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コネタ867
 
秋だ! 乙女のぶどう踏み

 秋のぶどうが採れる頃に、おいしいワインができますように、という願いをこめて行われるという伝統的なイベント「ぶどう踏み」というものがあるのをテレビやインターネットで見たことがある。大きな桶に入ったぶどうを素足で踏むのだ。その参加資格は「乙女であること」。

 よくよく思い出しても、確かに、華やかな民族衣装を着た女性がスカートをたくし上げ、ぶどうを踏み踏みしている記憶しかない。だがそこで、天啓がひらめき、思った。

「あれは本当に乙女なのか?」

 だいたい乙女かどうかなんて確認しようがないではないか。「あなたは乙女ですか?」なんて質問しようがない。もの凄い勢いでセクハラだ。他の確認の方法なんて想像も……つ、つかない。

 そこで唯一絶対、乙女に最も近い実存である自分が挑戦してみることにした。強いて難点を挙げれば、性別が違うところであろうか。男女平等とか言われている世の中なので、男が乙女だっていいですよね。

(text by 藤原 浩一

 とりあえず、ぶどう(巨峰)4房と足が入るくらいの桶を用意して、近所の公園まで来た。「おいしいワインができますように」の願いをこめて、ワインレッドの民族衣装(ジャージ)に身を包んでの挑戦だ。


もえる赤ジャージ

 当然つぶしたものができたら飲むつもりなので、足は念には念を込めて綺麗に洗ってきた。人間の体の部分で、一番汚いのは足である、ということを聞いたことがあるので細心の注意を払ったつもりだ。

 洗った直後に足をビニールに包んですぐ家を出てきたので、そこらの女子中高生の足よりは数段綺麗なはずだ。毛が生えてるけど。


ビニールで包んで運ぶ清潔


 早速、記念すべき第一歩を踏んでみようとする。が、食べ物を踏みつけるという、不良な行為に対する良心の呵責があったりなかったり。

 これはあくまで伝統的な行事の再現なので、そこは何も考えるんじゃない、と自分に言い聞かせて、恐る恐るぶどうの上に体重を乗せていく。


毛は生えても乙女。足先が白いし。

 「つぷっ」っと実がはじける感触と共に、中からじわっとあふれ出る液体の心地よい冷たさを足の裏で感じた。勢いに任せて、大きく踏みつけると、ぶどうは僕の足元で「じゅぷっ、じゅぷっ」と音を立てた。なんだか、オラ、ワクワクしてきたゾ!

 房ごと踏んでみたので、もしかしたら痛いかな、と思ったのだが、全然そんなことはなかった。むしろはじめは適度に足の裏に刺激があり気持ちよかったのだが、踏んでいるうちに抵抗が無くなって物足りなくなってしまったくらいだ。


すぐにこんなに汁気たっぷりになった。

 そんな感じで嬉々としてぶどうを踏んでいたら、通学路でもないのに、公園の横を何故か大群を成した高校生が通り過ぎた。一学年だろうか、200人以上はいると思われたが、一体なんだったのだろう。参勤交代か?


わらわらと通り過ぎる高校生の列。

 そんな彼ら彼女らのうち何人が、僕の方を「おかしな人がいる」という様子で見ている。ぶどう踏みという伝統行事を知らないのだろう、なんて無知蒙昧な生徒たちであろうか。嘲笑すら聞こえてくる。高校生と言うのはなんて失礼なんだ。本当に高校生に生まれてこなくてよかったと思う。

 なんだか聞き取れないくらいの声で話しかけてくる女子高生もいたが、あれは多分乙女ではないだろう。高校生の中に何割かいるとまことしやかに言われている、乙女を捨てて彼岸へと旅立たれてしまわれたお方だ。イケメン様につれられて。

 しかし、世間一般はともかく、「ぶどう踏み界」においては圧倒的な差をつけて乙女が価値として優っている。乙女だからできることがある、それはぶどう踏みだ。


高校生を見ながらいろいろ考えてる乙女。

 高校生の集団が通り過ぎるまで踏み続けると決めて、黙々と足踏みをする。球状の実は全て無くなり、桶の中はぶどうの白濁とした汁と、破けた皮などで満たされた。

 高校生が通り過ぎたので、作業をやめて一息つく。顔を近づけると、ぶどうのあの甘い香りが漂う、足。


汁たっぷり。

 踏みっぱなしではどうしようもないので、ガーゼを使って絞り、桶の中身をジュースとその他に分ける。皮の成分にもいいものがたくさんありそうなのだが、今回はこの方法で。踏む作業時のワクワク感などちっとも無くてつまらないが、我慢して絞り続ける。


すこしずつ絞るので大変面倒である。

 絞り終わったジュースをビンに詰めた。多いのか少ないのかよく分からない。だいたい1リットル強くらいだろうか。


ジュースとその他。

 ここで思い出したのだが、これって自分の足で踏んだものだったじゃないか。絞ってビンに入れる作業をする過程で、そんなことは忘れてしまっていた。

 飲むことに対して、体が微妙に抵抗を示している。「足はちゃんと洗った、成分にはなんら問題ないはずだ」と、僕の理性が僕の体を啓蒙してやる。

 ・・・飲むか。


覚悟を決めて、ぐいっと。

 ぐいっと一口飲んでみる。ただのぶどうジュースではあるが、市販のものとは違う。巨峰は粒の状態において、甘さは「1粒分」という形で単位に分けられている。しかし踏みつけられ己の形を失った巨峰の甘みは、際限なく口の中に広がっていく。

 一言でいうと「あまーい」。とにかく甘い。

 口の中に広がる甘さを「それにしても、甘いなあ」とかみ締めていたら、日が暮れてきたので家路に着いた。

 比べるまでもなく、ぶどうは乙女が踏もうが象が踏もうが甘かった。しかし、他でもない僕が踏んで作ったぶどうジュースは、なんとも言えない青春の甘酸っぱい味がした。

 ちなみに、これが足で踏んだものだということを知らない人に飲ませて、あとでそれを知らせたら、すごくシリアスな顔になった。

 おいしいワインができそうな予感がする、秋の一日であった。


 

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