思います」

ネルソン 「なるほど、ありがとう!」

そうか、ホイアンの人はカオラウのルーツが伊勢うどん説を知らない人が多かったのか。話は逸れるが、先日ブラジル人の友人から「合羽(かっぱ)ってポルトガル語なんですよ」と言われた時に、「えっ、そんな急に言われても…ずっと使ってきたし…」と、何を求められている訳でもないのに戸惑った。カッコウは他の鳥の巣に卵を産み育てさせる「托卵」という習性がある、あの感じと言えば分かるだろう(分からないだろう)。

カオラウについてのまとめ

・伊勢うどんとの近似性は70%(ホイアン人調べ)
・主にその見た目とダシの風味が似ている、麺の固さは全く違う。
・ホイアンに住む人はほとんど、カオラウのルーツが伊勢うどん説を知らない。
・16世紀末、伊勢出身の日本人町の長、角屋七郎兵衛が持ち込んだかもしれない。
・高田純次も食べた(テレビの撮影で)


最後に、余談ですが、ホイアンはカオラウ以外にも有名な食べ物があります。
揚げワンタン(Duck Cafe提供)。
揚げワンタン(Duck Cafe提供)。
ホワイトローズ、というお洒落な名前の米粉ワンタン(Duck Cafe提供)。
ホワイトローズ、というお洒落な名前の米粉ワンタン(Duck Cafe提供)。
ホイアンは、同じベトナムと言っても、ハノイやホーチミンなどの都市部とはまるで違って時間の流れがゆっくりしています。ノスタルジーという言葉がよく似合う可愛い町です、是非訪れてみてください。ただし夜に一人で行くのはやめましょう、京都の鴨川河川敷の夕暮れ時と同じです(カップルばかり)。

本能寺が燃えなければカオラウは存在しなかったかもしれない説

文中でも触れた、伊勢うどんの製法を持ち込んだ…かもしれない角屋七郎兵衛。その祖父の角屋七郎次郎秀持は、本能寺の変の際に徳川家康の堺からの脱出を手助けし、その功績によって家康の御用商人となったことで一族繁栄につながったとか。ということは、本能寺が燃えなければカオラウはこの世に存在していなかったかもしれないし、角屋七郎兵衛が甘党だったらカオラウは赤福餅だったかもしれない。
角屋七郎兵衛の名前が記された石碑のある、五行山。ここもすごくいいんです。
角屋七郎兵衛の名前が記された石碑のある、五行山。ここもすごくいいんです。
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