特集 2012年11月15日

ロンドンとパリで古い運河に興奮した

花の都、パリ(の地下)
花の都、パリ(の地下)
ロンドンといえばテムズ川。パリといえばセーヌ川。
どちらも街の顔として大きな川が東西に流れる都市で、川のクルーズは定番コースとして観光ツアーに組み込まれることが多い。
そんな川の街の小さな運河では、いまも現役で運河周りの古い設備が動き続けていた。しかも、古さのレベルが東京とは違っていた。なんたって、産業革命の時代から歴史があるのだ。
1984年うまれ、石川県金沢市出身。邪道と言われることの多い人生です。東京とエスカレーターと高架橋脚を愛しています。

前の記事:年に1度だけ開かれるエスカレーターの総本山に行ってきた

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手動式ロックゲートが現役のGrand Union Canal

今年9月、このエスカレーターを見るためにロンドンに行った私は、到着翌日に無事目的を達成したあと、ロンドンでの優雅な休暇を満喫するつもりだった。
この構造物を見るまでは。
それがこれだ。なんだこれ。ちっちゃいダムか何かか。
それがこれだ。なんだこれ。ちっちゃいダムか何かか。
と思ってたら船がでてきた。
と思ってたら船がでてきた。
船が出終わると
船が出終わると
なにやら操作を始めるおっちゃん。
なにやら操作を始めるおっちゃん。
うわー、これ手動式のロックゲートじゃないですか!しかも扉は木製!
うわー、これ手動式のロックゲートじゃないですか!しかも扉は木製!
反対側はこのとおり。すごい水位差を古い観音開きの門が支えてる!いや、支えてない、だいぶ漏れているけれども…!
反対側はこのとおり。すごい水位差を古い観音開きの門が支えてる!いや、支えてない、だいぶ漏れているけれども…!
やってきたのは、手持ちのガイドブックに「地元っ子たちの定番お散歩コース」として紹介されていた、ロンドン北部のGrand Union Canalの遊歩道だ。
この日はあいにくの雨で、東京なら「危険!雨の日は通行禁止!」となりそうな道だったが、地元っ子は意に介さずストイックにサイクリングやランニングに励んでいる。
この日はあいにくの雨で、東京なら「危険!雨の日は通行禁止!」となりそうな道だったが、地元っ子は意に介さずストイックにサイクリングやランニングに励んでいる。
川沿いにはさっき出て行ったのと同じ形の船がたくさんとまっており、晴れた日には、船の上で本屋さんなども開かれるようだ。かっこいい。
川沿いにはさっき出て行ったのと同じ形の船がたくさんとまっており、晴れた日には、船の上で本屋さんなども開かれるようだ。かっこいい。

大きな地図で見る
地図でいうとここだ。「Lock7」と載っているのが、問題のそれである。
ロックゲート、日本語でいうと閘門(こうもん)は、水位差のある川を船が進むために、二重の門の間で水位を調整するものだ。東京だと、我らが江東区(区民です)の低い地盤にある住宅を守るため、扇橋閘門と荒川閘門で水位をコントロールしている(こちらの記事にくわしい)。

テムズ川から丘へと向かうこの運河では、自然の地形に沿うとかなりの急流になってしまうため、こうやってところどころにロックゲートを設けて水位を調整しながら船が行き来するんだそうだ。
ちょうどまた船がやってきたので、勝手に見学させてもらうことにした。
片方だけしか開けずにあえてギリギリで通ってくるところに、自転車の片手運転がかっこいい的な憧れを感じる。
片方だけしか開けずにあえてギリギリで通ってくるところに、自転車の片手運転がかっこいい的な憧れを感じる。
はしごをつかって
はしごをつかって
あいている門の側にのぼり
あいている門の側にのぼり
そのまま扉を手で閉める。ごごごごご。
そのまま扉を手で閉める。ごごごごご。
そして反対側の門のハンドルをぐるぐるまわすと…どどどどどっと音がして水が流れこみ、門内に水をためていく
そして反対側の門のハンドルをぐるぐるまわすと…どどどどどっと音がして水が流れこみ、門内に水をためていく
水がたまったら門を開ける。
水がたまったら門を開ける。
また片方だけ開けて
また片方だけ開けて
行ってしまった。
行ってしまった。
超クール!THE「手慣れてる」って感じ!
このGrand Union Canal、元々は産業革命の街ロンドンで、石炭輸送の大動脈としてつかわれていたもので、その長さはなんと220km、ロックゲートの数は166におよぶらしい(Wikipediaより)。その後、船運は衰退したが、戦後になってから、この運河を利用してときには何泊も寝泊まりしながら旅をするのが、新しいレジャーとして定着したのだそうだ。
そんなわけで、この手動ロックゲートは、おそらく産業革命の時代から、そのままずっと大事に使われているというわけだ。
上から眺めると、小規模な施設ながら、右と左でけっこうすごい水位差に興奮する。
上から眺めると、小規模な施設ながら、右と左でけっこうすごい水位差に興奮する。
ロックゲートのかっこよさは、2つの門の間で増えたり減ったりものすごい水量が動くところにあるのだが、こんな一歩踏み出せばすぐにでも落ちられる場所でそれを見学できるのがすごい。さらに地元っ子はこの門自体の上をひょいひょいと渡っていたが、私が真似すると確実に落ちて死ぬパターンなので我慢する。
ちなみに先ほど水門を操作していたのは女性だ。
すごい水圧に負けずに門を動かすために、なにか仕掛けでもあるのかとおもったら、足をひっかけやすいように石のでっぱりがつけられていた。
って、そういうことじゃなくて、なんか重りとか、歯車とか…ない、ないのね。完全に手動なのね…!
って、そういうことじゃなくて、なんか重りとか、歯車とか…ない、ないのね。完全に手動なのね…!
地味だ。とても地味だが、そのことが余計に、生活の中で脈々と受け継がれてきた歴史を感じさせて、ちょっとくらくらする。だって200年だ。近所の公園の水飲み場が、じつは江戸時代から200年使われている井戸です、みたいな衝撃だ。いや、そのたとえもやっぱり地味か。
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地下に水のトンネルがある!

このGrand Union Canalのもう少し上流に、やはりガイドブックに「地元っ子たちの週末ショッピングスポット」として紹介されている、Angel駅があるのだが、その近くに運河のきれる地点がある。どうなっているのか気になってやってきた。
とぎれた地点は緑地公園になっていて
とぎれた地点は緑地公園になっていて
上からここまでの運河が見渡せる。ここが最終地点…と思いきや…
上からここまでの運河が見渡せる。ここが最終地点…と思いきや…
あ!トンネルになってる!
あ!トンネルになってる!
立看板に、「ここは立入禁止です」ということが書いてあるのだと思ったら、「注意して進んでね」と書いてある。
立看板に、「ここは立入禁止です」ということが書いてあるのだと思ったら、「注意して進んでね」と書いてある。
さらに、このあたりはフリーで船を停泊しておけるエリアらしい。庶民派運河のGrand Union Canal、かなり好感度が高い。
さらに、このあたりはフリーで船を停泊しておけるエリアらしい。庶民派運河のGrand Union Canal、かなり好感度が高い。

大きな地図で見る
地図でみるとここだ。この途切れた部分が全部、地下でつながってるっていうのか!
そんなの絶対ものすごく楽しいにきまってるじゃないか!なんてことだ!
と思っていたら、仲の良さそうなおっちゃん2人の乗った船がやってきて
と思っていたら、仲の良さそうなおっちゃん2人の乗った船がやってきて
トンネルに入っていった。日常にひそむ冒険だ。
トンネルに入っていった。日常にひそむ冒険だ。
ものすごく羨ましい。
愛想良く手を振ってくれたので、ここはひとつ「乗せてくれ!」とお願いしてみようかと思ったくらいだ。もうちょっと英語ができたらやっていた。
いつか私だって…と見果てぬ夢を見たのだが、「地下のトンネル水路に入りたい」という夢は、次の渡航先のパリで、早速かなうことになる。

パリはサン・マルタン運河がすごい

パリの運河クルーズといえばセーヌ川だが、じつはセーヌ川から丘にむかってのぼっていく人工河川、サン・マルタン運河にも、2つのクルーズ会社の定期観光船がある。この運河も、「いま地元っ子に人気のおしゃれスポット」として、やはり手持ちのガイドブックに載っていた。私は「地元っ子に人気」をアピールされると弱いのだ。
このサン・マルタン運河、映画『アメリ』の舞台にもなったそうで、運河沿いは東京で言うなら外苑前のイチョウ並木ぐらいのデートスポットである。
このサン・マルタン運河、映画『アメリ』の舞台にもなったそうで、運河沿いは東京で言うなら外苑前のイチョウ並木ぐらいのデートスポットである。
が、ちょっと待て、そこに見えるのはロックゲートだろう。
が、ちょっと待て、そこに見えるのはロックゲートだろう。
そこへ、かなり大きめの観光船がやってきた。その橋、どうやって超えるつもりか。
そこへ、かなり大きめの観光船がやってきた。その橋、どうやって超えるつもりか。
!! 橋のほうがぐるんと回転して道をあけた!
!! 橋のほうがぐるんと回転して道をあけた!
このサン・マルタン運河、現地に着くまでは、「アメリの愛したパリ下町クルーズ」みたいなのんびりしたものなのだろうと勝手に想像していたのだが、その高低差は25m。3箇所の回転橋で船を通し、5箇所にあるロックゲートで船をぐいぐいあげて進む、一大アドベンチャークルーズが楽しめるのである。
ロックゲートぴったりの横幅におさまる観光船。
ロックゲートぴったりの横幅におさまる観光船。
そしてこの運河のロックゲートは二重である。一度水位をあげて扉を開けて
そしてこの運河のロックゲートは二重である。一度水位をあげて扉を開けて
また閉めて、もう一度水位をあげる。 観賞用に高い位置に歩道橋まで架けられていてすごいなーと思って見ていたら、
また閉めて、もう一度水位をあげる。 観賞用に高い位置に歩道橋まで架けられていてすごいなーと思って見ていたら、
もちろんその高さギリギリまで船が上がってくるわけである。
もちろんその高さギリギリまで船が上がってくるわけである。
上流の船乗り場に向かっていたら、あやしい橋があった。これもどうせ跳ね上がったり回転したりするんだろうと思っていたら
水平を保ったまま持ちあがりだした!そうきたか!
ぎりぎりの船が通っていく。
ぎりぎりの船が通っていく。
で、この船に、いまから乗ろうというわけだ。
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ロックゲートと回転橋を楽しむパリの観光クルーズ

Parc de la Villetteという公園に、さっき橋をくぐっていった船が待っていた。こちらも、隅田川クルーズでよく見かけるような、大きな観光船である。
Parc de la Villetteという公園に、さっき橋をくぐっていった船が待っていた。こちらも、隅田川クルーズでよく見かけるような、大きな観光船である。
船が泊まっている先には低い橋が架かって、行き止まりのマークが出ていたので、ここが運河の起点だろうと思っていたら、気づくとその橋もぐるぐる回転してさらに向こう側から船を通していた。まったく気が抜けない。
船が泊まっている先には低い橋が架かって、行き止まりのマークが出ていたので、ここが運河の起点だろうと思っていたら、気づくとその橋もぐるぐる回転してさらに向こう側から船を通していた。まったく気が抜けない。

より大きな地図で サン・マルタン運河クルーズ を表示
地図で確認すると、サン・マルタン運河はここからべつの運河につながって、さらにずぅっとまだまだ上流までつづいている。おそるべしヨーロッパの人口河川。
このクルーズ、私はさっき見てきたのでこれからどういう楽しいことが起こるのか知っているのだが、ぞくぞくと大型バスでやってくるヨーロッパ各国のお年寄り観光ツアーで埋まった客席を見るに、皆さんはたしてロックゲートやら回転橋やら楽しめるのだろうかと余計な心配をする。
しかし、早速第一のロックゲートで、先頭かぶりつきの位置は押すな押すなの大盛況に。
しかし、早速第一のロックゲートで、先頭かぶりつきの位置は押すな押すなの大盛況に。
ぐんぐん水位がさがっていく!健康診断で血を抜かれるときと同じ快感である。
ぐんぐん水位がさがっていく!健康診断で血を抜かれるときと同じ快感である。
門が開いて
門が開いて
さらにもうひとつの門へ。先頭かぶりつきだと、水位の差がよく見えて断崖絶壁気分。
さらにもうひとつの門へ。先頭かぶりつきだと、水位の差がよく見えて断崖絶壁気分。
またぐんぐん水位を下げてゆく!
またぐんぐん水位を下げてゆく!
これをあと4回体験できる!
ロックゲート好き(私だ)にはポケットをたたくと増えるクッキーみたいなうまい話だが、うん、だいたいのお年寄りはおおむね最初の1回で満足された様子で席に戻っていた。二重ロックゲートだから、けっこう時間がかかるのよね。
ロックゲートで水位が一定に保たれているので、運河と道路の高さの差がほとんどない。ギリギリまでなみなみと水が蓄えられているのを見ると、心豊かな気持ちになるぞ。
ロックゲートで水位が一定に保たれているので、運河と道路の高さの差がほとんどない。ギリギリまでなみなみと水が蓄えられているのを見ると、心豊かな気持ちになるぞ。
橋も低い。この低い橋はそして、ぐるぐるまわって道をあけてくれる。
橋も低い。この低い橋はそして、ぐるぐるまわって道をあけてくれる。
船が通る間、自転車や車は足止めされる。ガイドさんが「はい、にっこり笑って愛想をふりまいてくださ~い」と乗客に指示していた。
船が通る間、自転車や車は足止めされる。ガイドさんが「はい、にっこり笑って愛想をふりまいてくださ~い」と乗客に指示していた。
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バスティーユの地下に秘密のトンネルが!

ところでサン・マルタン運河は地図で見ると、セーヌ川に流れ込む手前のバスティーユ広場の前で途切れている。バスティーユといったら、フランス革命で有名な歴史的な地なだけでなく、現在もパリの主要道路が交わる重要な広場のひとつ。さすがにここを回転橋にして船を通すと交通網がだいぶ麻痺しちゃう。私は東京の例を鑑み、「ああ、地上の交通量拡大にともなって、埋め立てて公園にした類のひとつなんだな」と考えていたのだけれど。
ここがその入り口だ
ここがその入り口だ
ロックゲートでまたぐんぐん水位を下げて
ロックゲートでまたぐんぐん水位を下げて
ずんずん入っていくのだ。地下に。
ずんずん入っていくのだ。地下に。
わぁ、ここがあのバスティーユの地下だというのか…!
わぁ、ここがあのバスティーユの地下だというのか…!
本当に入ってきちゃったよ…パリに来るのはじつは4回目なのだが、何度も通ったバスティーユ駅の地下がまさかこんなことになっているなんて、本当に全然気づかなかった。しかも、そこを毎日合計4便の定期観光船が通っているのである。ぜんぜん秘密でも秘境でもないじゃないか。
なのに、なんなんだこの秘境っぽさは!
なのに、なんなんだこの秘境っぽさは!
天井の空気穴から光がさしこみ、やたらと神秘的な空間である。パリには非合法で地下に住んでいる文字通りアングラなひとたちがいると報道されていたが、地下に住んじゃう気持ちもわかる。だって、こんな地下ならきっと居心地よさそうだもの…!
ドーム状の天井がうっかり教会っぽさを漂わせる。
ドーム状の天井がうっかり教会っぽさを漂わせる。
フランス革命万歳…!(その革命はあまり関係ない)
フランス革命万歳…!(その革命はあまり関係ない)
このあと、バスティーユの駅のすぐ南側にある港に出て
このあと、バスティーユの駅のすぐ南側にある港に出て
ここから最後のロックゲートを抜けてセーヌ川へ…!
ここから最後のロックゲートを抜けてセーヌ川へ…!
船はセーヌ川をさらに進んで、パリのルーブル美術館やらノートルダム寺院やらの超有名観光地をがんがんめぐり、オルセー美術館前につけてくれるのだが、ちょうどここであいにく雨が強くなってしまって船の中に入ったのでこのあとの写真はない。

いま、川が全世界的に熱い…!(のか!?)

こうして私の優雅な休暇は、ガイドブックのおすすめのままに地元っ子に人気の場所をめぐった結果、ロンドンとパリの有名じゃないほうの川に完全に持っていかれてしまったのだった(とっても楽しかった)。東京でもなにかと川に漕ぎ出している私だが、東京のガイドブックにも「いま日本橋川の高架下が熱い」とかふつうに載るようになったらいいなぁとおもう。
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