特集 2012年5月15日

さよなら映画館最後の日

従業員の方達が最後に映画館を見あげている姿が印象的だった
従業員の方達が最後に映画館を見あげている姿が印象的だった
シネマコンプレックスの人気に押され、昔ながらの映画館が一つ、また一つと姿を消していっている。

上野の最後の映画館「上野東急」もこの4月末日をもって閉館する事となった。

映画館が終わる日というのはどういう感じなのだろうか。常連客が詰めかけ、最後に館長が挨拶したりするのだろうか。

(この記事のBGMはニューシネマパラダイスのあの曲でお願いします)
東京葛飾生まれ。江戸っ子ぽいとよく言われますが、新潟と茨城のハーフです。
好きなものは犬と酸っぱいもの全般。そこらへんの人にすぐに話しかけてしまう癖がある。上野・浅草が庭。(動画インタビュー)

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3つもあった映画館

上野にはかつてJR駅前に「上野東宝劇場・上野宝塚劇場」と「上野セントラル」が並び、京成線駅裏手にこの「上野東急」と、映画館が3つもあった。東東京に住む私が子供の頃は、映画館といえばここ上野だった。
ちなみに成人向け映画館はまだあるんですけどね。しかも新しくなってるみたい
ちなみに成人向け映画館はまだあるんですけどね。しかも新しくなってるみたい
難易度の高い顔ハメを発見!一体誰がやるんだ…
難易度の高い顔ハメを発見!一体誰がやるんだ…
当時、今以上のパンダブームが来ていた動物園を始め博物館・科学館、そしてドラえもんが見られる映画館がある上野は、子供の私にとって夢のような場所で、ちょっとずつシャレ気の出てきた今とは違う賑わいを見せていた。

朝11:00、下見にやって来た

お、何人か並んでるみたい
お、何人か並んでるみたい
カメラを向ける人たちも
カメラを向ける人たちも
チラホラいる
チラホラいる
映画は時間をずらして2つ上映
映画は時間をずらして2つ上映
あちこちに閉館のお知らせが貼ってあり物悲しい
あちこちに閉館のお知らせが貼ってあり物悲しい
この日の目的は映画館がどのような終わり方をするのかを見る事なので、私は最終上映を見る予定。でも一応明るいうちに外観写真などを撮っておこうと、最初の上演時間より少し前にやってきた。

休日だしもしかしたら長蛇の列をなしているかもと思ったが、パラパラと人が入っていくだけであった。
今日の最後のプログラムはこの「バトルシップ」。ユニバーサル映画100周年作品らしい。18時半から友人と見る約束をしている。
今日の最後のプログラムはこの「バトルシップ」。ユニバーサル映画100周年作品らしい。18時半から友人と見る約束をしている。
外観写真を撮ったあと、受付の様子はどんな感じだろうかと古いエレベーターに乗り、3階に向かった。すると隣に並んだおじいさんが「今日でここ最後なんだよね」と独り言のように、階数を見上げながら言った。私はこの映画館への思い入れは少ないものの「そうですね…無くなるのは残念ですね」と答え二言三言会話した。

エレベーターから降りるとおじいさんは「あ、」と振り返った。そこでようやく顔を合わせ「チケット2枚あるから1枚あげる」と言い受付に向かっていった。え?…ええー!?

おじいさんにチケットもらっちゃった

「いいのいいの」と言って受付に並ぶ優しいおじいさん。しかし夜見る予定の映画と同じプログラムなのだ。
「いいのいいの」と言って受付に並ぶ優しいおじいさん。しかし夜見る予定の映画と同じプログラムなのだ。
凄く嬉しいけど…夜に友人と見る約束があるのでと遠慮すると、じゃあ夜そのチケットで見に来たらいいよ、と既に切られていた半券と外出証(受付の人と話をつけてくれた)をくれた。やったー有難うございます!
夜見に来ます、といったん外に出ようとしたが
夜見に来ます、といったん外に出ようとしたが
結局入っちゃう事にした。
結局入っちゃう事にした。

2回見ればいいや

予定外の展開に動揺してしまい一度は外に出たが、落ち着いて考えれば、友人に会うまで特に用事は無いし朝の様子はまた夜とは違うかもしれない。そんな訳でやっぱり入ってしまう事にした。同じ映画を2回見る事になるがそういう経験もいいじゃないか。
ポップコーンやポテチ、パンなんかが売られていたケース。何も無い。
ポップコーンやポテチ、パンなんかが売られていたケース。何も無い。
プログラムももう無いのか…
プログラムももう無いのか…
代わりにスペースを埋めるかのようにチラシが並べてあった
代わりにスペースを埋めるかのようにチラシが並べてあった
映画館価格(200円)の自販機。そういえばシネコンには自販機無いよね
映画館価格(200円)の自販機。そういえばシネコンには自販機無いよね
観客席は少なからず、という人数だろうか
観客席は少なからず、という人数だろうか
意外だった。
50年以上続いた映画館の最後には映画ファンが押しかけてくるものかも、もしかして立ち見かも?と思っていたからだ。正直、「こんなものなのか」と寂しさを感じた。

まあ映画館離れの時代だし、朝だし、上映プログラムの関係もあるだろうけども。
落ち着いて映画を見るには丁度いい人数かな
落ち着いて映画を見るには丁度いい人数かな

映画はエイリアンVS海軍

しかしこのバトルシップという映画「これぞ映画館で見るべき!」と言った迫力満点のもので、エイリアンやアクションものを久しく見ていない私は「どうすんのコレ?!」と興奮の2時間であった。
上映後の待合スペース。何というでもない光景だが明日から無くなると思うとキュンとなる
上映後の待合スペース。何というでもない光景だが明日から無くなると思うとキュンとなる
「ありがとうございました」と従業員の方達が観客を見送る
「ありがとうございました」と従業員の方達が観客を見送る
終了後は従業員の方達皆で見送ってくれた。後で知ったのだがこの映画館、あまり人数が入らなくなってからは1階とこの3階両方の受付を同じメンバーで回していると言っていた。それで1時間ずつ位ずらして上映していたのか。

夜18:30、最後の上映

本日二度目の映画館。しかも同じ映画を見るのだ
本日二度目の映画館。しかも同じ映画を見るのだ
場所もさっきと同じ3階
場所もさっきと同じ3階
さっきは普通にあったのに空にされている自販機。早いって!
さっきは普通にあったのに空にされている自販機。早いって!
なんとなく座って記念撮影
なんとなく座って記念撮影
この場はもう無くなるのだ、最後なのだと思うと、朝既に見ていた長椅子にさえ「座っておくかな」という気持ちが芽生えた。

上映直前に従業員の方に今日の入りはどうですか?と聞いてみると、少し多い位ですねとの事だった。そうなのか…。
最後の観客たち。朝の半分くらいに減ってしまった。
最後の観客たち。朝の半分くらいに減ってしまった。

映画はエイリアンVS海軍

朝と同じ映画を見た。しかし朝は変なドキドキでちゃんと理解していなかった前半部分が今度はしっかり見られたし、迫力は同様に楽しめた。詳細内容は書けないが、後半でじいちゃん達が登場するシーンは何度見ても笑える。

終了後、拍手が!

長い長いエンドロールが終わり場内が明るくなった時、パラパラとではあったが拍手が鳴った。映画も良かったが、それは映画館に向けた「お疲れ様」のねぎらいの拍手だったと思う。ジーンときた。
そして最後の見送り。特別な挨拶など無く、いつも通り。
そして最後の見送り。特別な挨拶など無く、いつも通り。
私はすぐに出るのは勿体無い気がして、最後まで残る事にした。小さい頃に連れて来られたかもしれないが、自分の意志で来たのは初めてのこの映画館。なのにこの離れ難さは何だろうか。

客席を見ると、同様に最後を惜しみ撮影をしている人たちがいた。私も記念に撮らせてもらった。
ああ勿体ないな。映画館が無くなるのも、上野が変わっていくのもとにかく寂しい
ああ勿体ないな。映画館が無くなるのも、上野が変わっていくのもとにかく寂しい
ちなみにこのスクリーンの幕はだいぶ前に壊れて閉じなくなったと言っていた
ちなみにこのスクリーンの幕はだいぶ前に壊れて閉じなくなったと言っていた
あ、狙っていたチラシが全部なくなってる!
あ、狙っていたチラシが全部なくなってる!

本物の「映画館ファン」に出会った

思う存分客席の所で撮影をしている間に、記念にと狙っていたチラシは全てはけてしまっていた。

そのショーケースの上にはいつの間にか「ありがとう55年間 さようなら上野東急」と書かれた手作りパネルが置かれており、何人かがそれと一緒に撮影をしていた。
この方が作って持ってきたそうだ
この方が作って持ってきたそうだ
私も一緒に撮らせてもらう
私も一緒に撮らせてもらう
私はその写真を撮った後も全員が帰るまではまだ居てもいいだろう、と狭い館内をブラブラとし眺めていた。そして気づけば、パネルを作ってきた彼と私達だけになっていた。

突然、彼が興奮気味の声を出し従業員の方と奥の扉の中に入っていった。私は「え、なに?!どこ行ったの?」と扉に向かって言うと、もう一人の従業員が気づいてくれて私たちも扉の向こうへ連れて行ってもらう事ができた。

階段を登り向かった先は、なんと映写室!
こ、興奮!
こ、興奮!
ウワーウワー!
ウワーウワー!
感激だ…!
感激だ…!
こんな光景見られるなんて思ってなかった
こんな光景見られるなんて思ってなかった
30年ものの映写機が2つ並んでいた。一つのフィルムが約1時間。途中で切り替えるのだ
30年ものの映写機が2つ並んでいた。一つのフィルムが約1時間。途中で切り替えるのだ
わー
わー
さっき見た映画の1シーンだ!
さっき見た映画の1シーンだ!
昔、ライター北村さんが「映画を上映してみたい!」で映写室に入っているのを見て物凄く羨ましかったけど、まさか自分も入る機会が来るなんて思ってなかった。またしても胸が熱くなった。

映画館ファンの方に想いを聞いた

最後の客として従業員の方達に見送られ、大満足の気分で受付を後にした。雰囲気がちょっとクドカンに似ている映画館ファンの彼と映写室の感動を分かち合いながら1階まで歩いて下りる。

彼はアルバムを数冊取り出し、これまで撮りためた今は無き映画館の写真を、自慢するでもなくパラパラと見せてくれた。
昔ながらの映画館で観るのが好きなのだ
昔ながらの映画館で観るのが好きなのだ
彼は上野から離れた所に住んでいると言っていた。今日わざわざここに来たのは学生時代に通った思い出があったからだと言う。あのパネルもいつも作る訳ではなく、本当に大好きな映画館だったからだそうだ。

そして「3階のトイレから見る上野公園の景色が好きでさあ」と話してくれた。
トイレからではないけど3階の窓からの景色は私も撮っていた。たくさんの緑と、楽しげにノンビリと歩く人々が見えた。
トイレからではないけど3階の窓からの景色は私も撮っていた。たくさんの緑と、楽しげにノンビリと歩く人々が見えた。
私が「映画館て静かに終わっちゃうものなんですね。正直もっと人が来るものと思ってました」と言うと、「浅草にあった映画館なんて7人だったよ。あと、雑誌の「ぴあ」が廃刊になって閉館情報が分からなくなったのもあるかも」と言っていた。

彼の場合は、1週間前にたまたまバトルシップを見に来た時に閉館する事を知ることができたのだそうだ。

映画館の外へ出ると、早くも看板が変わっていた。
上野東急でバトルシップを2回見た2人で。
上野東急でバトルシップを2回見た2人で。
今日のことを記事に書くので是非見てください、とサイト紹介の名刺を出したが彼はインターネットもやらないし携帯も持たないという。そういえば彼のカメラはフイルムだった。

便利なもの、新しいもの、キレイなもの。そういったものより味わいや思い入れを大切にしたいのだろう。「シネコンだけになったら、僕はもう映画は見ないな」と言っていた。
先ほど映写室に入れてくれた従業員の方たちもこの後看板を見つめながら何かを話していた。
先ほど映写室に入れてくれた従業員の方たちもこの後看板を見つめながら何かを話していた。
ユックリと歩き駅前に着くと彼は「最後に思い出話ができて嬉しかったな、有難う」と言って帰っていった。



おじいさんがくれたチケット、従業員さんが入れてくれた映写室からの眺め、映画館ファンの彼の思い出話。どれも、この「映画館最後の日」でなければ得られなかったものだと思う。本当に、来て良かった。
お疲れ様でした!
お疲れ様でした!

いつもと変わらない終わり方

こうして、最初の予想とは真逆で、いつもとあまり変わらず静かに幕を下した映画館(本物の幕は壊れてたけど)。その終わり方を見届けて目頭が熱くなった。何だかもう一つ、別の映画を見終えたような感じだ。

このあと友人の薦めでニューシネマパラダイスのDVDを見た。この日は1日で映画たくさん見たな。昔、毎週のように名画座に通いつめていた頃を思い出した。あの映画館は今もあるだろうか…。

(検索したらまだあった。ネットって便利!)
最後は見送りました
最後は見送りました
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