特集 2013年3月21日

書き出し小説大賞・第14回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第十四回目である。

先日テレビでフィギュアスケートを見た。コーチと得点を待つあの場所のことをキス&クライというらしい。なにか大仰すぎて気恥ずかしい。ドキドキスポットくらいでいいんじゃないだろうか。 今週も厳選された珠玉の書き出し小説。固唾を飲んで読んでいただきたい。

書き出し自由部門

深夜ラジオで親父の遺言を聴いた。
よしおう
ラジオネームは俺が継ぐ。
あと三秒しか無い。時報が鳴り、一気に含んだバームクーヘンが口の中で賞味期限切れになった。
unnnunn
途端に味がなくなった。
採血します。親指を軽く握ってください。アルコール綿を片手に振り返った私の眼には、右手で左手の親指をしっかりと握って座るおじいちゃんの姿が映った。
xissa
骨張った拳が縦に並んでる。
ずっと「あ」の口もしんどいけど、あいつも「うん」ばっかりでしんどいやろうな。今朝も高野山は冷えるわ。
おかめちゃん
仁王像にアフレコ。
有益なことしか語らない紳士たちは、有益なことのみを語り合いながら、客船もろとも沈んでいった。
ごぶりん
タイタニックの楽団のように。
結局、何の唐揚げかは教えてもらえなかった。
TOKUNAGA
料理は結果論。美味ければ良し。
疲れきった体を湯舟に沈めると、陰毛が微細な気泡をまとい、樹氷のように見えた。多朗吉は無性に田舎が恋しくなった。
g-udon
湯舟を出ると、樹氷は海藻に変わった。
まずい飯を食ってから、君のことを考えるつもりでいた。
トマレ
やさぐれ感とほのかな純情。
まぶたの裏にイケメンを飼っている。
みそぺろ
右に草食イケメン、左に肉食イケメン。
誰かに話を聞いて欲しくて、明美は電波塔をジャックした。
只の
「ウチらは年金もらえるのーっ?!」
ニスを塗った祖母は新車と見紛うばかりの光沢を帯びている。
TOKUNAGA
ショールームに飾りたい。
余白に愛のことばを書きこまれ、海を渡ってしまったので、うちの花札には坊主が一枚足りない。
吉蔵
謎めいた書き出しにイメージ膨らむ。
仕舞い忘れた自転車が雪解けとともに姿を見せた。サドルのスポンジはたっぷりと水を含んでいるだろう。辺りに人がいないのを確認した悦子は恐る恐るサドルに腰掛けた。褐色の水滴がふくらはぎを濡らす。
てれてれぼうず
ペダルに乗せた、つま先が震えた。

今回も手堅い秀作が揃った。 レヴェル的には申し分ないのだが、欲を言えばもう少し新鮮味が欲しい。書き出し小説も回を重ね成熟したとも言えるが、完成度が高まったぶん作品自体がきれいに完結したタイプの作品が増加し、書き出し本来の「続きを期待させるワクワク感」が若干乏しい気がした。いかに読者へ余白を委ねるか、いま一度そのあたりに心を砕いて欲しい。
てれてれぼうず氏の作品。日常にここまで官能性を見出した才能と描写力に脱帽。次は何に感じるのか、悦子シリーズ、個人的には楽しみです。
今回は採用ライン上で悩んだ作品が多かった。最終選考通過者には次の「会心の当たり」を期待する。

続いては今回の規定部門、モチーフは「猫」であった。
主観モノからリアル描写まで多様な作品が集まった。まずは秀作13本をご覧いただこう。

書き出し規定部門(モチーフ・猫)

庭先の猫が春を咥えてやってきた。
夏猫
野性と抒情。
「金魚よりも雀が旨い」そんな話も出来ない奴らが野良を語る時代になった。
皮すけ
野良も世代交代。
「だったら私はどうすればよかったんです?」
この会議が始まってからどれくらいの時間が経っただろうか。未だに十二支を外された納得感のある理由は聞き出せていない。
春乃はじめ
エサだって干支に入ってるのに…。
これから「宇宙の奇跡」とも呼ばれる最高にエレガントなある動物の話をしようかにゃと思う。
ぽこあぽこ
なんだ自慢か。
前の家には炬燵があった。
Yves Saint Lauにゃん
世間擦れ。
今日も彼は帰ってこなかった。一人分のパスタをゆでる。窓に月。足元に落ちた乾麺を、猫がぽりぽり齧っている。
xissa
月明かりの猫、リアルな描写。
見慣れないストッキングの膝がこたつの中に現れた。ふいに布団が持ち上がり、顔を突っ込んできた女と目が合う。俺のひげがキュッと引き締まった。
棗丸
ここはキメ顔。
タマが猫じゃない事に、最近家族もうすうす気付き出した。
TOKUNAGA
猫を被っていた。
「突入!」その掛け声を合図に何匹もの猫達が、俺の肩を踏み台に煙幕で覆われたビル内に飛び込んでゆく。
トニヲ
レスキュー猫。肩に肉球の感触をイメージして読みたい。
猫は真珠を受け取り、豚に小判を差し出した。
タンポポ鬼馬二
交渉成立。
「この小憎らしい肉球さばきは『速跡の銀次』の仕業に違いねぇ」コンクリに屈み込んで親方は歯噛みした。
只の
生乾きコンクリートの誘惑には勝てない。
猫が改札機の上で口のまわりを血だらけにしながら美味しそうに鳩を食べている。「駅長」そう書かれた札は血で汚れ、もう読むことはできない。村おこしは失敗だ。
トニヲ
明らかに選んだ側の責任。
ちっちっちっちっちっちっ、ちっちっちっちっちっちっ、ちっちっちっちっちっちっ、ちっちっ……チッ
哲ロマ
逃げた。

「吾輩は猫である」の伝統に則った一人称、というか猫人称(?)に面白いものが多かった。ぽこあぽこ氏の小憎らしさ、Yves Saint Lauにゃん氏の冷めたつぶやき、棗丸氏の条件反射などどれも楽しい。常連夏猫氏はさすがの出来映え。春乃はじめ氏、只の氏のマンガ的な設定にもクスリとさせられる。トニヲ氏の猫好きを敵に回す勇気は立派。哲ロマ氏の作品は技アリ。 意外に猫萌え作品は少なかった。対象に愛着がありすぎると逆に書きづらいのかもしれない。またドラえもんをはじめとする猫関連作、パロディ作は多かったが、あまり広げると趣旨が変わってしまうので、惜しくも選外にした。代わりにオマケ枠を設けた。以下にそのいくつかを紹介しよう。

書き出し規定部門(オマケ・猫関連モチーフ)

飛脚が物凄い勢いで迫って来る。母親は我が子をその口にしっかりと咥えなおした。
g-udon
佐川VS黒猫
母と叔母たちが、レオタード姿で夜の闇へと消えていった。
あじのひらき
R-80年代。
猫とは種ではなく生き様だとひろしは言う。
よしおう
たとえ国籍を変えようとも。

では次回のモチーフを以下に発表する。
次回モチーフ
もうこの時期はこのモチーフ以外ないのではないだろうか。 今年も巷に溢れかえるであろう桜ソングに負けない勢いで、桜をいじり倒して欲しい。花見、卒業式、入学式、桜のある風景には無数のドラマがある。美しくばかり使う必要もない。桜の木の下に死体を埋めた作家もいた。扱い方次第でいままでにない桜が咲くだろう。
締め切りは3月29日。発表は同月31日を予定している。以下の応募フォームで自由部門、規定部門いづれかを選んで投稿して欲しい。力作お待ちしております。
最終選考通過者

東雲長閑/タコさん/生おにぎり/赤嶺総理/ぼぼり/小夜子/森山弥千草/長尾パンダ/ん/ハラセン/isenma/コメコ/そらまめかかお/皮すけ/suzukishika/蓮見なつね/sima/不眠/茹でられて/雪虫/スニ麩/aquaion/パンダコパンダ二世/へねもね/さいしんどう/moominpapa/紙製梱包具/トミ子/織部考子/ユーキユキ
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