特集 2013年3月31日

書き出し小説大賞・第15回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第十五回目である。

春の高校野球がはじまった。ずっと年上に見えていた高校球児がいつの間にか年下に見え、中年になったいまでは微かな萌えまで感じ、お気に入りの球児を目で追うまでになった。
性的にはノーマルであるにも関わらず男の子が可愛い。以前では考えられなかった感情の芽生えは歳のせいであろうか。年々乙女化していく自分が怖い。
今回も集まった珠玉の書き出し小説。どうぞ温かな目で愛でて欲しい。

自由部門

校長のかけちがえたボタンを教頭がそっと直すと、朝の職員会議が始まる。
TOKUNAGA
職員室系BL。
四兄弟の朝はビーチフラッグスで始まる。
suzukishika
寝るときはうつ伏せ。
件名:ビラビラのカニ
件名:Re:ビラビラのカニ
件名:Re:Re:ビラビラのカニ

茹でられて
トリッキーな作品ながら強烈な引き。内容知りたい。
ゼンマイ仕掛けの博士は、ゼンマイを巻いてもらうために、ゼンマイ仕掛けの助手を作った。
aquaion
循環するミニマム物語。
太く編み込まれた彼女の三つ編みが僕の首を絞める。柔らかいシャンプーの匂いがする。
小夜子
以後の記憶はない。
キットカットを割る音でゾンビに気づかれた。
トモマリ
グミとかにすればよかった。
「大人二枚」と告げた彼の胸元には、たしかにメスカブトムシがとまっていた。
鳩がきらい
文中から漂う「突っ込めない感」がいい。
教室の壁に行儀よく並べられた半紙の中で必死にもがいている「自由」を見た。
よしおう
微笑ましい光景も表現次第でこう変わる。
「いきなり、あなたの都合で会えなくなったんだから、どうか、私の都合でもう一度会いたい」 そこまで書いて苑子の筆は止まった。
りんごぱん
ていうか殴りたい。
夜空を爪で引っ掻いたようだ。流れ星が駆けていく。何か願い事を言おうと思ったけど、何も浮かんでこなかった。
夏猫
一瞬の描写と曖昧な余韻がいい。
部屋の蛍光灯を取り換えようとしている父が一瞬、天使に見えた。
TOKUNAGA
丸い蛍光灯が禿頭に反射して。
学校の先生を間違えて「お母さん」と呼んでしまった経験のある人は多いと思うが、その先生が数年後、本当に自分のお母さんになるという経験をしたのは僕ぐらいではないだろうか。
伊東和彦
しかも男の先生が…
「お父さんの似顔絵パンを作る」と言う娘が用意したレーズンの数が尋常ではない。
おかめちゃん
その後レーズンを毟るお父さんの心情を想うと切ない。
「何も書いていない、という暗号ですよ警部」彼の推理はいちいち探偵業界に革命をおこす。
東京鼻炎
犯人がいないという事件。
烏賊の中に広がる深い闇に魅入られた人々は、そこに何かを詰め込まずにはいられない。私もその一人であった。
適切チェーンソー
イカめし誕生譚。
そうです、私が脳内に変なおじさんが入り込んできて操られていた人です。
概念覆す
だっふんだ!(自爆)

直球と変化球がバランスよく出揃った。
茹でられて氏の作品は件名とその応酬だけでイマジネーションを強制起動する。適切チェーンソー氏の作品はこの内容で最後まで不穏なムードを崩さなかった点に力量を感じる。
常連TOKUNAGA氏の2本はさすがのクオリティ。おかめちゃん氏の笑いは今回もキレがいい。常連組は自分のスタイルを保持しつつも常に新しいアプローチを試みている。是非、過去の秀作とも見比べて各作家の進化、変貌を楽しんでいただきたい。


それでは規定部門の発表に移る。今回のモチーフは「桜」であった。
満開の桜のごとき、秀作16本をご覧いただこう。

規定部門モチーフ「桜」

自家用ヘリで現れた新入社員は、すべての桜を散らしてしまった。
suzukishika
花見が枝見に。
あの工場の裏手にあるごみ集積所の桜は、毎年むやみに早く咲く。
棗丸
しかも一輪がデカイ。
演歌歌手の胃から大量のピンク色の紙吹雪が検出された。
綾子
事件と事故両面から捜査。
毎年、桜前線とともに親父が金をせびりにやって来る。
おかめちゃん
前線と共に北上中。
桜の木がどこからともなく現れ、音を立てて街を練り歩き始めた。
ウウタルレロ
街灯に照らされた桜並木とか本当に動き出しそう。
七分咲きの桜の枝に、ちいさなビニール袋で泳ぐ赤い金魚がぶらさがっていた。朝日を浴びてゆらゆらしている。捨て金魚だ。
xissa
シュールながらハッとする光景が浮かぶ。捨て金魚のアイデアが秀逸。
桜の木を見ると、行った事も無ければ、今はもう営業もしていない遊園地を思い出す。
伊東和彦
この季節に感じる不思議なノスタルジーがよく出ている。
明治二年五月十一日、その年の五稜郭の桜は心なしか紅味を帯びているように見えた。それはあたかもその地で果てたもののふの血を吸ったかのようである。一陣の風が吹き、花吹雪が空を紅く染めた。この男の物語は日野から始まる。
パンダコパンダ二世
歴史上の人物伝。ヒントは新撰組。
桜の枝を持った少年少女の行列に、ワシントンは目を細めた。
カス種田
大統領候補がたくさん。
千々乱れる花吹雪のなかで踊る絢子は殺人鬼のように美しい。
小夜子
満開の桜に潜む狂気。坂口安吾的なアプローチ。
「食べられないことはないわ」偶然桜の花びらが口に入りむせていた僕に彼女は桜の木の革を食べながら言った。
ミルキーガウス
ちょっと萌える不思議系。
日本酒を注いだコップにピンク色のハートが落ちてきた。隣に座っていた女の子がそれを覗きこんで喜ぶ。彼女の肩が僕の胸に軽くあたった。
ぽこあぽこ
羨ましい。夢オチであって欲しい。
桜を見上げる彼女の足元には春を切り取るファインダーが待ち構えていた。
オモプラータ
スカートの中は常春。
クリスタルガラスの酒器に酒を注ぎ、待っている。もう三日になる。ブルーシートに熱を持って行かれた尻が痛い。
ちゃんこ
尻に小石も刺さってる。
靴の底から出てきた花びら、頭に巻かれたネクタイ、俺のアリバイは完全に崩れた。
Yves Saint Lauにゃん
親が急病と聞いていたが…。
またこの教室で桜が見れる事を嬉しく思う。
トミ子
留年の春。

書き出し小説ならではの、一風変わった桜が咲き誇った。
王道の桜のイメージをそのまま描写するのは難しい。ゆえに逆手、絡め手を取ったネタ系の作品が多かったが、その中でも秀作は桜のビジュアルを上手く入れ込んでいる。
suzukishika氏の台なし感、綾子氏の冷静なオチ、伊東和彦氏の不思議さが印象に残る。トミ子氏はたったひと言で文句ないヒットを飛ばした。常連xissa氏の独特の視点と着想力にはいつも感嘆する。
まだ桜前線が達していない地域の皆様には、一足早い花見気分を感じていただければ幸いである。

それでは次回のモチーフを以下に発表する。
次回モチーフ 先輩
学校、職場、バイト先、どこに属する先輩でもよい。憧れの先輩、意地悪な先輩、間の抜けた先輩、人間ではない先輩、どんな先輩でもよい。もちろん実在の先輩でも構わない。
場面設定、視点のアイデアも大切だが、とくに今回は性格外見両面でのキャラクター造形が決め手になると思う。一度会ったら忘れられない貴方なりの先輩キャラ、先輩像を創造して欲しい。
締め切りは4月8日。発表は同月10日を予定している。以下の応募フォームで自由部門、規定部門いずれかを選んで投稿して欲しい。力作お待ちしております。
最終選考通過者

哲ロマ/豆腐鉄工所/chanotti/表情豊/ぞうさんのペット/ハヤシワカ/あじのひらき/prefab/春乃はじめ/sima/横尾モスラ/つるつる/けっぽ/HS長/やまぞ/赤嶺総理/黒戌堂プロダクツ/練乳/陸/早寝早起/生おにぎり/朱鷺澤/グズ島/みづき/椙山/トモ/トマレ/森山弥千草/不眠/フィクションクレイジー/御馳走夏(サマー)/只の/g-udon/あんこく/大伴/とこま/五月雨のパンツ/カミハリコ/ぱろっと/みそぺろ/
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