特集 2013年3月11日

書き出し小説大賞・第13回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第十三回目である。

外もめっきり春めいてきた。近所の公園は梅が見頃だ。可憐な花に、凶暴は一眼レンズを構えた老兵たちが食い入るような接写を試みる。この時期の梅園は、のどかな戦場である。
今週も集まった珠玉の書き出し集。食い入るように読んでいただきたい。

書き出し自由部門


呼んでもないのに、春が来た。鼻先に落ちた花弁に、和夫は笑った。
表情豊
笑いに含まれたさまざまな感情。

ああ、この二人は恋に落ちる。だいたい初日にわかってしまう。たぶん一般的に思われている以上に、教壇は見晴らしがいい。
suzukishika
教壇目線の学園ドラマ。

彼は嘘をつくと目が泳ぐ、汗をかく、触手がうねる。全部お見通しだ。
概念覆す
おまけに分裂をはじめた。

「お返しは三倍返しね」そう言われた途端固まってしまったボクを見て、彼女は「バカね」と笑った。
ブサイクにモザイク
どこが固まったのだろう。

タクシー運転手と話し始めるとき、ぼくは童貞だった頃を思い出す。
金田一
背中越しの会話がそうさせるのだろうか。言われてみればたしかに共感。

父の七回忌に、私にそっくりな女が焼香に来た。
xissa
実母にもドッペルゲンガーにもとれる。

宮田女史には爪を噛む癖がある。完璧であったはずの彼女は、親指だけが不完全だったのだ。
新品の畳
完璧なものに物語は生まれない。

鏡に付いた水滴と、歯磨き粉の汚れを拭きとった。奇麗になった鏡はより克明に私の顔を映し出す。眼の下の隈が酷い。
とらバーム
リアルな疲労感。手順の描写が効いている。

メロウなバラードに突如はさまるラップパート。意気揚々と歩み出た彼に観客の白い視線が注がれる。
大伴
場に漂う「またはじまった感」。

皆が端末を掲げる中、彼女は両指のフレームで夜空の花火を切り取っていた。
タコさん
見返さない写真より、一瞬の記憶。

古事記にする?日本書紀にする?それとも風・土・記?
吉蔵
土記っ!とする文末。

物語が伝わるとき、読み手と書き手の間にはある種の共感が生じる。
金田一氏、とらバーム氏の作品にはストレートな共感を感じる。表情豊氏の作品は、巧みな語り口で読み手へ共感を迫る。書かれた内容と同じ経験はなくとも、大伴氏、タコさん氏らの作品は読者の心を代弁する。?蔵氏の作品に生じる共感は、謎だ。しかしこの書き出しを思いついたときの、作者の手応えは伝わる。それもまたひとつの共感なのではないだろうか。

さて今回の規定部門、モチーフは「忍者」であった。
ネタ系から萌え系、忍者ならではのトリッキーな作品が集まった。ではさっそく書き出し小説家たちの忍法を紹介しよう。

書き出し規定部門(モチーフ・忍者)


通勤電車と並走する沢山の忍者達が、ボクの部屋のベランダを駆け抜けていく
雷系
隣りの住人はキオスクを始めた。

「もうイヤっ!!パパなんて大ッ嫌い!!!」煙玉を地面に叩きつけ、シゲ美は走り去った。
雷花
そんな娘の成長が誇らしくもある父であった。

広瀬の家の玄関を開けるといきなり穴に落ち、目の前の壁を押したら一回転して庭に出た。
おかめちゃん
給食のデザート、いまだ渡せず。

隠れ身の術にリバーシブルの布を使うのは、ときに致命傷を招く。
おかめちゃん
土塀で石垣模様使った!

「寒かったでしょ」牡丹はそう言って私のコートを脱がすと、壁に刺さった手裏剣に掛けた。
ヨーヨー大会
牡丹は愛人だろうか。

天井裏でファブリーズをかける音がした。
トマレ
続いてバルサンの白煙が…。

「このガマ乗りにくいわね」女は不機嫌そうにそう言った。
夏猫
俺のガマの後ろにお乗りよ!

好きになった人がたまたま忍者だっただけ。そう言うと知子は折り紙で手裏剣を作り始めた。
トミ子
会ったことはないけど。

父さんは妹をかばって死んだ。
母さんは弟をかばって死んだ。
そうして、誰にも愛されなかった私だけが生き延びた。
織部考子
冒頭三行でキャラの陰影を見事に描いた。

あの人も、この巻物をくわえたのだろうか。ふとそんな考えが脳裏をよぎり、俺の集中力は途切れた。もう逃げ切れないかもしれない。
てこん道
縦にくわえたとしたら…?

あしたはうんどうかいです。せんせいがうでをふってはしるとはやくはしれるよといってやってみたらすごくはやくなりました。へんなはしりかたがなおってうれしかったです。おとうさんにみてもらうのがたのしみです。
山本ゆうご
腕は顔の前で固定。じゃなかった。

コンベアを流れる、均等な大きさの丸太。身代わり用丸太の生産は、忍びの里に春を告げる。
しろみ
余った丸太はシイタケ栽培に。

カラフルなペンで「伊賀OB会」と書かれた父のボトルを、近所のスナックで見つけた。
TOKUNAGA
隠れ家的スナックで。

「貴女はもう、忍ばなくていい」そう言った彼は花嫁のベールを上げるかのように、私の頭巾をそっと外した。
とらぼ
くノ一の三画が「女」に重なった瞬間。

「忍者の末裔なの?…だったら、それを隠し通すのが粋じゃない?」そんなことを言うのは、君が初めてだった。
赤嶺総理
忍(は想いを告げぬ)者。

出題したときは少しハードルの高いお題かと思ったが、今回もレヴェルの高い作品が出揃った。
考えてみれば忍者というモチーフにはさまざまな小道具が思いつくし、設定次第でユニークな異化効果も望める。おかめちゃん氏、雷花氏などの作品は忍者ネタを上手く作品に昇華させた。
とらぼ氏、てこん道氏など恋愛モノが多いのは意外だった。ふだん心を見せない忍者だからこそ、逆に内面への妄想が広がるのだろうか。織部考子氏の作品はハードにキメた。山本ゆうご氏の作品は文体プラス考えオチ。忍者モチーフにふさわしく、どの作品にも技が光る。

それでは次回の規定部門モチーフを発表する。
次回モチーフ
もともと自由部門でも人気の高かった『猫』をあらためてお題として取り上げる。『吾輩は猫である』に代表されるように、猫は日本文学にとって永遠のテーマかもしれない。
いつものように猫に関係するもの、想起させるものならジャンル、文体、その他は問わない。自由な発想でこの愛すべきモチーフと戯れて欲しい。締め切り告知、応募フォームは一番最後にある。

続いては今月の月間賞。
今回の選考は先日カルチャーカルチャーで行われた「国際GIFアニメーションアワード」の終了後、急遽行われた。
ゲスト審査員は林雄司氏と、たまたま居合わせた「ダンボールリカちゃん」でお馴染みのデイリーライター大北栄人氏。以下は選考の模様である。
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天久「大北くんは審査はじめてだよね。よろしく」
大北「おう!ワイや!大北や!全国のニート諸君にひと言!置かれた場所で咲きなさい!以上や!」
林「いいよ。無理してキャラつくんなくて」
大北「すいません」
天久「今日は七三分けじゃないね。(大北氏の七三分けレポートは こちら)」
大北「髪型は違いますけど、脳が七三分けなんです。右脳七で左脳三」
天久「そうなんだ。まあ、よろしく(笑)ところで今月から新たに規定部門が出来たんだけど」
林「規定、盛り上がってますね。やはりお題があった方が考えやすいんですかね」
天久「うん。それに自由部門だとどうしても常連が強いから。規定だと新人さんも参加しやすい」
大北「私のアイデアがお役に立ったようでよかったです」
天久「堂々と手柄盗むなあ。逆に感動」
林「じゃあ先に個人賞から。僕はこのさいしんどうさんの作品で」

「ねんど」だ!高校以来だから10年ぶりか。ものすごくいい女になってる。ああ、本名が思い出せない。
天久「『ねんど』がいいね。そういうあだ名の女の子が10年ぶりの再会で超美人になってたと」
林「村上春樹の短編で『100パーセントの女の子』ってのがあるんですけど、なんとなくそれを思い出しました」
大北「すごい初期のヤツですね」
林「うん。その小説はただ素敵な女の子とすれ違うだけで内容的には違うんですけど、このハッとしつつも、もどかしい感じが」
天久「でも元はねんど(笑)」
林「そこがいいんですよね。場面は劇的なのにちゃんと笑いへの担保がある」
天久「ねんどってあだ名のときはどんな顔だったんだろうね」
林「僕なぜかピエール瀧さんの顔が浮かびました」
大北「それにちびまる子ちゃんの体がついてるイメージ(笑)」
天久「瀧さんが超美人になるって…(笑)」
大北「インディアン系が入ってると思うので、ワイルド系の美人になるかもしれません」
天久「大北くんは?」
大北「僕は概念覆す氏のこれで」

妹が鱧を骨切りする音で目覚めた。清々しい朝だ。
天久「これは規定部門『妹』の作品だな。意外性あるよね。鱧ってことは京都かな」
大北「朝のきりっとした空気の中、骨切りのリズミカルな音が。ザクッザクッって。清々しい作品です」
林「実際に妹の描写はなくて、布団から音だけが聞こえてるってのもいい」
大北「このへんにイメージの余白を残してるのはテクですよね。鱧の骨切りってホント熟練の板前にしかできないんです。皮1ミリくらい残して骨だけを切るって」
天久「それ出来てる妹ってのがミステリアスだよ。ちょっとホラーも入ってない?」
大北「骨切りですもんね。夜中に包丁研ぐ鬼婆的な、はんなりそのニュアンスも入ってる」
天久「じゃあ俺の個人賞。俺も『妹』の規定作品で、TOKUNAGA氏のコレ」

「兄者!風呂だぞ!」「うん」
大北「たった二言の台詞でこのインパクト!」
天久「兄者の方は妹の肩に乗ってるイメージじゃない?」
林「フランケンっぽい妹の肩にちょこんと兄が」
大北「『うん』の言い方も想像できますね」
天久「まったく主体性の感じられない、か細い『うん』だよ」
大北「影薄い兄ですねー(笑)」
天久「逆に妹可愛い設定にすると、すげえ萌え系の作品になる」
林「桐島のヒロインの、橋本愛だっけ。彼女にこんなこと言われたらひと月くらいそれで生きられる(笑)」
天久「これ読んでどんな妹想像するかで、そのひとの性向も分かる。じゃあ月間賞の方を」
林「僕は文句なくYves Saint Lauにゃんさんのコレ」

メールではじまった恋は最高裁で幕をとじた。
天久「これは完璧だよね」
林「規定部門『失恋』で来た作品です」
大北「失恋テーマって繊細なものになりがちなのに、こんなドラマティックな」
天久「それをこの文量で収めてんだからね。いい当たりのホームラン見た感じ。俺はコレを推します。兎は月を見てぴょんと跳ねたさん」

身長30cmほどの小人が1エーカーの森を散歩していた。1歩歩くと2人になり、2歩歩くと4人になり、22歩歩く頃には森に歩くスペースが残っていなかったので、その日の散歩はそれでお終いにした。
林「なんか海外小説の翻訳みたいな。よく出来てる」
天久「岸本佐知子さんの翻訳作品みたいな感じだよね。実はこの投稿者のひと、自分でも手応えあったみたいで最近も同じ『1エーカーモノ』書いてくれたんだよ」
大北「シリーズものにしてるんですね。個人的に」
天久「そっちは採用できなかったけど、うれしいよね。この募集がきっかけで書き出しには収まらない小説や、シリーズモノを思いついたら是非募集とは関係なく自分で長いの書いて欲しい。そういう創作のきっけになるってのもこの企画の意義だと思う」
大北「じゃあ、僕は大伴さんのコレ」

席をつめたがカップルは座ろうとせず、私はただ横の老婆にすり寄っただけの人間になってしまった。
大北「なんにも起きてないってのが新しいです(笑)」
天久「こういう瞬間って人生に多々あるよね。誰にも伝わらない、本人もすぐに忘れてしまうどうでもいい事実」
大北「カウンターと壁の間をカニ歩きで便所へ向かうとか」
林「そんな事実をいっこ救ったことだけで、この作品の意義があると思います」
天久「と、いうわけで今月も素晴らしい作品が選ばれました。大北くん締めて!」
大北「閉経!ガラガラ~~~!」

書き出し文学
2月月間賞

メールではじまった恋は最高裁で幕をとじた。
Yves Saint Lauにゃん

身長30cmほどの小人が1エーカーの森を散歩していた。1歩歩くと2人になり、2歩歩くと4人になり、22歩歩く頃には森に歩くスペースが残っていなかったので、その日の散歩はそれでお終いにした
兎は月を見てぴょんと跳ねた

席をつめたがカップルは座ろうとせず、私はただ横の老婆にすり寄っただけの人間になってしまった。
大伴
天久賞

「兄者!風呂だぞ!」「うん」
TOKUNAGA
林賞

「ねんど」だ!高校以来だから10年ぶりか。ものすごくいい女になってる。ああ、本名が思い出せない。
さいしんどう
大北賞

妹が鱧を骨切りする音で目覚めた。清々しい朝だ。
概念覆す

さて、次回の締め切りは3月19日正午、発表は同月21日を予定している。 自由部門、規定部門を選択し、以下の投稿フォームで応募されたし!諸君からの力作をお待ちしております。
(最終選考通過者)

トミ子/オメガ/ぽこあぽこ/夏子//cacaca/ただの県民/菅原 aka $.U.Z.Y./伊東和彦/ふじ/はーな/は月を見てぴょんと跳ねた/ノーモア/真好/dekuno/すり身/oribesgarden/トニヲ/unnnunn/紙製梱包具/box//Risyo/卯の花/レイナパステル/トドノ/ぞんびのアンテナ/ゆとりバルス/大倉野のりゆき/悠弥/ナカジマ/生おにぎり/ぷるぷる/棗丸/カーリーハウス/fumi/イワモト/dekuno/K-SUKE/よしおう/小夜子/梅子/畑のお肉/ハラセン/靖丸/五月雨のパンツ/猫追い/
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