特集 2013年4月30日

日常に「こぼれ」を取り入れたい

盛り付けって本当に難しい…と実感する結果に。
盛り付けって本当に難しい…と実感する結果に。
軍艦巻きからやいくらがあふれ出している状態の寿司を「こぼれ寿司」という。

当初は作り手側の「こぼれるほどに盛っておきましたんで!」なサービスの一環だったであろう行為が、いつしか「こぼれ前提」でメニューに載るようにまでなった。

なんという本末転倒…と思うが、気持ちはわかる。好きだもの、こぼれ。だってお得っぽいし。なんかダイナミックだし。

これ、どうにかして日常の食生活にも応用できないものだろうか。
1968年秋田県生まれ。食べたり飲んだりしていれば概ね幸せ。興味のあることも飲食関係が中心。もっとほかに目を向けるべきだと自覚はしています。

前の記事:油と醤油を合体させたい


これも一種のこぼれか

ところで、飲み屋で日本酒を頼むとグラスの下に敷いた皿や升にまでなみなみと注いでくれることが多い。

一合ぴったりのコップだと溢れてしまうため受け皿的なものが敷いてあるのだが、あきらかに「ちょっと溢れちゃいました」以上に注いでくれることがほとんどである。
酒が溢れる瞬間、必ず「うわあ」と声が出てしまう。顔はニヤけっぱなし。
酒が溢れる瞬間、必ず「うわあ」と声が出てしまう。顔はニヤけっぱなし。
溜まったお酒を見て「しめしめ…」と思ってしまう己の卑しさよ。
溜まったお酒を見て「しめしめ…」と思ってしまう己の卑しさよ。
この状態でコップを持ち上げるとびしゃびしゃになるので、
この状態でコップを持ち上げるとびしゃびしゃになるので、
こうして口から迎えにいくわけで…。
こうして口から迎えにいくわけで…。
たまらん。どんなに自分を律しても「イッヒッヒ。いやー、どーもすみませんねえッヒッヒ」という卑下た笑いを抑えられない。

これは「こぼれ」が寿司以外でも有効なことの証左であろう。汚らしいとか不潔だとかいう声を聞いたこともあるが、心が勝手にウキウキと躍ってしまうんだから、もうどうしようもないじゃないか。

たとえ故意であったにしろ、やはり「こぼれ」には抗いがたい魅力があるのだ。

唐突に納豆

生活に根ざした食べ物のなかで、もっともごはん茶碗から流出しやすく、ナチュラルにこぼれやすい物の代表といえば納豆であろう(とろろ麦飯は除く)。

こぼれる先がテーブルや服の上ならば避けたい事態だが、日本酒式に受け皿を用意しておけば、どんなに大量の納豆がこぼれようと大丈夫なはずである。
注:茶碗からこぼれる状況を再現するため、あえて小さな食器を使用しております。
注:茶碗からこぼれる状況を再現するため、あえて小さな食器を使用しております。
ほら、もう納豆の粒が! こぼれそう!
ほら、もう納豆の粒が! こぼれそう!
このように下に皿を置くことで「こぼれたらどうしよう」という心配とは金輪際おさらばだ。

いや、むしろ積極的にこぼしたい。違う、大量にこぼそう。レッツこぼれ! レッツウキウキ!
はいドーン! こぼれ納豆。
はいドーン! こぼれ納豆。
……。なんだこのシーンと静まり返った心は。「こぼれは心が躍りだす」んじゃなかったのか。ウキウキはどこだ。どこへいった。

いくらカフェっぽい食器でご機嫌を伺ったところで、やはり納豆の粘りの前には無力ということか。なんたって糸ひいてるもんな。さすがに糸はマズかったか。
受け皿があると、茶碗を持てない(ごはんをかっ込めない)ことが判明。
受け皿があると、茶碗を持てない(ごはんをかっ込めない)ことが判明。
「あっ、納豆が足りない!」となったらこぼれ分を追加。が、なぜか気分が盛り下がる。
「あっ、納豆が足りない!」となったらこぼれ分を追加。が、なぜか気分が盛り下がる。
第一、この方式だと洗い物が増えてしまう。そしてなにより食べにくい。これはいかん。

見た目が妙に派手だったわりに今ひとつ心が躍らなかったのは、このへんにも問題がありそうだ。

ならばカレーはどうだろう。
注:ごはんが若干黄色っぽいのは胚芽米だからで腐ってるわけではありません。
注:ごはんが若干黄色っぽいのは胚芽米だからで腐ってるわけではありません。
今回はキーマカレーを選択。これくらいの量ならこぼれる心配はないが、いかんせん物足りない。
今回はキーマカレーを選択。これくらいの量ならこぼれる心配はないが、いかんせん物足りない。
片や、皿からこぼれやすい食べ物といえば、やはりカレーは外せない。

なんたってルーだもの。ルーがでろーん、だもの。

ごはんにルーをかけながら「待って、それ以上は流れないで! 皿からあふれる!」と何度思ったことだろう。皿のふちを目指して一気に攻める溶岩流のごときカレールーの、なんと非情なことよ。

だが受け皿さえあれば心配無用。今度こそわくわくできる見た目になるはずだが…。
はい、こぼれカレー。
はい、こぼれカレー。
おかしい。これでは単に「盛り付けが致命的にヘタな人」じゃないか。こんなハズでは…。

どうにもこうにも不潔感が払拭できないというか、なんというか。もしや受け皿って、食べ物がこぼれたら見た目がアウトな存在だったのだろうか?

どうやら根本的に考え直す必要があるようだ。

日常における「こぼれ」とは

幸いまだカレーが残っている。このカレーでリベンジすることとしよう。
今回は受け皿なしで。
今回は受け皿なしで。

日常における「こぼれ」とは

「受け皿なし」と書いたが、正しくは「ごはんを第一の皿」として考えてみたいのだ。

つまり何が言いたいのかというと…
皿を「受け皿」として捉えるということです。
皿を「受け皿」として捉えるということです。
この、ルーが皿からあふれ出す一歩手前の緊張感。

これこそが日常における「こぼれ」のワクワク感なのでは…!? と鼻息を荒くしたのだが、なんというか、つまりこれって普通だ。まるっきり日常の光景じゃないか。

まさかの「青い鳥は近くにいた」的展開である。
えー!?
しかもよく見ると左の「真ん中乗せ」も美味しそうだ。そういえば巷のカレー屋のキーマってこんな感じの盛りつけですよね。がーん。
しかもよく見ると左の「真ん中乗せ」も美味しそうだ。そういえば巷のカレー屋のキーマってこんな感じの盛りつけですよね。がーん。
一体どっちがおいしそうなのか、さっぱりわけが分からなくなってきた。こぼれ、むずかしい…。

大量じゃなくてもいいのかも

いったん「こぼれ=大量」という概念を頭から追い出そうと思う。

たとえばオムライスにかけるケチャップ。あれは玉子部分からはみ出している方が圧倒的に美味しそうに見える。
同じようにチキンライスを皿に敷き詰め、
同じようにチキンライスを皿に敷き詰め、
玉子を同様に乗せたら、
玉子を同様に乗せたら、
「真ん中一点集中ケチャ」VS「皿までこぼしケチャ」
「真ん中一点集中ケチャ」VS「皿までこぼしケチャ」
いかんせん元のオムライスが貧相すぎていい比較になっていないが、こういう風にかかってるソースって、よくあるでしょう。

あえてソースを枠外にかける(こぼす)という行為。これも「こぼれ」の仲間というか、亜流と呼べるのではあるまいか。

再びの納豆

そこで再度、納豆に登場願おう。
今度はごはんではなく豆腐を用意
今度はごはんではなく豆腐を用意
豆腐を第一の皿として考えれば、すべては丸く収まってくれるような気がする。
納豆に山形の「だし」を混ぜてみた。一気におかずっぽい。
納豆に山形の「だし」を混ぜてみた。一気におかずっぽい。
おお。懸案の非衛生感は消え去った。そして見事にこぼれている。

そして、こぼれることで「なんかたっぷりかかってるっぽいぞ」のウキウキ感も醸し出せている(気がする)。

やはり家庭での「こぼれ」に受け皿は不要だったようだ。ちょっとお皿にでろーんとはみ出させる。これだけで十分こぼれ感は演出できた(と思いたい)。

こぼれを実際に体験

ここで本物のこぼれを実感するため、こぼれメニューのある寿司屋へやってきた。
こういうのもあった。こぼれ第2ステージ。
こういうのもあった。こぼれ第2ステージ。
よくある一本穴子も、こぼれジャンルの一員か。
よくある一本穴子も、こぼれジャンルの一員か。
定番メニューの「こぼれうに」と「こぼれいくら」を頼んだのだが、これが思ったよりもウキウキしない。

どういうことだろうか。
通常のうに一貫と、プラス一貫分のうに。こぼれた分にもちゃんとわさびが乗っている。
通常のうに一貫と、プラス一貫分のうに。こぼれた分にもちゃんとわさびが乗っている。
こちらも同様。
こちらも同様。
なぜかいまいち迫力に欠ける。

もう「こぼれ」が「はいっ、サービス! どーんとこぼしたよ!」ではなく、すっかり形骸化されているのだ。

丁寧な仕事の、上品な「こぼれ」である。これはこれでいい。きっちりしてるし、寿司屋に欠かせない清潔感もある。

「こぼれた分は、つまみとしてちびちび食べよう」と心に小さな欲望の灯は点いたが、これは残念ながらこぼれに期待したウキウキではなかった。

こぼれってむずかしい…。

ま、最終的に「ウキウキした末にまずかったら、そっちの方が悲劇だ」と思いながら大変おいしく食べたのだから、 つくづく人間って勝手な生き物ですよね。

ただ、こぼせばいいってもんじゃなかった

こぼれ、本当にむずかしかった。

きっと「うわっ、そう来たか!」とか「えー、こんなに!」などの驚きこそが、こぼれの醍醐味なのだろう。

こぼれに予定調和など要らない。名ばかりのこぼれは、かえって場をしらけさせる。「私って変人なんですよぉ」と自ら語る人が変人だったためしがないように。

でも家でなら好き勝手にこぼせるし、それでウキウキワクワクするんなら、これからもたくさん、いろんな形式でこぼそうと思う。

食べておいしかったら、それで良し!
おいしいは正義!
おいしいは正義!
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