特集 2015年11月27日

昭和ノスタルジックな銭湯「安善湯」のリアルに密着した

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銭湯が好きだ。
のれんをくぐるとそこには外の喧騒を忘れるような別世界が広がる。

錆びついた体重計やお金を入れて使うタイプのドライヤー、そして忘れていけないケロリンのおけ……。

番台にて代金を払い、ガラス戸を開けて中に入ると、目の前に広がる富士山のタイル画を見ながら湯船につかり、自宅の風呂では感じられない解放感に浸るのだ。

いわゆる「昔ながらの銭湯」というやつはこうも惹きつけてやまないのだろう。だが、そういった「昔ながらの銭湯」の数は時代の変化とともに激減していると聞いた。

そして私はJR鶴見線に乗っていた。JR鶴見線・安善駅の近くにある昔ながらの銭湯・安善湯に行くためだ。
生まれも育ちも横浜。大人げない大人を目指し、日夜くだらないことを考えています。ちぷたそ名義でも活動しています。(動画インタビュー

前の記事:鉄道ファンじゃないけど京急電鉄の黄色い電車に乗りたい


私は高校生の時に銭湯マイブームが訪れ、友人と学校帰りに銭湯に遊びに行っていたから昔ながらの銭湯は何度も経験しているが、どうやら同年代、特に女性は銭湯を経験していない人も多いようだ。

自分の周りの20~30代の女性に聞いてみたところ「スーパー銭湯は経験あるが、昔ながらの銭湯には行ったことがない」という人がほとんどだった。理由を聞くと「自宅近くにない」「今まで必要とする場面がない」ということだった。

確かに自分も実家の近くには銭湯がなかったので、わざわざ学校から自宅と反対方向の銭湯まで行ったものだ。家にお風呂が付いているのなら、一度も銭湯のお世話になることがなくても生きることは可能だ。だけど銭湯を経験する人生と銭湯を経験しない人生、選ぶなら断然前者ではないかと私は思う。

JR鶴見線で安善湯へ向かう

JR鶴見線
JR鶴見線
そんなことをぼんやり思いながらこの日揺られていたのはこれだ。鶴見駅から出ている「JR鶴見線」。

「JR鶴見線」について補足しておくと、工場地帯を走るこの電車、利用者は京浜工業地帯近辺の工場や企業等で働くワーカーたちが中心となっている。そんな性質上、横浜と川崎の間にある鶴見駅から伸びるこの電車は神奈川在住でも「乗ったことない」「知らない」という人が結構いる「神奈川屈指のローカル線」である。
安善駅に到着
安善駅に到着
乗車して15分ほど。本日の目的地「安善」についた。駅一本一本あたりの間隔は結構せまく、乗っている時間はあっという間だ。
簡易Suica改札機はあるけど自動改札機とかそういったものは存在しない
簡易Suica改札機はあるけど自動改札機とかそういったものは存在しない
ちなみに青い箱は切符入れだが、年季が入ってなんとも形容しがたい味が出まくっている。味の権化だなー。
駅から出て広がる景色。このレトロ感、伝わるだろうか
駅から出て広がる景色。このレトロ感、伝わるだろうか
さらに近づいてみると……。
「オリジナルテレホンカード作ってみませんか?」の文字が
「オリジナルテレホンカード作ってみませんか?」の文字が
テ、テレホンカード……! 携帯電話が普及し、あまり使いどころがなくなってしまったオリジナルテレホンカード、一周まわって最高におしゃれではないだろうか。

「オリジナルテレホンカード」がゴシック体、作ってみませんか?が明朝体で無駄にフォントわけしているのもポイント高し。
鶴見線の線路沿いをはしご型鉄塔に見守られつつ歩く
鶴見線の線路沿いをはしご型鉄塔に見守られつつ歩く

安善湯に到着

安善駅から10分くらい歩くとその銭湯、「安善湯」はある
安善駅から10分くらい歩くとその銭湯、「安善湯」はある
わあ! 煙突! 「横断注意」の看板、味がある! 恐るべし鶴見線、私に今日一日で何度味があると言わせるつもりなんだ……! 「安善湯」は神奈川の銭湯マニアの間では有名な、知る人ぞ知る銭湯である。

ご主人はこの時間は作業中、ということで裏に回ってみることにする。
作業中のご主人を発見。承諾を得て作業中のご主人についていく
作業中のご主人を発見。承諾を得て作業中のご主人についていく
ご主人についていくと煌々と燃えるボイラーが出現
ご主人についていくと煌々と燃えるボイラーが出現
そう、銭湯の煙突は飾りじゃない。まきでお湯を沸かしているのだ。銭湯のお湯のあの気持ちよさはここにあり!
そしてこちらが安善湯ご主人の平原さん。風呂屋としてはご主人で3代目だそう
そしてこちらが安善湯ご主人の平原さん。風呂屋としてはご主人で3代目だそう
それでは、自慢のお風呂を見ていくことにしよう。
レトロだなぁ
レトロだなぁ
ここに流れているのは既に過ぎ去った昭和の時間。過去にお邪魔しているような不思議な時間が流れる。
脱衣所のロッカーの広告。この広告を出しているお店はまだあるのだろうか
脱衣所のロッカーの広告。この広告を出しているお店はまだあるのだろうか
ガラス戸の向こうに見える富士山
ガラス戸の向こうに見える富士山
富士山のペンキ絵とブルーのお風呂とのコントラストが素敵! これぞ日本の銭湯!
富士山のペンキ絵とブルーのお風呂とのコントラストが素敵! これぞ日本の銭湯!
男湯のペンキ絵は定番の富士山
男湯のペンキ絵は定番の富士山
男湯・滋賀県の近江(琵琶湖)
男湯・滋賀県の近江(琵琶湖)
女湯のペンキ絵は北海道・大沼公園。お風呂で北海道から山梨、近江と軽く日本一周できる
女湯のペンキ絵は北海道・大沼公園。お風呂で北海道から山梨、近江と軽く日本一周できる
安善湯の特長はこの丸いお風呂。安善湯の湯は夏季はミントグリーンで冬季はグリーン
安善湯の特長はこの丸いお風呂。安善湯の湯は夏季はミントグリーンで冬季はグリーン
取材した10月はミントグリーンの時期だった。
風呂おけは……そうそうこれだよね、ケロリン!
風呂おけは……そうそうこれだよね、ケロリン!
脱衣所にはテレビで取り上げられた時の写真が飾ってある。度々メディアに取り上げられたことがあり、なぎら健壱がこのお風呂に来た時のことを教えてくれた
脱衣所にはテレビで取り上げられた時の写真が飾ってある。度々メディアに取り上げられたことがあり、なぎら健壱がこのお風呂に来た時のことを教えてくれた
ちなみに入浴料は大人470円だ(2015年12月現在)
ちなみに入浴料は大人470円だ(2015年12月現在)
ご主人は……というとお風呂の修繕をご自身でなさっているところだった
ご主人は……というとお風呂の修繕をご自身でなさっているところだった
「このお風呂も古いからねぇ、少しでも綺麗にしておかないと」

開店は15時30分からだが、開店前から大忙しだ。

ご主人はストイックで職人気質な方。そんなご自慢のお風呂にも「他の銭湯はいかねぇ、うちの風呂がかすむからな」と笑う。過小評価だと思う。

ボイラー室に入れてもらう

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「ご、ご主人……入ってから気になってたんですけど、あの開いているドアの中には何があるのでしょうか……!」

「ん? ……あぁ、あれはボイラーだよ、お湯を沸かす部屋」

「は、入ってもいいでしょうか!???」

「そりゃあおめぇ、こんなとこ入る人なんてめったにいねぇよ?」
それでは失礼して……
それでは失礼して……
いざ!
いざ!
……というわけで、入りました。

通常は絶対入ることができないボイラー室に入れてもらいました! わーい!
そしてこの部屋……カッコイイ! 「大人の秘密基地」って感じで革張りのソファもあって落ち着きそう
そしてこの部屋……カッコイイ! 「大人の秘密基地」って感じで革張りのソファもあって落ち着きそう
オシャレ感だして打ちっぱなしコンクリートの施設って結構あるけど負けないオシャレさなんじゃないか。この部屋の中は秋でも暑いぐらい。秋でこれだから、銭湯の夏は大変な業務なんだろう……。
この部屋は男湯と女湯をつないでいるし、玄関とか生活圏にもつながっている。すごいぞー、忍者屋敷みたいだぞー
この部屋は男湯と女湯をつないでいるし、玄関とか生活圏にもつながっている。すごいぞー、忍者屋敷みたいだぞー
ボイラー室から出てきた私は真っ先にご主人に「すっごいですね! 秘密基地みたいですね、あの部屋! カッコイイ!」と報告すると、少し照れたような表情で「そうだろ? 大人の秘密基地だろ?」って返してくれたのが印象に残っている。銭湯のボイラー室に入れるなんて、ライターやっててよかった!

番台に上がりたい

ボイラー室に入ったことで味をしめた私は、もうひとつお願いをしてみることにした。それは……「銭湯の番台にあがってみたい!!」ということ。
果たして番台からの景色はどんな景色なんだろう?
果たして番台からの景色はどんな景色なんだろう?
銭湯に行ったことある人なら必ず上がってみたいと思うのではないだろうか。上がらせて頂いた。
念願の番台だ―! なお、興奮とボイラー室の暑さに顔がテカりまくっている
念願の番台だ―! なお、興奮とボイラー室の暑さに顔がテカりまくっている
番台から見下ろす男湯の脱衣所。こんな景色だったんだなー
番台から見下ろす男湯の脱衣所。こんな景色だったんだなー
ちなみに、番台には子どもが描いたと思われる、歴史を感じる落書きが。51年って、昭和51年のことなら39年前の落書きということになるな
ちなみに、番台には子どもが描いたと思われる、歴史を感じる落書きが。51年って、昭和51年のことなら39年前の落書きということになるな
落書きからも長い時間この街を、鶴見線を、見守り続けていた安善湯の歴史を感じる。
その間もご主人はもくもくと作業をしており、窓の外を通りかかるご近所の人と談笑する場面も。いいなぁ、こういうコミュニティ
その間もご主人はもくもくと作業をしており、窓の外を通りかかるご近所の人と談笑する場面も。いいなぁ、こういうコミュニティ

コミュニティの場としての銭湯

脱衣所にはブラウン管のテレビが現役だった。お風呂に入った後、ここでゆっくり会話を楽しむんだろうなぁ
脱衣所にはブラウン管のテレビが現役だった。お風呂に入った後、ここでゆっくり会話を楽しむんだろうなぁ
年々銭湯が廃業するニュースを耳にするが、この周辺も例外ではない。つい先日も神奈川の名湯・綱島温泉東京園が惜しまれつつ無期限休業に入ったところだ。ご主人は「お客さんが減ってしまって生活やってけねえよ」と言う。曰く、常連さんは高齢化して、若い世代は銭湯に来ないからお客さんが減ってしまっているという。

ご主人は銭湯の仕事で楽しいことはなんですか、という質問に対し、「お風呂に来た常連さんたちとの会話が楽しい」と挙げてくれた。

「今の若い世代は隣にどんな人が住んでいるかも知らないんだろ? 俺たちは毎日のように風呂屋で顔合わせているしお客さんはだいたい顔見知りになる」

温かい人間関係、昭和の良さ、風情を残しなおかつ自宅の風呂では感じ得ない爽快感を感じられる銭湯という場所。

もっと若い世代にも銭湯の良さ、あたたかさをわかってもらいたいと思いつつ、もっと自宅近くの銭湯にも通おうと思った。

柄にもなく語ってしまって恥ずかしいので、女湯で見つけたキャラクターを貼ってバランスをとることにする
柄にもなく語ってしまって恥ずかしいので、女湯で見つけたキャラクターを貼ってバランスをとることにする
若い世代のご近所付き合いは、隣にどんな人が住んでいるか知らないような希薄なものも多いというし、現に自分がそうだ。マンションの隣人と顔を合わせれば挨拶ぐらいはするけどそれ以上のことは何も知らない。だが、その匿名性を心地よいと思っている節もある。

そんな関係が当たり前な世代にとって、銭湯のような既にコミュニティが出来上がっている場所に入っていくのは勇気がいるかもしれない。けれどご主人をはじめ銭湯の店主は若い世代にももっと銭湯に入りにきて欲しいと思っているし歓迎してくれている。

今まで昔ながらの銭湯に入ったことない人にも、銭湯の門は開かれているから是非足を運んでみてほしい。
安善湯
住所 〒230-0034 横浜市鶴見区寛政町8-1
電話 045-511-0240
営業時間 15:30~22:00
定休日 第二・第五(日曜日)
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