ふぐ刺しを知らない子供たち
冒頭で威勢よく言い張ろうとしてしまったが、問題が1つあった。僕はふぐ刺しを食べたことがないのだ。
これはまずい。今後の調査において「お、この感じふぐ刺しっぽくない?食べたことないけど」という形で進めると、それは言い張っているのではなく喧嘩を売っている。
ということで、まずはふぐ料理の店で実際に食べて味を確かめることとする。
はじめてのふぐ料理に思わず尻が浮く。
ふぐ刺し(店ではてっさと呼ばれていた)はコース料理の中に含まれていたのでそれを注文した。初めてのふぐ料理、堪能させていただいた。
ふぐ刺しは、最初のほうに運ばれてきた。おそらく前菜のような扱いなのだろう。
ほほう、これが。
コースの内の1つなので量は多くはないが、それでもこの美しさである。
全て揃った大きさのふぐ刺しが見事に円を描いている。
これだけ小さい1枚のふぐ刺しが集まったことによる団体芸
写真の構図が若干おかしくなるほど緊張して食べる
うまい。一口目は普通の白身魚の刺身のようであったが、ここからが本領発揮であった。プロスポーツ選手のようなポテンシャルを秘めたこの薄い刺身は、噛めば噛むほど口いっぱいに味を広げてゆくのだ。
スタミナもプロ選手並みで、タレの味がなくなってもまだ身が口の中に残り、再鬼はさっぱりとした味わいが残る。さすがは魚介類のエリートだ。今度から社長と呼ばせてください。
ふぐ刺しと言えばあれだ。テレビで芸能人が大量のふぐ刺しを一度にとって、惜しげもなく口に運ぶ光景。
バーンってやりたい!バーンってやりたい!
でも、もっとゆっくり味わいたい
貧乏性である。お恥ずかしい限りである。
一枚一枚食べた結果、ふぐ刺しの特徴がだいたいわかった。
その特徴は、「弾力がある」、「ゆずポン酢+紅葉おろしのタレによく合う」、「噛めば噛むほど味が出る」などだ。
得られた情報を持って、いよいよ他の刺身でふぐ刺しを再現してみようと思う。
幸せになれる味と素敵な情報を与えてくれた。ありがとうふぐ刺し。フォーエバーふぐ刺し。
今後この記事に本物のふぐ刺しは登場しません
食感という壁
さて、調査に入る。スーパーで、柵の形で売られている刺身を手に入れてきた。
その状態からどうやってふぐ刺しのようにするかというと、単純明快、包丁でとにかく薄く切るのである。
柵になっている刺身の
切っているのかわからないほど端を切って
はい一丁上がり
この作業、想像以上に大変だった。 ただでさえ柔らかい刺身、その端を薄く切ろうとしてもまっすぐ切れない。プルプルすんな!と生まれて初めて新鮮なお刺身に本気の怒りを覚えた。
料理と言えるようなことは玉ねぎを切って炒める程度しかしない僕に、刺身の薄切りはあまりにもハードルが高く、1人分切りだすのに15分かかってしまった。普段なら、レトルトチンしてもう食べ終わろうかという時間である。
手でずっと抑えていた刺身が変色するのではないかと不安になりながら、なんとか数枚切り出した。さて、ここからはいろいろな刺身でふぐ刺しもどきを作った結果を書いていく。
上の画像にもあるが、まずはマグロで試した。出来上がりはこちら。
プロトタイプなので少しの量を横並べにしています
タレもゆずポン酢+紅葉おろしと、なるべくふぐ刺しを食べた時の環境を再現した。
写真では伝わにくいかもしれないが、実際に並べてみると不思議な事に高級感があるように見えた。その高級感を元に、これはふぐ刺しであると自分をだまして実際に食べてみよう。
タレにつけるとさらにそれっぽく
口に入れて噛んだ瞬間、「あっ」と思った。この食感は違う。弾力、無に等しい。
ご想像の通り、マグロにふぐ刺しと似通う点は一切なかった。
赤身ではダメだったが、赤身+αだったらどうだろう。たとえば、カツオのたたき。
ローストビーフのよう
外側の部分が、うまくふぐ刺しの弾力に似通わないだろうか。
既視感
我が家では普段、カツオのたたきをゆずポン酢で食べる。今回も、用意したタレはゆずポン酢。
薄く切ったカツオのたたきは、あまりにもカツオのたたきであった。次普通にカツオのたたきを食べるときは紅葉おろしも入れようと思う。美味しかったから。
赤身はダメだ。白身に切り替えていこう。そう考えて次に用意したのはハマチ。
が、後から調べてわかったことだが、ハマチは白身魚として扱う所もあるが本質的には赤身魚らしい。
それがわかった時点で結果が見えている気がするが、一応結果を書く。
おまえ赤身だったのか、そっちに騙されちゃったよ
口に入れた薄いハマチはすぐにどこかへいなくなり、あとに残るはさわやかなネギの食感だけであった。
あまり期待するものに近づかず、手をプルプル震わせて刺身切るのにも疲れてしまったので調査は翌日に持ち越すこととした。
翌日起きてすぐ、次の調査に入る。刺身寝て刺身。思わぬ刺身漬け生活がそこにはあった。
味覚のアハ体験
これまでの成果(成果と言えるほどの結果を残していないが)をふまえ、とにかく弾力で騙しきろうと考えた末に次に選んだのはイカ。
これが、切ってみると意外と面白いこととなった。
おお、それっぽい!
店で食べたふぐ刺しと見た目がすごく似ている。モノマネでも、似ているかどうかの一番の判断材料は外見なので、ふぐ刺しに外見が似ているイカには期待が持てる。
思わぬ出来にテンション上がる
実際に食べてみても、たれの風味がイカの味をうまく隠し、まるで別の食べ物のようになった。かなりポイントが高い。
強いて欠点を言えば、たれの味がなくなってくるとイカ本来の味を取り戻し、最後はイカで終わってしまうということだ。
フグ刺しと思って食べていたものの、徐々に徐々に味がイカになっているという事に気づく。たいへん奇妙なアハ体験である。
イカと来ればタコだろう。発想が安直なのは、とりあえず刺身を薄く切りゃいいとふわっとした気持ちで進行しているからだ。
努力の結果
切る行程で最も苦労したのはこのタコであった。今までと形が違ううえ吸盤が邪魔でまるで切れない。
お前さんはこれをふぐ刺しと言い張ろうとしてるのかい?
そして労作を口に運ぶ。その結果わかったことは、ゆずポン酢+紅葉おろしとタコは合わないということだった。
弾力もややふぐ刺しより強いし、味もいまいち。うーん、なかなかうまくいかない。
たいへんお腹が空くなど調査は難航を極めた
ついに見つける
白身魚としてもう1つ用意していた。それは、鯛である。
さすがの白身魚
タレとのなじみ方もそっくり
ここからはふぐ刺しと妄想して食べてみる。
口に入れる。最初の風味は、問題ない。ただ、やはり白身魚。だんだんとろけてしまう。…あっ、この噛んだ感触、これは…弾力だ!弾力まであるふぐ刺しだ!ばんざーいばんざーい!
手放しで喜んだものの、ふと冷静になる。この弾力、なんだ?
その秘訣は、薄皮であった。
見えるかな?
柵で買った鯛には薄皮がついていた。この薄皮、普通に刺身にするときには取ってしまうものだそうだ。
だが、今回はじめて買った柵の鯛。薄皮は取らなければならないことを知らなかった僕は、それがついたまま薄切りにしたのだ。ふわっとした気持ちで刺身を切り続けていたことが功を奏してしまった。
もちろん、刺身全体に弾力があるふぐ刺しには及ばない。しかし、見ため、風味、多少の弾力、それらをすべて満たすということで、これはふぐ刺しと言い張ってもいいのではないだろうか。
そして完成品へ
調査の結果、鯛が一番ふぐ刺しと言い張るにふさわしいと結論つけた。
最後の仕上げに、これをふぐ刺し風に並べて、より主張を強めよう。
薄い鯛の刺身を量産して並べてゆく。完成したものを見てもらおう。
お中元の季節ですね
ポスターにいかがですか
あっさりとしたゆずポン酢で至福のひとときを
形もバラバラ、盛り付けも荒削りではあるが、並べてみるとたいそう高級感のあるものが出来上がったと思う。
全て並べきるのに、約2時間かかった。2時間といえば、ちょうど今住んでいる家から実家に帰るのに要する時間だ。
親孝行する時間を惜しんでまで仕上げたこの一品。僕は自身を持ってふぐ刺しと言い張るつもりである。
ひとしきりの撮影会が終わったので食べることにする。この量を、一人で食べられるのだ。
今こそ、フグ刺しで叶わなかった(もう少しで叶いそうだったが右手が動かなかった)夢を実現しようではないか。
そうそう、
これよ、
これがやりたかったのよ!
厚い刺身を食べた時とは違う、薄い刺身がバラバラと口の中いっぱいに広がる感覚。これこそ究極のふぐ刺しの楽しみ方ではなかろうか。90%ふぐ刺しだった鯛が、100%ふぐ刺しにのし上がった瞬間に立ち会い、僕はとても興奮した。
と同時に、100%ふぐ刺しという事実に例外なく騙された自分もいて、なんて大それた食べ方をしてしまったんだ…と軽く震えながら残りを1枚1枚食べました。
心は錦
手が届かないような高級料理でも、身近にある食材にひと工夫もたせてそれに近いものを作れば、あとは気の持ちようである。
多少の違いがあれど、本物だ!と言い張って楽しむことができる。そんな心持ちでありたいなあ、と思った。
ちなみに柵の鯛はスーパーでもあまり見ないが、店の人に言えば捌いてもらえる事もあるので(僕も今回そうしました)、読者の皆さんもよければ試してみてください。
ふぐ料理撮影
ふぐ料理 百福
愛知県名古屋市中区東桜2-22-33
照運寺ビル1F