特集 2013年5月16日

壊れたニットを編む機械~古い機械をハッキングする

いまニットを編んでいるところです
いまニットを編んでいるところです
教科書に載ってる歴史上の人物の写真に、鼻血描いたりとか髪型をアフロにしたりとか、みんなやったよね?

その延長線上にある(と僕が思ってる)ことがあって、それは「古い機械を改造して変な機能を足す」こと。(たとえばこういうの
ある機械(坂本竜馬)があって、そこの自分の独創的な機能(ちょび髭、鼻血、等々)を足すと、あたらしい作品になる。
自分で1から描くより簡単だし、「竜馬にちょび髭!」っていう意外性もおもしろい。

今日はまた、そういう作品を作ってる人たちを取材してきました。
インターネットユーザー。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変わった音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者。1980年岐阜県生まれ。
『雑に作る ―電子工作で好きなものを作る近道集』(共著)がオライリーから出ました!

前の記事:金網を手編みする

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おーいニット

本日の坂本竜馬は、こちらの機械です。
ニッティングマシン
ニッティングマシン
これはかつてブラザー工業株式会社が販売していたもので、編み物をしてくれる機械だ。フロッピーディスクのデータを読み込むと、プリンタで印刷するみたいに柄物のニットを作ることができる。お母さんが夜なべしなくても、マフラーなんて簡単にできちゃうわけだ。(手袋は難しいかも)
といってもプリンタほど全自動ではなくて、ハンドルをガッチャンガッチャンやって動かしながら編んでいく
といってもプリンタほど全自動ではなくて、ハンドルをガッチャンガッチャンやって動かしながら編んでいく
そしてこの竜馬に今回つけたチョビ髭的な機能は何かというと、壊れた画像をニットにできる機能だ。
つまりこう
つまりこう
これ、もともとはチェックのパターンなんだけど(左の方は普通のチェックだよね)、わざとデータを壊してこういうふうにグチャグチャの柄が出るようにしている。こういうふうにデータを壊すことは「グリッチ」と呼ばれていて、なのでこのプロジェクトの名前は「GlitchKnit(グリッチニット)」というのだ。
チェックのパターンをコンピューター上で壊して、ニッティングマシンに送っている
チェックのパターンをコンピューター上で壊して、ニッティングマシンに送っている
これはアルファベットをグリッチしたもの
これはアルファベットをグリッチしたもの
せっかくニットが編めるすごい機械なのに、出てくる絵柄は壊れている。この「いらんこと」感が、教科書の落書きっぽいじゃないか。

グリッチアートというのがあるのだ

ここでグリッチについてもう少し説明を。

ファミコンでさ、カセット半挿しにしたり途中でずらしたりすると、画面が変になるんだけどかろうじてゲームはできてる、みたいな状態あるじゃないですか。
こうやって「データが壊れてるんだけどかろうじて動いてる」みたいな状態が「グリッチしてる」と呼ばれている。だからさっきのニットの例もそうだし、ほかにも普通の画像ファイルだってグリッチさせることができる。
これが
これが
こうなる
こうなる
こんな風にもできる!
こんな風にもできる!
ポイントは、これらは画像をPhotoshopで加工して作ってるわけじゃなくて、画像データの一部を破壊して作られているということ。だから、開いてみるまでどんな結果になるかわからない。まるで人生のようだ(*)。

これは面白い、っていうんでこのグリッチがアート業界でひとつのジャンルとなっていて、PVに使われたりwebサービスになったりとかしているのである。

(*)適当な文章にこの一文つけるとなんでもいいこと言った感じになるのでおすすめです。
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メンバー紹介をします

説明が長くなったけど、グリッチニットの話に戻ろう。グリッチニットの話をWebサイトで見てすごく面白かったので、制作の現場を見せてもらいにきたのだ。
(*)ヌケメさんは記事への顔出しNGとのことでしたので、本記事ではヌケメさんが写っているすべての写真をグリッチして掲載させていただきます。ご了承ください。
テクノ手芸部よしださん(左)、アーティストの菅野創さん(右)
テクノ手芸部 よしださん(左)、アーティストの菅野創さん(右)
FabLabShibuya</a> 山本詠美さん
FabLabShibuya 山本詠美さん
このプロジェクトの言いだしっぺはヌケメさんだ。ヌケメさんはこのグリッチニット以前から「グリッチ刺繍」というのをやっている。自動刺繍ミシンにいろんなロゴのデータを入れたうえでグリッチさせ、変形したロゴ刺繍を作るプロジェクトだ。ここにもグリッチ。世の中にはデータ形式の数だけ、グリッチがあるのだ。

神が作った機械

グリッチニットの機械全景。赤が元々あるニッティングマシンで、青が改造部分
グリッチニットの機械全景。赤が元々あるニッティングマシンで、青が改造部分
機械を見ての最初の感想。でかい。T字型に上下左右にでかく、どう置いてもかさばる形状である。驚くべきことにこれは家庭用、しかもポータブルなのだそうだ。さらに驚くべきことに、ポータブルなのに10kg以上ある。
「ママチャリ並みです」(ヌケメ)

ちなみに上のアンテナみたいなのは、ミシンでいうと糸調子(糸を張る強さを調節する部分)。
青い改造部分の代わりに、元々はこういうフロッピードライブつきのコントローラがつながっていた
青い改造部分の代わりに、元々はこういうフロッピードライブつきのコントローラがつながっていた
今回の改造、いやみんなハッキングと呼んでたから、ここからはハッキングと言おう。今回のハッキングのポイントは、このコントローラをパソコンに置き換えること。パソコンから自由に模様のパターンを流し込めるようにすることだ。

まだプロジェクトは途中だがハッキング作業はかなり進んでいて、いま普通に好きな柄のグリッチニットを編める状態まで来ている。
作業場には動作テストで作ったニットが積まれていた
作業場には動作テストで作ったニットが積まれていた
台の上には200本の編み針がついている
台の上には200本の編み針がついている
その上を、このハンドルつきの部品を滑らせると、編まれたニットがビローって出てくる。(動いてる様子はのちほど動画で)
その上を、このハンドルつきの部品を滑らせると、編まれたニットがビローって出てくる。(動いてる様子はのちほど動画で)
このハンドル付の部品のことをキャリッジというらしいのだけど、この裏側がすごい。
カブトガニの裏側みたいになっている。緻密を通り越してグロい。
カブトガニの裏側みたいになっている。緻密を通り越してグロい。
こんなのをいじくりまわしているのを見たら、そりゃ現場を見たくもなるでしょうよ。そんな欲求だけでずうずうしくお邪魔したのですが、次ページではさらにずうずうしいお願いをしてみます。
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デイリーポータルZもグリッチニットに

この「ずうずうしいお願い」、実は取材記事の醍醐味なのだ。高価なものを触らせてもらったり、珍しいものを食べさせてもらったり、ライター特権でいままでいろいろ得をしてきた。

今日のお願いはこちら。「デイリーポータルZグリッチニットを作ってください」だ。「グリッチニットの制作過程を紹介したいので…」ともっともらしい理由をつけて、ひとつ編んでもらった。
ちなみにロゴはこれ。
ちなみにロゴはこれ。

まずはグリッチから

菅野さんに画像データ(ふつうのGIFファイル)を渡して
菅野さんに画像データ(ふつうのGIFファイル)を渡して
バイナリエディタというソフトで開く
バイナリエディタというソフトで開く
バイナリエディタというのはデータの中身を見るソフトだ。データを画像と解釈しないで、生のまま開いてしまう。そうするとこんな数字とアルファベットの羅列になっている。

ここでパソコンを代わってもらい、僕がグリッチ作業をさせてもらうことに。
そこから一部、適当に数字を書き換えたり削除したりすると…
そこから一部、適当に数字を書き換えたり削除したりすると…
グリッチした!(左がオリジナル、右がグリッチ)
グリッチした!(左がオリジナル、右がグリッチ)
いじり方で結果が全然変わる。こんなふうに一部が消えることも
いじり方で結果が全然変わる。こんなふうに一部が消えることも
わーグチャグチャになった!
わーグチャグチャになった!
ヌケメさんの指導の下、どんどんグリッチしていく。毎回変化が予測不能で、地味ながら癖になる作業だ。ちなみに今回はGIF画像を使っているけど、JPGとか、PNGとか、ファイル形式によって全然違う壊れ方をする。
JPGを壊したのが右。ちょっと泡立ったみたいになった
JPGを壊したのが右。ちょっと泡立ったみたいになった
そうしてできた中から、ひとつニット化するものを選ぶ。
中央下、ちょいグリ(ちょいワルを意識した造語)のを選びました
中央下、ちょいグリ(ちょいワルを意識した造語)のを選びました

ニットを編む

菅野さんが作った専用ソフトに読み込む
菅野さんが作った専用ソフトに読み込む
そしてパソコンとニッティングマシンを接続、
ヌケメさんがニッティングマシンを操作してくれる
ヌケメさんがニッティングマシンを操作してくれる
進行状況は画面にモニタされてる
進行状況は画面にモニタされてる
出てきた!
出てきた!
おおっ!
……って、一番肝心なニット編みのところがグリッチしてて全然わかんなかったと思うので、改めて動画でご覧ください。(動画のグリッチは難しかったので普通に目隠ししてあります)
最初はロゴに入る前の真っ白い余白部分から始まるんだけど、この時点で毛糸がちゃんとニットに編まれていくのが見えると思う。ロゴを編んでいるときに鳴る「ピッ」っていう音は、パソコンが次の行のデータを送信し始めますよ、っていう合図。そして編み終わって広げると……デイリーポータルZニットの完成!
できた、デイリーポータルZグリッチニット!!
できた、デイリーポータルZグリッチニット!!
はしゃぎすぎずグリッチ具合もおしとやかな、いいロゴニットができた。繰り返しの柄にしてセーターにしたい!
編みものって時間かけてコツコツ編むイメージだけど、小物とはいえこれが10分くらいでガチャガチャガチャっとできちゃうんだからすごいよね。そのすごさはこの4人のハッキングのすごさでもあるし、元になったニッティングマシンのすごさでもある。相乗効果でこういうのが生まれているわけだ。
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ハッキングのすばらしさ

最初に教科書の落書きの話をしたけど、すでにある機器をハッキングするのは、自作とは全然違う楽しさがある。

編み機をイチから作ろうと思うと、前ページでガブトガニの裏を見てもらったとおり、なんたってこの複雑さだ。いくらこのメンバーといえど到底できない。
「(ニッティングマシンについて)人が作ったというよりは、元々こういうものがあったとしか思えない」「神の手で作られたものだ」(よしだ)

でも、すでにある機器を改造するのなら、大企業が何人ものエンジニアを投入して作った技術も、神が作った技術も、全部自分のものにできる。これがもう、ハッキングのたまらない面白さだよ、と僕は思っている。

ハッキングの難しさ

で、ここからはハード面のハッキングを担当したよしださんが語ってくれた話。ただハッキングには難しさもある。
人が作った機械だから、設計図なんてない。しかもカブトガニは裏側にあるから、動かしながら見ることもできない。
上からキャリッジを覗いても、このロボみたいな顔と目が合うだけ
上からキャリッジを覗いても、このロボみたいな顔と目が合うだけ
ので、いまだに動作のしくみの大部分は謎に包まれている。

そうするとどうなるかというと、改造するときも「ここはこういう仕組みになってるからこうすれば動くはず…」みたいに理詰めで設計できないのだ。彼らができることは、仮説と憶測をもとに、パソコンから送る電気信号をちょっとずつ変えることだけ。その反応を見て、その変更が正解かどうか、判断するしかない。
別のパーツ。このなかに16個のモーターが入っていて、200本の針を動かしている。どうやって16個で200本動かしてるのかがまた、謎(しかしここは現在解明されたとのこと)
別のパーツ。このなかに16個のモーターが入っていて、200本の針を動かしている。どうやって16個で200本動かしてるのかがまた、謎(しかしここは現在解明されたとのこと)
仕組みを調べるために分解でもできたらいいんだろうけど、やっちゃったら二度と組み立てられないような、複雑な機械である。しかも機体は生産終了品の貴重なもの。ここまで気の遠くなるような試行錯誤があったことが察せられる。

子供とハッキング

そうそう、それに関して面白いやりとりがあったので、収録しておきたいと思う。

ヌケメ「石川さんのTwitter見てるんですけど、ご飯が固すぎて子供が泣く話が面白かったです。」

うちに小さい子供がいるんだけど、彼が0歳の時の話。ごはんの途中で急に泣きだして、なんで泣いてるのかわからないときがあった。まだ言葉はしゃべれないから、ごはんが熱いのかなとか、水が飲みたいのかなとか、こっちでいろいろ想像して対応してみるんだけど違う。結局最後にわかったのが、「ご飯が固い」だった、という内容の話でした。

ヌケメ「そんなのわかるか!って思いました。」
文章が続くので埋め草写真を。パソコン側のソフトを作った菅野さんがもうすぐ海外に行くというので、この日はヌケメさんが使い方を習っていた
文章が続くので埋め草写真を。パソコン側のソフトを作った菅野さんがもうすぐ海外に行くというので、この日はヌケメさんが使い方を習っていた
石川「大変でしたよ。しゃべれないから察するしかないんですよね。」

ヌケメ「最終的になんでわかったんですか?」

石川「夫婦で考えてて、嫁が『そういえば最近ごはんちょっと固くした!』って気づいて。で、次回やわらかいのあげたら泣かなくなったんです。ほんと一つ一つ試して、反応見るしかないんですよ。ハッキングとやってることは同じです。」
写真右、トイレに行ったと思ったら突然サンバパレードの衣装で現れ周囲を驚かせるヌケメさん
写真右、トイレに行ったと思ったら突然サンバパレードの衣装で現れ周囲を驚かせるヌケメさん
よしだ「まるっきり同じだ!これ(ニッティングマシン)も、編み機の仕組みを全部調べきるのは不可能だから、ひとつひとつ入力を変えて反応を見るしかないんですよ。試行錯誤して、たまたまうまくいくやり方を探るしかない。それの積み重ねですよ。結局、今でも中身がどうなってるかはわかんないんです。」

育児とハッキングが一緒、という意外な共通点に興奮した話であった。
空中を旋回中、獲物を見つけ急降下するヌケメさん
空中を旋回中、獲物を見つけ急降下するヌケメさん
ちなみにお気づきのことと思いますが途中からヌケメさん関連の写真キャプションはウソです。(グリッチしてるのをいいことにすみません…)

取材中にはもっと具体的な、試行錯誤とそれにより明らかになっていく謎の話もいろいろきいた。僕は結末までセットで聞けるから本当に聞けば聞くほど面白かったのだが、でも同時に、聞けば聞くほど「うわ、面倒くさそう……」という内容でもあった。
そんな試行錯誤の結果、たどりついた制御部分
そんな試行錯誤の結果、たどりついた制御部分
もとはこんな感じでした。
もとはこんな感じでした。
ただ、面倒くさそうな作業だけど、みんな本当に楽しそうにやっている。いや、たぶん楽しいんだろうなこれ。面倒くさいから燃えるんだろうな。だって挑戦心ってそういうものじゃん。
圧倒的な面倒くささを知らされた直後にも関わらず、僕も何かハッキングしようかな…とモチベーションを掻き立てられるような素敵な現場だった。

開発はまだまだ続きます

悪い冗談みたいなグリッチも面白いし、機械のハッキングも面白い。その二つを融合させて面白くないわけがない、といったプロジェクトのレポートでした。

そしてグリッチニット開発はまだまだ続きます。今はレース編みの穴を使ったグリッチを研究中とのこと。このプロジェクトの最新情報は、glitchknit.tumblr.com にてヌケメさんが逐一更新しています。

それから、このプロジェクトへの出資を募るクラウドファウンディングも始まっています。ステッカーからグリッチブランケットまで、金額に応じていろいろもらえます。詳しくはREADY FOR?のページへどうぞ。
作ってもらったニットは編集部入口に貼ります(仮止めなので超ゆるゆるですが、ちゃんとする予定)
作ってもらったニットは編集部入口に貼ります(仮止めなので超ゆるゆるですが、ちゃんとする予定)
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