はっけんの水曜日 2012年1月11日

ちょうちん屋さんのちょうちん記事を書く

干されてるちょうちん
干されてるちょうちん
タイトルのダジャレにめげず、わざわざリンクを開いていただいたみなさま。ありがとうございます。
「ちょうちん屋さんのちょうちん記事」……思いついてしまったのだから仕方がない。
しかし、本当に取材させてもらったところ、ダジャレとかどうでもいいぐらいに面白いことがいろいろわかったので、堂々とちょうちん記事を書かせて頂きます。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。

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みょうな罪悪感

今回取材させていただいたのは、京都府にある「髙橋提燈」だ。

ところで、このダジャレを思いついて先方に取材を申し込んだ時点では、タイトルを「ちょうちん屋さんのちょうちん記事を書く」にしようと思っているとは言っていない。
なぜなら「ちょうちん記事」って言葉はそんなに良いイメージではないし、最初にそんなこと言って取材申し込んだら断られそうだと思ったからだ。
取材依頼のFAXには「知っているようであまり知らないちょうちんについて取材したい」とだけ書いてFAXを送信した。「まあ、どうせ断られるだろう」とあまり期待せずにいたところ、あっさりと取材OKの連絡を貰ってしまった。
そもそも、髙橋提燈は学生向けの見学や絵付け体験コースはあるものの、一般の見学や絵付け体験は受け付けていない。そこを特別に取材を許可してもらったのだ。
嘘をついているわけではないのだけど、大事なことを伝えきれていないというのも、みょうな罪悪感を感じてしまう。
しかし、せっかく取材許可を頂いたので「まあ、どこかのタイミングで直接聞いて、うーんと言われたらやめればいいか」と考えなおし、京都に向かった。

暴れん坊将軍の頃からあるちょうちん屋さん

暴れん坊時代に誕生
暴れん坊時代に誕生
髙橋提燈は創業享保15年という老舗だ。享保といっても「改革」というイメージ以外まったくなにも思いつかない。ちなみに享保15年は西暦でいうと1730年らしいので今から282年前、だいたい30年で1世代と考えると、ひいひいひいひいひいひいおじいちゃんぐらいのころの話だ。これでもピンと来ない場合は、享保時代はほぼ徳川吉宗の時代にあたるようなので、暴れん坊将軍の時代が享保時代と考えればわかりやすいかもしれない。

あの超有名なちょうちんも髙橋提燈製だった!

実は京都生まれ
実は京都生まれ
取材対応してくださった髙橋提燈の広報の方の話によると、浅草雷門のあの巨大なちょうちんも髙橋提燈製なのだという。「浅草に行ってちょうちんの下を見てみてください、髙橋提燈って書いてありますよ」ということなので、後日見に行ってみたところ、本当に書いてあった。
本当に髙橋提燈製だ!
本当に髙橋提燈製だ!
このちょうちん。1960年に松下電器を創業した松下幸之助氏が一代目を浅草寺に寄贈した時から髙橋提燈が製作を担当しているらしい。
巨大なちょうちんはここに吊り下げて作る
巨大なちょうちんはここに吊り下げて作る
倉庫にある巨大ちょうちんを作る専用の部屋と吊り下げ用のロープを見せてもらった。
巨大ちょうちん制作は実際にここに吊り下げて作るそうだ。ただ、これだけ大きなちょうちんでも、基本的には小さなちょうちんを作る工程とほぼ変わらないという。
ちなみに、天井から吊り下がったロープを見せてもらったとき、ぼくにはどう見ても首吊り用のロープにしか見えなかった、しかしさすがに「首吊りのロープみたいですねー」と脳天気すぎる感想を言う度胸は無く「ホゥ……」と絶句していたところ、広報の方に「首吊りみたいですよね、ハハハ」といわれてしまい、思わず「自分で言うんかい!」と心のなかで突っ込んでしまった。

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