特集 2011年9月22日

上信電鉄の電気機関車「デキ」に乗ってきた

実用本位の無骨さがたまらない、電気機関車「デキ」
実用本位の無骨さがたまらない、電気機関車「デキ」
機関車と聞いて、何を思い浮かべるだろう。たいていの方は、蒸気機関車(SL)なのではないだろうか。

だが待って欲しい、そもそも機関車とは、動力をもって後続の車両を牽引する鉄道車両の総称だ。蒸気機関車以外にも、電気機関車や、ディーゼル機関車などが存在するのである。

今回は、そのうち電気機関車の大古参。大正時代に作られた、上信電鉄のデキ1形電気機関車、通称「デキ」が特別運行されると聞いて、見に行ってみた。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー)

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交通拠点都市、高崎駅からいざ出発

上信電鉄は、群馬県における交通の中心地である高崎駅から、群馬県南西部に位置する下仁田駅まで、全長約34kmの鉄道路線である。

今回の「デキ」特別運行も、ここ高崎駅から出発する。
というワケで、高崎駅にきました
というワケで、高崎駅にきました
上信電鉄は私鉄なので、当然ながらJRとは別に改札があるのだが、やたらと小奇麗なJRの改札口に対し、上信電鉄は昔ながらな感じで好印象。
券売所からして、このたたずまいである
券売所からして、このたたずまいである
切符は自動券売機で買うこともできるが、ここはあえて窓口で買いたい。

なぜなら、自動販売機で買った切符はペラペラの軟質紙なのに対し、手売りで買った切符は、昔懐かしの硬質紙なのだ。
切符は窓口でも売ってくれる
切符は窓口でも売ってくれる
窓口で買うと、硬質紙の切符なのが嬉しい
窓口で買うと、硬質紙の切符なのが嬉しい
また、上信電鉄は駅の構内も、昭和の香りが漂っていてテンション上がる。
溢れ出る昭和感
溢れ出る昭和感
この壁、このゴミ箱
この壁、このゴミ箱
……と、まぁ、そんな感じで駅の雰囲気を楽しみながらデキの到着を待っていると、突如、プウォーという汽笛が辺りに鳴り響いた。

なんだなんだと音のした方を見やると、そこには、なんと蒸気機関車があるではないか。ええっ、なにこの嬉しいサプライズ。
おぉ、D51ことデゴイチだ!
おぉ、D51ことデゴイチだ!
こちらの黒煙を噴いているのは、C61か
こちらの黒煙を噴いているのは、C61か
トーマスでおなじみ、石炭を焚いて水を熱し、蒸気の力でピストンを動かして車輪を回す蒸気機関車。

明治時代から昭和の中頃まで日本の産業を引っ張り、その役目を終えた現在においても、観光用に各地で復活していたりする。

後で知った事であるが、今年の夏、群馬県ではディスティネーションキャンペーンというのを実施しており、これらの蒸気機関車はその一環として臨時運行されたものであった。上信電鉄のデキもまたしかり。
蒸気機関車を見る人々。大人気
蒸気機関車を見る人々。大人気
そしてホームに入ってくるデゴイチ
そしてホームに入ってくるデゴイチ
おぉー、かっけぇなぁ
おぉー、かっけぇなぁ
シャコシャコと動くロッド、噴出す白煙(湯気)、いやぁ、ほれぼれしますなぁ。やはり、このような産業遺産は動いてナンボ。動態保存(動作可能な状態での保存)されているのは非常にありがたい事です。

とまぁ、いきなり蒸気機関車に目を奪われてしまったが、デキの方に戻るとしよう。こちらだって、負けず劣らず、なかなかの盛況ぶりである。
デキを待ち構える人々(私の背後にもいる)
デキを待ち構える人々(私の背後にもいる)
おぉ、君たち、SLでなくデキに来るとは、見る目あるな
おぉ、君たち、SLでなくデキに来るとは、見る目あるな
デキの発車時刻数分前、いよいよ列車がホームへと進入してきた。さぁ、お待ちかねの、デキである。
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デキ、登場

ガタンゴトンと入ってきた列車は……群馬県特産、こんにゃく会社の広告が入った、至って普通の車両だった。

あれ、普通の列車?と少しだけうろたえたが、それもまぁ、一瞬だけの事だ。
あれ?意外と普通だなぁ、と思いきや
あれ?意外と普通だなぁ、と思いきや
こんにゃく列車の後ろには、なんか黒くてゴツイものが
こんにゃく列車の後ろには、なんか黒くてゴツイものが
おぉ、これがデキか!
おぉ、これがデキか!
そうして我々の前に姿を現したデキは、上信電鉄が電化された大正13年(1924年)、ドイツのシーメンス社から購入した(製造は同じくドイツのマン社)、三台のデキのうちの三号機だ。通称、上州のシーラカンス。

黒光りする凸型の車体は、まさにドイツ製という風袋。実用本位の無骨なフォルムが、とてもカッコいいではないか。
シーメンス・シュケルト社と、マン社のプレート
シーメンス・シュケルト社と、マン社のプレート
まるで装甲車のような重厚さだ
まるで装甲車のような重厚さだ
ちなみに、このゴツい車体の中には、モーターが入っている。

蒸気機関車は蒸気の圧力で動いているが、こちらの電気機関車は電気でモーターを回し、動力を生み出すのだ。まぁ、現在の電車の原型という感じですかな。
運転席もオールドスタイルな感じでいいね
運転席もオールドスタイルな感じでいいね
そうこうしていたら、運転手さんが準備を始めた
そうこうしていたら、運転手さんが準備を始めた

デキ牽引列車に乗車

気が付くと発車時刻になっていたので、私は慌てて撮影を切り上げ、車内へと入った。

ちなみに、JRの蒸気機関車は乗車券の他に指定席券が必要なようだったが(しかも、満席だとアナウンスしていた)、こちらのデキは予約など必要が無い。料金も乗車券だけでOKと、気軽にデキの旅を楽しむ事ができる。
牽引する車両は、まぁ、外観通り普通の列車
牽引する車両は、まぁ、外観通り普通の列車
それでは、出発進行
それでは、出発進行
デキは低い唸りを上げながら走り出し、徐々にスピードを増して行く。

その速度は、トップスピードらしき時でもおおむね時速40km弱。後ほど運転手さんに聞いてみると、やはり時速30~40kmで運行しているとの事だった。
計った感じでも、大体そのくらい
計った感じでも、大体そのくらい
ちなみに、上信電鉄の普通の電車は、時速70~80kmぐらいなので(後で計った)、デキはその半分くらいの速度というワケだ。

高崎駅を出たのが9時55分、終点の下仁田駅に到着するのが11時25分で、乗車時間は90分。通常の電車では60分なので、1.5倍程の違いがある。単純に二倍の時間にならないのは、途中の待ち合わせなどの関係によるものだろう。

なお、この上信電鉄は、通常の電車だと乗馬マシーンのように縦揺れが激しいのだが(私はその揺れも嫌いじゃないが)、デキだと速度が遅い為か、揺れはあまり気にならなかった。
ふと、車掌さんがやってきて、何かを配っていた
ふと、車掌さんがやってきて、何かを配っていた
それは、デキの乗車記念切符だった
それは、デキの乗車記念切符だった
こういう、ちょっとしたプレゼントも、何気に嬉しいものですな。

さて、デキが牽引する列車は、高崎から西へ向かって走る。田園が広がるその向こうに、住宅や山が見える風景の中、列車はゆっくりのんびり、カタコト進んで行く。
稲も黄色くなりつつありますな
稲も黄色くなりつつありますな
時折、カメラを携えた方々を見かけた
時折、カメラを携えた方々を見かけた
景色の良いポイントに差し掛かると、何人かの方々がレンズをデキの方へと向け、その姿を写真に収めていた。

水田や川越しに撮るデキの姿も、さぞ良いもんなんだろうなぁ、そんな事を思う。
列車すれ違いの待ち時間は、デキ撮影タイム
列車すれ違いの待ち時間は、デキ撮影タイム
う~ん、絵になりますなぁ
う~ん、絵になりますなぁ
郊外を走る上信電鉄は、景勝地とか、そういう特別美しい景色の中を進むワケではないのだけれど、でもどこか懐かしい、昭和の風情を感じる事ができる。

このデキも、SLのような派手さは無いが、妙にシブくて味がある。それが、この路線にぴったりマッチしているのだ。

さて、程無くして、「次は上州富岡」というアナウンスがあった。私は荷物をまとめ、下車の態勢に入る。終点の下仁田駅までは乗らず、この駅で下車しようと思っていたのだ。
というワケで、しばしの別れだ、デキ君よ
というワケで、しばしの別れだ、デキ君よ
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上信電鉄は駅も良い

上州富岡駅で降りたのにはワケがある。

私はこれまで、何度か上州電鉄を訪れた事があるのだが、その度に「あぁ、良い路線だなぁ」と思っていた。そう感じる理由の一つとしては、やはり駅であろう。

先に紹介した高崎駅もなかなか良いたたずまいではあったが、路線上に散らばる小さな駅は、それ以上に良い雰囲気を醸し出しているのである。

デキのついでと言っては何であるが、それらの駅も、いくつか周ってみたかった。
富岡市の中心、上州富岡駅
富岡市の中心、上州富岡駅
ここまた、昭和然としてなかなか良い雰囲気だ
ここまた、昭和然としてなかなか良い雰囲気だ
駅周辺の見所が、黒板に手書きだったりするし
駅周辺の見所が、黒板に手書きだったりするし
なお、これもまた上信電鉄の良いところなのだが、上信電鉄では上州富岡駅、上州福島駅、吉井駅などの主要駅で、自転車を借りる事ができる。しかも、無料だ。

この貸し自転車は、付近を観光する際に、非常に便利な脚となってくれる。
しかもギア付き。これは本当にありがたい
しかもギア付き。これは本当にありがたい
上州富岡駅の付近は、それほど遠くない範囲に複数の駅が密集しているので、ここから自転車を借りて、それらの駅を巡ってみたい。

まずは、上州富岡駅の隣駅である、西富岡駅からだ。
まるで民家を改装したかのような、西富岡駅
まるで民家を改装したかのような、西富岡駅
この駅名表示が素晴らしい
この駅名表示が素晴らしい
やっぱり、手書きには心をくすぐられる
やっぱり、手書きには心をくすぐられる
うん、こういう小さな駅は、小ぢんまりとしながらも、コンパクトにまとまっていて良いですな。

駅の事務所と思われる場所の窓には、すだれがかかっていたりして、独特の雰囲気。
お次は、上州七日市駅
お次は、上州七日市駅
どの駅も、ベンチはほとんど木製だ
どの駅も、ベンチはほとんど木製だ
プラットホームの一部には、煉瓦も見られた
プラットホームの一部には、煉瓦も見られた
この上州七日市駅は、住宅街奥のどん詰まりにひっそりたたずむ、その立地が素晴らしい。

構内の雰囲気もさることながら、プラットホームの基礎には一部煉瓦が露出していたりするし、上信電鉄の時代を感じさせてくれる(上信電鉄の前身である上野鉄道は、なんと明治28年(1895年)の設立だ)。
こちらはやや洋風な、上州一ノ宮駅
こちらはやや洋風な、上州一ノ宮駅
駅の入口にはアルファベット表記も
駅の入口にはアルファベット表記も
ほんのり赤味がかった壁に、こげ茶色の木部が映える
ほんのり赤味がかった壁に、こげ茶色の木部が映える
この上州一ノ宮駅は、洋風な感じの造りとなっており、入口にはエンブレムやアルファベット表記なんかも見る事ができる。

とまぁ、いくつかの駅を訪ねてみたワケだが、ご覧の通り、上信電鉄は駅ごとに駅舎の雰囲気がかなり異なる。画一的な駅舎を並べるのではなく、それぞれの駅ごとに独特の個性を見る事ができるのだ。

このまま、全部の駅を見てみたいところではあるが、残念ながら列車の時間が差し迫っている。最後に、もみじ平総合公園に寄って、上州富岡駅に戻ろうと思う。
丘の上まで、えんやこらと自転車を押す
丘の上まで、えんやこらと自転車を押す
たどり着いたもみじ平総合公園には、デキの二号機が
たどり着いたもみじ平総合公園には、デキの二号機が
細部までじっくり見られるのは良いけど……
細部までじっくり見られるのは良いけど……
もみじ平総合公園には、デキの二号機が静態保存(動作不能な状態での保存)されていると聞いて、訪れてみたのだが……。

いかんせん、動いたものを見た後では、どうしてもその存在が霞んでしまう。野山で活発に動き回る野性の動物を見た後に、同じ動物の剥製を見た感じだろうか。

う~ん、これは、見る順番を間違えましたかな。
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デキを追いかけ下仁田駅へ

やっぱり動いているデキが一番、という事で、お次は下仁田駅へ行ったデキを追いかけようと思う。

下仁田駅から高崎駅への折り返し列車が出るのは14時6分。上州富岡駅を13時5分で出発する列車に乗れば、13時半には下仁田駅に着き、往路のデキに乗れるという寸法だ。
13時5分の列車は、銀河鉄道999仕様の列車だった
13時5分の列車は、銀河鉄道999仕様の列車だった
天井一面に999の絵が描かれている
天井一面に999の絵が描かれている
やってきたのは、上信電鉄のもう一つの目玉(だと思う)、銀河鉄道999塗装の車両だった。別に狙ったワケではないのだけど、なんとなく嬉しい。
途中で気になった駅名。なんじゃい、ワレ
途中で気になった駅名。なんじゃい、ワレ
下仁田に近付くと、こんにゃく畑が多くなった
下仁田に近付くと、こんにゃく畑が多くなった
途中、南蛇井(なんじゃい)という奇妙な駅名に思わず噴き出したり、一面に広がるこんにゃく畑に感心したりしながら、電車に乗る事およそ30分弱。終点の下仁田駅に到着した。
ここもまた、良い雰囲気の駅だ
ここもまた、良い雰囲気の駅だ
とりあえず、デキと記念撮影
とりあえず、デキと記念撮影
先に着いていたデキは、既にホームで待機していた。ここでもたくさんの人々がデキを取り囲んでいた為、私は遠巻きに記念撮影。

時計を見ると、デキの出発にはまだ少し時間がある。私は下仁田駅の周囲を散歩して、時間を潰す事にした。
なんだろう、このジャンプ台みたいな構造物は
なんだろう、このジャンプ台みたいな構造物は
明治時代に作られた、煉瓦造の倉庫もある
明治時代に作られた、煉瓦造の倉庫もある
建ち並ぶ、下見板張りの建物も良い感じ
建ち並ぶ、下見板張りの建物も良い感じ
そこにあった、なんかかわいい石桶
そこにあった、なんかかわいい石桶

デキで下仁田から高崎へ

さて、そろそろデキ発車の時間だ。往路では上州富岡駅にて途中下車したが、この復路では下仁田から高崎まで、通しで乗りたいと思う。
さぁ、高崎へ戻りましょう
さぁ、高崎へ戻りましょう
まぁ、通しで乗るとは言っても、牽引されている列車にただ乗っているだけであるが。

景色を楽しもうとも思ったが、朝早くに家を出た事と、自転車を乗り回した疲れが相まって、ついうとうとしてしまう。
車内にあった観光案内。手作り感溢れるワープロ印刷だ
車内にあった観光案内。手作り感溢れるワープロ印刷だ
目を覚ますと、そこはもう、だいぶ高崎駅に近いところであった。その時、ふと車内放送が。

それによると、この臨時列車は高崎駅のホームに入らないので、高崎駅の一つ前の南高崎駅で降りて、後続の列車に乗り換えてください、との事。

なんだ、高崎駅まで乗る事はできないのか。それなら、高崎駅の二つ前、根小屋駅で降りるとしようじゃないか。
というワケで、デキとは根小屋駅でお別れ
というワケで、デキとは根小屋駅でお別れ
なぜ車内放送の案内通りに南高崎駅ではなく、そのさらに一つ手前の根小屋駅で降りたかというと、まぁ、要するに、この根小屋という駅が好きだからである。
ホームに描かれた猫のイラストが目印
ホームに描かれた猫のイラストが目印
付近に金井沢碑という奈良時代初期の石碑がある事から、何度か降りた事のある根小屋駅。私が上信電鉄贔屓になったのは、この駅があったからに他ならない。
そのまま映画のワンシーンになりそうな、素晴らしいたたずまい
そのまま映画のワンシーンになりそうな、素晴らしいたたずまい
近年は、レトロとか、ノスタルジーとか、そういう「雰囲気」を売りにする施設が増えた。しかし、そのような所の中には、綺麗に(あるいは過剰に)整備がなされすぎて、どうも、作られたような印象を受ける事がままある。

しかし、どうよ、この根小屋駅は。まるで、昭和がそのまま切り取られ、今に存在するようではないか。
当然のごとく、切符は全て手売り
当然のごとく、切符は全て手売り
花壇なども、しっかり手入れがなされている
花壇なども、しっかり手入れがなされている
根小屋駅が好きすぎて、記念切符も購入した
根小屋駅が好きすぎて、記念切符も購入した

デキも良い、駅も良い、上州電鉄

蒸気機関車よりはやや地味ながら、無骨に着実な仕事をこなす印象の電気機関車、デキ。

今でこそ臨時列車として時々運行されるだけのようだが、実は割と最近、平成6年まで貨物を牽引していたというから驚きだ。

大正時代から平成まで、列車を牽き引き続けるその姿は、まさに上州のシーラカンスという愛称がふさわしいと思う。今後も、末永く残していってもらいたいものだ。
こちらも上信電鉄の電気機関車、ED31
こちらも上信電鉄の電気機関車、ED31
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