特集 2013年4月20日

書き出し小説大賞・第17回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第十七回目である。

村上春樹氏待望の新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」が発売された。当然まだ書き出ししか読んでいない。 一方、当企画には今回も珠玉の作品が集まった。認知度的にはともかく、こちらは色彩豊かである。

書き出し自由部門

先生が教えてくれたことは、どれも法を犯していた。
五月雨のパンツ
そもそも先生が無免許だった。
「苦しいときのカニ頼み」。鍋の前で専務は笑うが、接待が失敗に終わることをまだ知らない。
からておどり
原因が自分にあることも。
遅すぎた。二次元の世界に行きたいという我々三次元生物たる人間の願望が叶ったその時点で、四次元生物が三次元の世界にやってきている可能性を想定しておくべきだったのだ。
春乃はじめ
どの次元にもヲタはいる。
「ワラバンシ」をつい最近までかっこいい外国語だと思っていた。
xissa
バンシーと伸ばすとさらにかっこいい。
指揮者を殺したのは誰か。奏者たちが沈黙を守る中、メトロノームだけが首を振っていた。
サラダ寒天
犯人はメトロノーム?
居間を覗くと、寝起きの祖父がバナナに会釈していた。
トモマリ
バナナ的な姿勢で。
立ちはだかる巨大な怪物に、少女は湿った御守りで対抗する。
かすみん
あとで乾かす。
離婚届に判を押す頃には、丁度カップ麺が出来上がった。
TOKUNAGA
食べたら提出に行こう。
女なんてさ、星の数ほどいるよ」前を歩く友人が振り返らずにそういった刹那、打ち上げ花火が上がった。禿げ上がった友人の頭から打ち上がったように見えた。
カズタカ
ハゲまされた。
永久に共にという約束は1人の考古学者の手で消えた。彼女は今博物館に、僕はまだ冷たい地中にいる。
あらぶるおにぎり
数万年後に男と逃げるとは。
「お星さまの明かりをつけたり消したりしているのよ。遠いからなかなか帰って来れないの」 幼い頃、父親の仕事を聞くと母はそう答えた。 大人になって思う。 借金を作り女と逃げたクズに、そんな素敵な仕事を割り振らなくても良かったのに。
夏猫
お星さまをつけたり消したりする刑かもしれない。
美しい女の実家の焼き飯を想像するのが好きだ。
TOKUNAGA
ギャップに萌える。
自分で自分を殺す夢をみた日、西田は決まって夢精する。
小夜子
エロス&タナトス
七人の子供を育てながら悪役レスラーを勤めてきた気丈な母が、はじめて涙を見せた。
適切チェーンソー
すぐドラマ化できそう。
オランウータンと握手しようとして、右手をぐしゃぐしゃに潰されたことを除けば、概ねいい人生だったといえるんじゃないかな。
井上だいすけ
内容と口調の落差が独特の「嫌さ」を生んでいる。
「寒い」「なら、そこから出てってもらえませんかね。牛乳しまえないんで」
紙製梱包具
牛乳受けに小さいオッサン?

今回はジャンル的にも文章の長短的にもバラエティに富んだ作品が集まった。春乃はじめ氏の作品は文字通り次元を超越した物語、カズタカ氏の作品は間抜けながらも愛おしいビジュアルが鮮明に浮かぶ。夏猫氏の作品は前半と後半のバラシが見事。長目の作品にはやはり言葉を重ねる必然性と途中でダレないリズムが大切だと思う。採用作はその点を上手くクリアしている。
紙製梱包具氏の作品は一瞬どう解釈していいのか分からなかったが、早朝、牛乳受けの小さな木箱に潜んだ妖精っぽいオッサンを思い浮かべたとたん腑に落ちた。しかしひとつの解釈が必ずしも正解とは限らない。読み手によってさまざまに内容、ビジュアルを想像できるのが書き出し小説の醍醐味である。読者の方々にも是非そのあたりを楽しんでいただければと思う。

続いて今回の規定部門、モチーフは飛行機、空港であった。
小説の書き出しは飛行機で言えば離陸にあたる。束の間の空の旅を味わっていただきたい。

規定部門 モチーフ「飛行機・空港」

僕の酸素マスクだけ、床から飛び出した。
おかめちゃん
アゴを直撃。
アナウンスで機長の数奇な運命を知った。
TOKUNAGA
「機長は私……」からはじまる怪奇譚。
ひとつ前の座席からはみでた寝ぐせを、ずっと見ていた。
苺大福
気づくとパリに着いていた。
洗濯機が轟音をあげて機体を震わせている。たぶん飛ぶ。
赤嶺総理
ベランダ空港から。
じっちゃんが塗ったステルスは絶対に探知されない。なんてったって人間国宝だからね。
よしおう
漆塗りステルス。
文具メーカーに勤める木村は、職業を聞かれると少し声を張って「パイロットです」と答える。
ブサイクにモザイク
メーカー伝統の「掴み」
給油のために立ち寄ったこの空港で私の苗字が変わることになるとは想定していなかった。
坂口川端糸井
トランジット設定の粋な秀作。
タラップを降りた彼は、首にレイを、手首に錠をかけられた。
グズ島
レイが先か、手錠が先か。
伝えたい言葉は掻き消されていった。今日の飛行機はとても低く飛ぶ。
小夜子
地域住民からも苦情が。
離陸と同時に弁当売りの姿が窓から消えた。
g-udon
離陸までついてきたのが偉い。
空港のロビーで出会った美しい女性と、互いのパスポートを交換した。
TOKUNAGA
入管の取調室で再会した。
毎年この時期になると、不思議な事にビジネスクラスの席が突然空く事が増える。私は誰も居ない席へ会釈をする。空港が出来てからは、出雲大社へも大分行きやすくなった。
prefab
神無月。
飛行機になった君は窓の外へと消え、鶴になった私は机の上でたたずんでいた。
メッメ
もとは正方形の紙だった。
離陸して1時間ほどたったとき、ふと、翼に座る“ 彼 ”が見えた気がした。
シロツグ
見える席でよかった。

以上である。飛行機にはあらかじめ適度な緊張感が漂う。また空港はその単語だけでドラマティックな風景が浮かぶ。採用作はそれらのイメージを逆手にとったユーモア系が目立った。苺大福氏のとぼけた日常性、赤嶺総理氏の意外性、グズ島氏の取り合わせの妙が楽しい。一方、モチーフから連想されるイメージに正面から向き合った作品は苦戦気味であった。短い文章の中で染みいる情景や感情を醸すには、笑いとはまた別のセンスが問われるだろう。そんな中で、小夜子氏、シロツグ氏の作品は及第点を得た。prefab氏の作品は知識ネタも折り込みつつ物語を感じる場面をつくった。メッメ氏の作品は紙飛行機というニッチな題材をとりながらも静謐な空気まで感じさせる秀作である。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
無職
職を持たない自由人が今回のモチーフ、近代文学的にとっては定番のテーマである。作家志望者に無職が多いことを考えれば、それだけに切実なテーマとも言える。また無職にもさまざまな理由がある。そうした背景からのアプローチも可能だし、外からの視点でも深い作品が生まれそうだ。自由人は社会に捕らわれないぶん人間味のある描写もできる。いつも通りあらゆる視点、あらゆる設定で無から有をつくりだして欲しい。

締め切りは4月29日正午、発表は5月1日を予定している。自由部門、規定部門を選択し、以下の投稿フォームより応募さえたし!諸君からの力作を待っています。
最終選考通過者

お茶漬け太郎/吉蔵/義ん母/カズタカ/無気力/ミミズグチュグチュ/空港警備員/limpham/Lee./みのきち/哲ロマ/概念覆す/竜太郎/ぽぺっぷん/ぽこあぽこ/茹でられて/Risyo/胃も荒い/どる/只の/大伴/鷲/オモプラータ/黒船鬼太郎/アウィニ/横尾モスラ
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