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はっけんの水曜日
 
ガイコツ教会でメメントモリ!

(text by 大塚 幸代




あらすじ
東京での日常に、煮詰まっていたライター大塚、不思議なご縁に導かれ、ヨーロッパのど真ん中、チェコへの旅へ。同行者はチェコ語ペラペラ梶原嬢(元スマップの森くん似)と、女編集者・ニシ嬢(井川遥似)。ビールがミネラルウォーターより安いこの地で、華麗なる長い飲み会と化している旅行レポート、今回は第三回目です。
バックナンバー(「チェコに、おばけを探しに」/「ボヘミアの川よ、ヴルタヴァよ♪」)

 

プラハ入り三日目夜、私はインターネットカフェにいた。
梶原さんから紹介してもらった、「日本語環境のあるパソコンがあるネットカフェ」だ。
そこは天井が高い吹き抜けの店で、階段をのぼって2階のスペースに、パソコンが15台ほどあった。
人は少なかった。店員は、プラハの飲食業者には珍しいような、やせ型メガネ男子だった。「どこでも、ネット好きな人は、こんな雰囲気の人が多いのか?」と思いながら、パソコンの前に座る。
「じゃあ、外で飲みながら、待ってますから」
「っていうか、海外旅行に仕事持ってくんなよ〜!」
と言って、ふたりは出て行った。
……あああん。


昼間は普通に、また観光してました。テレビ塔(東京タワーみたいなものです)に行ったり、ビール飲んだり、ビール飲んだり、ビール飲んだり。

市場にも行きましたよ。イースター前なので、その飾りなども多数。右写真のヒモは、「イースターのとき、尻をたたく」というイベントのためのもの。そんな風習、初めて知ったよ

私は当サイト、デイリーポータルZで「1000円あげるから」というコーナーの担当をやっている。木曜日に締め切り、金曜日に画像編集作業が終わり、週明け朝イチまでに、コメント付けと来週のお題を出すのが、私の仕事だ。
こればかりは、先倒しに作業することは出来なかった。気の利いたことを書けないのが目下の悩みなのだけれど(投稿者のみなさん、ありがとうございます)、投稿数が多いと、作業には最短でも数時間かかる。
画面に向かったら、日本での日常のテンションに、スッと戻れたのだけれど……とんでもなく遠い国で、こんなことが可能なのって、変だなあと思いながらキイを打った。
ネットすごい。わけがわからない。
時間が予想外にかかり、料金はホテル一泊代ほどかかってしまった。へこんだ。

作業を終えて合流すると、皆いい感じに、酔っぱらっていた。
その日のメンツは、カレル大学卒(日本の東大みたいなとこ、カフカの出身校)、日本留学経験もあり、これからまた日本に来て働きたいという、イジーさんという青年。日本語ペラペラ。
もう一人、あるチェコチームのサッカー選手が好きで、3度目のチェコだというKさん。おふたりとも、梶原さんの知人だ。


その日、食べてたつまみ、チーズのマリネ(酢漬け)。チーズに粉末パプリカ、にんにく、こしょうががはさまっていて、上には赤ピーマンと生タマネギ。美味しかったけど、たぶん高カロリー。

Kさんは落ち込んでいた。
「前回、前々回にチェコに来たときも、試合見れなくて。今度こそ! と思って、オランダの業者からチケット手配してもらって、今回だけは万全! と思ってたんですよ。でも昨日、『ダブルブッキングで、チケット用意出来なかった、ゴメン』という連絡が来たんですよ!!」
「えー!! で、試合はいつ?」
「明日…」
「えー!! なんじゃその業者!!」
「もう縁がないんだと思います、もう駄目なんです駄目なんです駄目なんですううう…」
サッカーのことは分からないけど……「服やメシ代はケチっても、ライブや観劇代はケチらないぞ、見たいイベントを見れないで、何の人生なんだ!」と思っている私には、彼女の痛みがギシギシ分かった。
「チェコ語で『ダフ屋』って何て言うの? っていうか、いるの?」とイジーさんに訊く。
「ダフ屋、という言葉はないですね。でもチケットを転売する人はいますよ、会場前でも」
「それだ! 絶対なんとかなる! な、なんとかなりますって! ジャパンマネーを叩き付けてやれー!」
「なりますかねえ…」
根拠なく励ますしかなかった。

そんな落ち込む彼女の横でも、チェコビールで酔っぱらった私たちは、楽しく会話をしていた。
「日本の古典で、どのあたりが好きですか?」とニシさん。
古今和歌集ですね」とイジーさん。
「ですよね! それまで、文字の形が試行錯誤していくんだけど、古今和歌集あたりでいちばん美しくなるんですよね! 心もこもっていて」
「それが、古今和歌集以降、文字の形はキマっているんだけど、心がこもっていないというか…形骸化というか」
「様式美になってしまうんですよ!」
そんな話を酒飲みながらしている人は、日本にも少ないだろう。

私は「古今和歌集、名前しか知らねー!」と思いながらも、適当に会話に混ざっていたのだが、
「それって超ナントカカントカで、ナントカ系ですよねー」と適当な言葉を言ってしまうたび、イジーさんが少し、キョトンとした顔をしているような気がした。
「うわ、自分が喋っている言葉って、スラングだらけで美しくなくて、聞き取りにくいんだ……」と、途中で気が付いた。

イジーさんは最後に「サムライ」の話、武道の話をしていた。
「チェコでも、日本の武道をしている人がいます。この間、その人が独自に考えた、武道についての文章を読んだんですけど、僕には違和感があって……」
「何が違うんですか?」
「僕も勉強中なので、自信がないんですが、分かる範囲で言えば、武道は『無』になるためのもので、『自分』を出していくことじゃないと思うんです。
身体を動かして、修行して、何かに集中していく過程で、人は自分が何者だとか、そういうことがそぎ落とされ、『無』になっていく。そこが美しく、僕が憧れているところです。
チェコ人は、どうしても『自分』を入れてしまうんですよね」
……むずかしいことを言う。
でも、異国の人に言われないと、分からないことって、とんでもなくたくさんあるんだろうなあ、と想像した。

帰り、「日本で逢いましょう」と、イジーさんと握手した。
「明日、人骨で出来た、あの有名な教会を見に行くんですよ」と言うと、「むかし、学校の遠足で行きましたよ」と言われた。

明けて翌日。
ぱらっぱぱっぱらー、と「世界の車窓から」(提供:富士通)のテーマソングを脳内で流しながら、電車に乗り込む。


鉄道マニアじゃなくても、やっぱ萌えますわ、異国の駅と鉄道。

プラハから90分ほどの街、クトナー・ホラというところにある「墓地教会」見学が目当てだ。
墓地教会は、フス戦争やペストで亡くなった人の骨を、盲目の僧侶が組み立てて作ったという、人骨で出来た教会。
駅から、「ここ、観光地か?」とナゾに思ってしまう位の閑散とした道を15分ほど歩くと、教会に到着した。
中を覗くのは、やっぱり少し怖かった。
でも、はいってみると……あっけらかーんと、骨たちはあった。

「作るほうも作るほうだけど、誰も止めなかったんだ、っていうのがすごいね」と言うと
「それがチェコ人なんですよ」と、梶原さんに言われた。


外国人観光客が、たんたんと見学していた。

ぎ、ぎっしり。下のほうの骨の人は、重そうだ。右写真は、チェコのなにかの紋章らしい。

紋章の右下のデザイン、「骨が鳥に目をつつかれている」のも、骨で再現。突かれているほうの人の頭から、オバQのように毛が3本生えているのが気になる。

「どうやったら思いつくのかな」みたいな、組み方のもの多数。

作者のサインも骨で。

2階席(?)の飾りも、骨で。

当たり前だが、なんの匂いもしない。
最初は、ハロウィンの飾りのようだ、ホーンテッドマンションのようだ、リアリティがないよ……と思ったが、よく見ると、ひとつひとつの、頭蓋骨の大きさ、目や鼻の位置が違うのに気が付いて、ザワッとした。
ほんとうに、ほんものなんだ。

……日本で、チェコ人留学生の女の子とお話したとき、
「日本人とチェコ人の、変わった共通点を知っていますか? ふたつとも、火葬の先進国なんですよ」
と言われたことを、思い出した。
身内のお葬式。それまで感情的に泣いてた皆が、焼き上がった骨を見る時に、「理科」モードを立ち上げてしまう。
「これがドコドコの骨です」と説明されて、泣くのを忘れて、「ほほー」と、興味深く見てしまう瞬間。
この教会は、あれが長く続いてるような空間なのかもしれないなあ、と思った。
しめった感情ではなく、どうしようもない事実としての「メメント・モリ」(死を想え)。

自分も頭にひとつ、頭蓋骨が入っているんだよなあ、と考えながら、ふたりに
「この中で、自分が使われるんだったら、どの部分がいい?」
と訊いてみた。
ふたりとも「シャンデリアー!」と元気よくこたえた。
そうね、せっかくだったら、かわいくて派手なところに使われたいよね。

駅までの道、歩道の横のフェンスからはみでた木の枝に、使用済みコンドームが結んであるのを、梶原さんが見つけた。
「うわー」
「うわー、エロスとタナトス!」
「クトナー・ホラはエロスとタナトス!」
あはははは、笑いながら歩いてたら、ホームに着いた。
あまりの寒さに、足をバタバタさせてるうち、ニシさんが突然、マイムマイムを歌い出した。
そういや、マイムマイムってまだ足が覚えてるかな? とやってみたら、出来た。
3人でマイムマイムの足をやって笑った。旅テンション、おそるべし。

無事、プラハまで戻る。
駅でホットドッグと、「これありえないだろ」という表紙のエロ新聞を好奇心で買って、チェスキー・クルムロフという街にバス移動。
ホテルについたら、梶原さんの携帯に、Kさんから「試合のチケットとれました!」という朗報メールが。
よかった、よかったねえ、とか言いながら、「これ、見てみようよ!」と、エロ新聞を、ベッドの上に広げて、3人でのぞきこんだ。
「……うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
そこには、日本人感覚ではギャグにしか見えない、ものすごいものが展開されていた。つづく。


チェコ戦を見る梶原さん。「Kさん、うつらないかなあー」

取材協力:チェコ総合情報誌「CUKR[ツックル]」

完売してしまった1&2号を再構成、加筆した『別冊CUKR[ツックル]チェコってやっぱりアニメーション?』が発売中です。大塚も寄稿してます、宜しく


 
 
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