特集 2012年11月8日

バス停名になったお店は今でもあるのか見に行く旅

茨城に個人商店の店名がそのまま名称となってるバス停が、やたら続くバス路線がある。
茨城に個人商店の店名がそのまま名称となってるバス停が、やたら続くバス路線がある。
茨城交通の茨城町役場から岩間駅までを結ぶバス路線だ。
このバス路線では「藤崎ラジオ店前」「下安居酒屋」「川島呉服店」といったバス停がいくつも続く。
どうかんがえても個人商店としか思えない「ラジオ店」や「呉服店」のバス停。本当にそんな店があるのだろうか?
気になる皆さんの代わりにぼくが行って見てきました。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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なぜか個人商店の店名がそのままバス停に

トリミングで見切れてしまったけれど、川島呉服店と辰巳屋前というバス停がもっと左にあります。
トリミングで見切れてしまったけれど、川島呉服店と辰巳屋前というバス停がもっと左にあります。
一般的に、バス停といえば、地名や公共施設の名前がつけられるものだ。あっても新宿伊勢丹前とか東京国際フォーラム前といったような、半ば公共性を帯びた施設の名称がつけられるのが普通だ。
しかし、ここは違う。ラジオ店だとか煙草屋がバス停になっているのだ。こんな、その辺商店街みたいな、取ってつけたようなバス停はなかなか見かけることはない。

水戸からバイクで向かう

バイクにのるのなんて10年ぶりぐらいだ……。
バイクにのるのなんて10年ぶりぐらいだ……。
事前に調べた所、この路線は非常に本数が少ないということがわかった。
公共交通機関もバス以外は近くにないため、バイクでバス路線をたどりバス停名の由来となった店を探したいと思う。

下土師煙草店

水戸からバイクで1時間ほど南下。最初のバス停「下土師煙草店」に到着。
「しもはじたばこや」と読む
「しもはじたばこや」と読む
煙草店。らしきものは……見当たらない。
店らしきものは……ない
店らしきものは……ない
人も見当たらない、人っ子一人居ない。人家はあるのに、人の気配がしないのだ。西部劇だと、枯れ草がコロコロコロと転がっているあの感じである。地元の人に話を聞こうと思っていたのにアテが外れた。困った……。
と、思っていたところ、こちらの気配を感じたのだろうか?バス停の向かいにあった料理店からおばちゃんが顔を出した。
気楽に、という呼びかけが店名のレストラン
気楽に、という呼びかけが店名のレストラン
すかさずぼくは声をかけて話を聞いた。

--すみません! あの、バス停の名前の店を探してるんですが……
「え? バス停? あぁ、バス停」

キョトンと話を聞いてるおばちゃん。バス停のことなんて久々に意識したという顔だ。

--煙草屋っていうバス停なんですけど、その煙草屋がどこにあるのか探してるんです。
「あぁー煙草屋は、そこをちょっと下って、寿司屋の看板でてるところ、あそこが煙草屋だった」

--たしかに来るときにシャッターの閉まった寿司屋ありました、あそこだったんですか。今もやってるんですか?
「いやー、今はやってないね、何年ぐらい前になるかな? ずいぶん前にやめちゃったね」
煙草店はなぜか寿司屋になって閉店していた
煙草店はなぜか寿司屋になって閉店していた
教えてもらった寿司屋に来てみた。たしかに庇の破れぐあいが閉店してからずいぶんたつことを物語ってる。
しかし、煙草屋の名残としてタバコの自動販売機は稼働していた。タスポを使わなければ買えないタイプのやつなので、放置しているというわけでもなさそうである。
ちょっとしたドライブインみたいなことになってた
ちょっとしたドライブインみたいなことになってた

下飯沼油屋前

続いてやってきたのは「下飯沼油屋前」だ。
油屋ということは、油を売ってたのか?
油屋ということは、油を売ってたのか?
ここも先ほどと同じく、人が居ない。本当に人が住んでるのだろうか?
バス停のすぐ前に火の見櫓と防災無線があった
バス停のすぐ前に火の見櫓と防災無線があった
配達に来たヤクルトのおばちゃんに話を聞いてみる。

--す、すみません! ここのバス停、油屋前ってなってるんですが……油屋ってどこにあったかご存知ですか?
「油屋? たしか、ここのお宅がむかしお店されてたってのは聞いたことあるんだけど……私が配達するようになった20年ぐらい前にはもうお店なかったわね」

--20年前ですか
「ここのらへんの人はみんな車で移動するから、バスの本数も少なくなってねぇ」

--この油屋ってのは何を取り扱ってたんですかね?
「さぁー、昔の事だからちょっと……」

--油売ってたんですかね?
「……どうかしら」

「油店」というぐらいだから、油を売ってたのだろうと思って聞いてみたのだけど、図らずも別の意味になってしまいそうで聞き方が難しい。
お仕事中すみません
お仕事中すみません
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藤崎ラジオ店前

バス停名の由来となった店を探しながら、茨城県道43号線を茨城町役場から岩間駅に向かって西に進んでいる。
すでに煙草屋と油屋を探したが、どちらもすでに閉店してしまっていた。是非もない。
次の「ラジオ店」は果たして残っているのか?
ラジオ店。懐かしい響きだ
ラジオ店。懐かしい響きだ
バス停の前に電気工事店の事務所がある。様子を伺っていると、おばちゃんがやってきた。

ーーすみません、あの藤崎ラジオ店前のラジオ店って……
「あぁ、それうち、ラジオ店は昔の名前」

ついに今でも営業中の店を見つけた。と言っても業態が微妙に違うし店名もちがう。ラジオ売ってないですよね。
「今はもう、ラジオとかは売ってないよ、電気工事専門だから」
立派な事務所
立派な事務所
ちょうど、社長が店に帰ってきたようなので話を聞いてみた。

ーーバス停はどれぐらい前の名前なんですか?
「そうだなー、戦後すぐぐらいだから昭和20年とかそれぐらいだな」

ーーラジオ店って要するに電器店のことなんですよね?
「だな、ラジオ店つっても、今の人はわっかんねえよな」

ーー電気工事専門になったのはいつからですか?
「それは俺の代になってから、だから40年やってんだ」
いかにも茨城のおじさんという感じの気さくな社長
いかにも茨城のおじさんという感じの気さくな社長
40年。少なくともバス停にこの名前が付いてから40年は経過しているということがわかった。
しかしその間、藤崎ラジオ店は業態を電気工事専門に切り替え、21世紀まで生き延びた。
商店街の電器店が軒並み閉店している様子を見ると、電気工事専門に切り替えた経営判断は的確だったかもしれない。
今はやってない
今はやってない

木部小杉屋

藤崎ラジオ店からさらに西。次は木部小杉屋。おそらく木部が地名で小杉屋が屋号だろう。
店らしき建物はない
店らしき建物はない
あいかわらず、人が居ない……。道路を走り抜けていく車は多いものの、人が居ない。あたりを見回すと、農家の納屋に古びた看板がかかっているのを発見。
あ、あれは……
あ、あれは……
近づいてみると……。
うっすらと小杉商店の文字
うっすらと小杉商店の文字
まさか、この納屋が「小杉屋」? いやでもどう見ても農具しか入ってないし……。
この農家の方に話を伺ったところ、ここは小杉屋さんではなく、道路の向かいにあるお宅が小杉屋さんだったらしい。こんどは向かいのお宅に話を聞いてみた。
お宅を訪ねると、呼び鈴を押してからかなりの時間差でおじいさんが出てきた。

ーーあの、小杉屋って店はこちらだったとお伺いしたんですが
「あー、もうね、40年になるかなあ。それぐらい前に店じまいした」

ーーそうですか、お向かいのお宅にあるあの看板は当時のものなんですか?
「あぁ、あれはね、店閉めるとき、欲しいっていうから、あげたんだよ」

欲しいっていうからあげた。この雑な感じ、田舎っぽくて好感が持てる。しかもこのフランクさがあったため、店があった時の痕跡がかろうじて残ったのだ。

トイレを探して……

トイレ行きたくなってきた
トイレ行きたくなってきた
ところで、そろそろトイレに行きたくなってきた。茨城町役場をスタートしてからここまで県道43号線を6キロ近く走ってきたけれど、コンビニは一軒もなかった。
いったいどこで用を足したらいいのだろう? 困った。こんなにお家はあるのにトイレに行けないなんて!
寺なら、寺ならなんとかしてくれる。かも。
寺なら、寺ならなんとかしてくれる。かも。
途中、木部寺下というバス停があった。
もしかして寺だったらトイレを貸してくれるかもしれない。という根拠のない淡い期待を胸に寺に向かった。
薄暗くてちょっと怖い
薄暗くてちょっと怖い
ちょっと入るのをためらう感じの、鬱蒼とした森の中にある寺だ。森を抜けると……。
ペタンク!
ペタンク!
そこでは、お年寄りたちがペタンクをしていた。

ーーえ? ペ、ペタンクですか?
「あぁ、そうだよー」

珍しいスポーツの唐突な登場に虚をつかれ、つい馴れ馴れしく声をかけてしまった。

茨城の農村にある寺の境内で出会うフランスのスポーツ、ペタンク。
白昼夢のようでもある。

ーーペタンクって珍しいですね……よくされるんですか?
「大会があっからよ、練習してんだ」

大会!? この人達は本気の人たちなんだ……確かに言われてみれば、動きはゆっくりしているけれど、きびきびしてはいる。

夢みたいな出来事で思わずトイレを探すのをわすれてしまった。境内にトイレはないかお年寄りたちに聞いてみたけれど、ないという。

「トイレってよ、大きいほうか?小さいほうか?」

ーーまあ、小さい方ができればいいんですけど……。

「小さい方? ならそこの山ん中でやればいい」

といって寺の横の茂みを指さしてくれた。

好意は嬉しいのだけど、さすがにそこは一線引きたいので、とご遠慮させて頂いた。
しかし、大きいほうだったらなんてアドバイスくれたんだろうか……。
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木部煙草店

下土師のほうは「煙草屋」だったが、こっちは「煙草店」
下土師のほうは「煙草屋」だったが、こっちは「煙草店」
下土師煙草屋に続いて、2軒目の煙草屋だ。相変わらず人は居ないものの、ここは商店っぽい建物が残っている。
シャッターはしまったまま誰も居ない
シャッターはしまったまま誰も居ない
たばこの看板もまだそんなに古くない
たばこの看板もまだそんなに古くない
隣の農家におばあちゃんがいたのでその人に話を伺ったところ、ほんの数年前まで煙草屋は営業していたらしい。
しかし、店主が高齢になって身体の具合が悪くなったため、店じまいしてしまったそうだ。

下安居酒屋

続いては下安居酒屋。
居酒屋?
居酒屋?
バス停のすぐ前にシャッターの閉まったモダンな建物がある。これが居酒屋なのだろうか?
居酒屋というにはちょっと垢抜けた感じの建物
居酒屋というにはちょっと垢抜けた感じの建物
隣家におばちゃんがいたので話を聞いてみた。

ーー隣の建物なんですけど、あそこ居酒屋だったんでしょうか?
「え? 居酒屋じゃない、酒屋さんだったの」

ーーえ? でもバス停には「居酒屋」ってなってますよね?
「え? 酒屋のはずですよ?」

ーーえ?

え? の応酬が続いたのだけど、よくよく話を聞いてみると、ぼくが間違っている事が判明した。バス停名は正しくは「下安居(しもあご)酒屋」だった。切る場所間違えた。

「そこの酒屋さんは、もともと造酒屋さんでね、30年ぐらいまえに造酒屋はやめちゃったんだけど、子供さんが後ついで酒屋さんしてたんです」

ーー今はもう酒屋さんはされてない?
「そう、3年ぐらい前までやってたんだけどね」

ーーさっき隣のバス停の木部煙草店行ったんですけど、そこも3年ぐらい前に店閉めちゃったって言ってました
「そうなのよ、この通りは店が無くなっちゃって、バスも昔はもっとあったんだけど、今は学校の通学だけ」

ーー1日3本だけですね
「昔はもっと賑やかだったんだけど、南の方にバイバスができちゃって、みんなそっちの方通るから」
一日3本のみ。土日は運休。かなり凶暴なスケジュール
一日3本のみ。土日は運休。かなり凶暴なスケジュール
高速道路に接続する新しい道が南の方に整備されたため、こちらの道沿いは寂れてしまったそうだ。

「私はもっと田舎からここにお嫁に来たんだけど、お嫁に来るときに『隣に店もあるし、バス停もすぐ近くだから』って言われて、嫁いだ時は都会にきたような気がしてたけど、
今はもうこんなですよ、アハハハ」

ついつられて一緒にアハハなんて笑ってしまったのだけど、良かったのだろうか……。

川島呉服店

続いてやってきたのは川島呉服店。
果たして今でも呉服を取り扱っているのか
果たして今でも呉服を取り扱っているのか
ここは看板を掲げた商店があった。
田んぼの中にポツンとある呉服店
田んぼの中にポツンとある呉服店
様子を見ると店の中は薄暗い。しかし、中に人が何人かいる。入って聞いてみたところ、やはりバス停名はこちらのお店のことだった。
お店の中はガランとしており、商品なども一切なく、物置のようになっている。

ーー今、営業はされてないんですよね?
「そう、おじいちゃんが亡くなってからだから、かれこれ10年ぐらいかしら?」
ここも、既に営業はしていなかった。

辰巳屋前

そしていよいよ最後のバス停、辰巳屋前だ。
小売を撤退したラジオ店以外、どの商店もすべて閉店していた。最後のこの辰巳屋は果たして営業はしているのだろうか?
おぉ、スーパー、辰巳屋!
おぉ、スーパー、辰巳屋!
辰巳屋はスーパーとして営業中だった。

レジのおばちゃんにいつからスーパーになったのか聞いてみたところ、30年ぐらい前にスーパーになったらしい。
元々、日用雑貨の店だったのが、2代目の社長の時にスーパーに衣替えしたらしい。

なぜだかわからないけれど、つい嬉しくなってパンやらガムやらを買ってしまった。

生き残るには変わらなければならない、のか?

1日3本しかない便うちの貴重な1本
1日3本しかない便うちの貴重な1本

以上、8箇所見て回ったところ、今でも営業中のお店は2軒のみだった。
その2軒はいずれも業態を進化させたり、変えたりして生き残っているのだ。「時代の変化に対応し」って言葉はよく聞くけど、あんまりピンとこなかった。
でも、なんとなくどういうことなのかちょっとだけわかったような気がした。

と、まとめがなんかよくあるビジネス格言みたいになってしまってなんかむずがゆい。
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