父と子は今日も海を目指して歩いている。
海には豊かな資源が残っているという情報を信じているのだ。
最後の戦争が起き、文明が崩壊してから、20年の月日が流れた。
息子は今年で8歳になる。 この子は崩壊後の世界しか知らない。
「父さん!缶詰を見つけたよ!」
「でかしたな」 あの戦争後、動物はほとんど死に絶えてしまった。 時折虫を見かける程度だ。 ふたりの食料は、主にその虫と缶詰である。 息子は缶詰のパッケージについた土埃を落とし、しげしげと缶詰を眺めている。
「く・じ・ら?父さん、くじらって何?」
こんな世界になっても、子供の好奇心は衰えることを知らない。 字だってあっという間に覚えてしまった。
「海にはくじらという山みたいなでかさの生き物がいるんだよ」
「こわいね。人を食べちゃう?」
「いや、お前の小指の爪より小さな生き物しか食べない、優しい生き物だ」
「頭から噴水みたいに水を吹き上げるんだぞ」
「ほんとなの?どんな形をしているの」
「形は魚にそっくりだが、人間に近い種類の生き物なんだ。頭だって魚よりもずっとずっと賢い」
「人間よりも?」
「仲間同士で殺し合いをしない分だけ、人間よりも賢いかもしれないな」
〜中略〜
いろいろあったが、父と子は、なんとか海へと到着した。 しかし、海辺にも、動くものの姿は見えない。 息子は不安そうに父親を見上げた。 「これからどうするの?』
「・・・」 その時、海にひとすじの水柱がうち上がった。 「何?」
「くじら・・・くじらだっ!」
「くじらって、あのくじら?」
「ああ・・・生き残っていたんだな」
すると、突然息子が走りはじめた。
「捕まえに行こう!食べよう!」
知らない間にこの子は、この世界で生き抜くための能力を身につけていたようだ。
「やっぱり新鮮な方が美味しいね!」
おしまい。
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