特集 2013年6月10日

書き出し小説大賞・第22回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第二十二回目である。

昨年11月からはじまったこの企画も早いもので半年が過ぎた。多くの書き出し小説家と読者諸君のおかげで、この特殊な文学形式も順調に認知されつつある。そこで今月6月30日、皆様への感謝を込めて初のイベントを開催する。題して「DPZ 第一回書き出し小説大賞授賞式」。イベントでは厳選された秀作を紹介、さらにその中から栄えある最優秀作を決めるほか、さまざまな催しを検討中である。チケットは絶賛発売中。是非、万障お繰り合わせの上、この歴史的式典にお立ち会い願いたい。

それでは今回も、書き出し小説家たちのイマジネーションあふれる秀作をご紹介しよう。

書き出し自由部門

部族の長が杖を高く掲げると、若者達は一斉にアドレスを交換し始めた。
宇佐美
村を飛び交う赤外線。
浴びせられたブーイングの8割は母によるものだった。
nomayonnaise
身内しか知り得ない野次も織り交ぜ。
先生、お元気ですか。僕は今、人が柿を食べたタイミングで鐘を鳴らす仕事をしています。
こめ
目指せ!法隆寺。
選ばれた13人の美少女は、ろうそくが一本消える度に次々と、恋の病にかかっていった。
ぐぬぬぬぬ
耽美さとホラーが漂う秀作。
錆び付いた風見鶏が激しく回り出した。姉が来る。
TOKUNAGA
砂煙の向こうから。
僕らはコンビニの白い光に照らされて、歯を磨いたり地球を救ったりしている。
xissa
全体を流れる無表情感がいい。
チョコレートファウンテンに大きめのアブが吸収される瞬間を目撃したのは僕だけだった。
大伴
奥にはアブの宮殿が。
市街バスに乗り込むと色紙がまわってきた。運転手が今日で定年退職らしい。
TOKUNAGA
色紙に書いた「次で降ります」
「二次会行く人」は私だけだった。こんなとき、行くのをやめられる私なら楽なのにな。
suzukishika
二次会一番乗りの気まずさってあるよね。
窓から見下ろす彼女は「くの字」に曲がっていた。鮮やかな赤が、周りを彩る。
夏猫
やがて警察によって白い縁取りに変わる。
大きくひしゃげた眼鏡を、だが男はいつものように中指で持ち上げた。
凡コバ夫
眼鏡と言うよりもはやオブジェ。
初夏の湿った風は、思春期を迎えた僕たちには刺激が強く、毒にも薬にもなった。
鴻惠瑞
毒性の方が若干強い。

先住民文化を脅かす近代文明の問題はたびたび取り沙汰されるが、宇佐美氏の作品世界では長の裁量によってうまく折り合いがついているようだ。こめ氏の作品、日本の風流はこのような裏方のプロ意識によって支えられている。ぐぬぬぬぬ氏、xissa氏の作品は刈り込まれた一文で作品の世界観を伝える、書き出しらしい書き出しと言える。suzukishika氏の「二次会に行く人」が密かに抱えた後ろめたさは誰しも共感するところであろう。凡コバ夫氏のキャラ造形、ドジと冷静がまじったラノベ受けしそうなキャラである。

続いては規定部門、今回のモチーフを「雨」であった。 梅雨入り宣言があったものの、関東は空梅雨が続いている。じめじめした大気は苦手だが、ひねもす雨をやり過ごす気だるさも捨てがたい。各々雨の情景を思い浮かべて読んで欲しい。

書き出し規定部門(モチーフ・雨)

この雨は、めぐりめぐっていつか私の涙を構成する。
おかめちゃん
分子的叙情性。
ライブ中盤から降り出した雨のおかげで、どうにか観客にも一体感が生まれた。
伊東和彦
前半は雨乞いだった。
梅雨の時期になると、この屋敷の風呂場には、埋蔵金の在処に関する地図が浮かび上がる。
ぐぬぬぬぬ
カラフルなカビで。
突然の大雨で、海岸近くにずらりと干されたタコが立体感を帯びてきた。
おかめちゃん
まさかの3D。
雨男の軍事的有用性が認められて早数年、俺はとある軍に従事していた。
若旦那
各国から集まった雨男傭兵部隊。
激しい夕立が過ぎ去ると、風船を配っていたピエロが、交番の掲示板で見た男に変わっていた。
TOKUNAGA
夕立を境に一変する状況が見事。
唇が離れると同時に雨音が戻ってきた。
東雲長閑
これくらい気障だと潔い。
彼女が残したコーヒーの湯気を、雨音がゆっくり冷ましていく。
YAS2%
静かな時間経過と情景が秀逸。
いやらしいネバネバとした体液が溢れ出している。僕は柔らかい粘膜を持った貝状の物体をそっとつまみ上げた。
市橋カイジ
敏感なツノをつついたり。
雨の中、変わった踊りをする老人がいた。初めは馬鹿にして見ていた人びとが、一転驚愕の表情に変わった。そう、彼は雨粒を“ すべて ”避けていたのだ。
g-udon
そのぶん汗で濡れていた?!
傘を忘れて立ちすくむ私に、傘を投げつけてきたのが今の旦那だ。
団栗鼠
危険な微笑ましさ。
ケンイチとタカシがグーを出し、チョキで負けたジュンコが目を閉じた。水たまりが雲を映している。この国は雨期に入った。
wabisuke
イメージ連鎖の構成が秀逸。
あめあめ、ふれふれ、かあさんが……。歌声が響き渡る。雨は降っていないし、母親も見あたらない、傘も持っていない、嬉しそうな顔すらしていない。老人はいつから歌い続けているのであろうか。
ラクイチ
ずっと母さんのお迎えを待っているのかも。
今年も、兄の天然パーマは梅雨入りとともにアフロと化し、例年どおりツバメが飛来して営みを始めた。
コダイラ
イクメンとは呼びたくない。
兵馬俑の隙間で傘を差せば、俺を中心に石像はどんどんドミノしていった。
義ん母
このシチュエーションを思いついたのがすごい。
楽しげに傘を回しながら前を歩く彼女の、落ちそうで落ちない一升枡。
ががんぼ
いつもより余計に回っている。
みんなの視線が、私の股下に集まる。違う。違う。これはスコールの位置を間違えてしまっただけであって、だから、つまり、私が神だ。
ぴーこ
ラストの開き直りが素敵。
彼女のブラウスは透けない素材だった。
へねもね
透けてこそのブラウス。

以上である。

雨はおそらく日常に属するものの、やはり雨の風景はいつもとは違う心持ちを人に生じさせる。またぽつぽつと降り出す雨はつねに何らかの気配を伴っている。採用作にはそうした雨の気配に敏感な作品が集まった。おかめちゃん氏のタコの作品、TOKUNAGA氏のピエロの作品にはユーモアの中にも雨のもたらす不吉さが、小夜子氏、YAS2%氏の雨には静かな憂いの気配がある。wabisuke氏の作品は予感に満ちている。東雲長閑氏の作品、照れずに書ききった勇気に一票。義ん母氏は毎回アクロバティックなアイデアを出してくる。今回は採用ラインに拮抗した作品が集まり選考に苦しんだ。

それでは次回のモチーフは発表する。
次回モチーフ
アイドル
先日行われたAKB総選挙は意外なメンバーがセンターを射止め大いに盛り上がったようである。またAKBに限らず最近のアイドル界はまさに群雄割拠、個性的なキャラクターも多い。そこで今回はアイドルをモチーフに作品を募りたい。独自のアイドル像を提示するもよし、ファン目線の描写もよし、アイドルになりきった一人称も面白いかもしれない。作品の中で貴方なりのアイドルをデビューさせて欲しい。
続いては5月期の月間賞。
今回も林氏との座談会は行えず、発表は寸評のみとなってしまった。申し訳ありません。
では月間賞3本と天久賞、林賞各一本を発表する。

書き出し文学
5月月間賞
母さんの育てた花が初めて蠅を捕えた。
TOKUNAGA(規定部門『母』)
食虫植物の鮮やかな色合いと母のイメージが重なります。蛇系の母のいちずな一面。フラワーロックって呼んでてほしいですね、その花を。 (林雄司)
ベランダに並ぶ色とりどりの食虫植物。しかし母親のキャラは意外とファンシーなエプロンをつけた普通の主婦という感じもする。家族も一緒に喜んでる様子が目に浮かぶ。息子の視点が作品に奥行きをつけた。 (天久聖一)
母は新しい母とハイタッチを交わして、去って行った。
義ん母(規定部門『母』)
かっこいい母。哀愁がある光景なのにそれが全く感じられないところに逆に哀愁を感じました。サッカーの選手交代のように、と書きましたがそれがモチーフですね。 (林雄司)
極めて簡潔に書かれた一文がなんともいえない余韻を残す。それまでの母と新しい母のギャップを想像するのも楽しい。個人的に新しい母は身長2メートルのフランケンっぽいキャラを想像しました。 (天久聖一)
名探偵10人の推理がきれいに割れた。
大伴(規定部門『殺人事件』)
十二人の怒れる男みたいなシチュエーションですが、全員が虫眼鏡持ってチェックのコートで名探偵きどりだとうっとうしい。10人が口論するときはまんがみたいに煙の中に手足が出ているのが理想です。(林雄司)
名探偵十人のキャラと推理を一通り書くだけで相当な文量になると思う。ノベル系の異常に分厚い単行本になりそう。名探偵の中にはお色気熟女と不潔なブサイクがいて欲しい。(天久聖一)
天久賞
同じテーブルに3人の男女。各々スマホをいじっている。3人とも目を合わせようともしない。傍からみれば他人のように見えるが、各々の指にはそれぞれの怒りが込められている。
サンフラワー
客観的かつ細やかな視点がその内側で展開されている物語を想像させる。男女3人にしたところもいい。女ふたりか男ふたりかで内容も変わってくる。情報を抜くことで読者をひきつけるさりげないながらもテクニカルな作品(天久聖一)
林賞
発射した三匹の鼠のうち、二匹はしっかり酒樽に食い込み、もう一匹は「ロマンス」の語源となった。
義ん母(自由部門」)
酒樽で語源って天使の分け前のような比喩なのか、ダンゴムシ的な写実的な話なのかを想像するだけで楽しい作品。いろいろあいだを省略してあると思うのですが、その省略がギリギリの細い線でつながってわかるのが爽快です。(林雄司)

さて、次回の締め切りは6月18日正午、発表は同月20日を予定している。自由部門、規定部門を選択し、以下の投稿フォームで応募されたし!力作待ってます!
最終選考通過者

御馳走夏(サマー)/春乃はじめ/タコさん/サイリョウ/ほりあき/パンナム航空/れのん/Panjandrum@ミ/薬指/ぽこあぽこ/哲ロマ/右フックおじさん/よしおう/Yves Saint Lauにゃん/菅原 aka $.U.Z.Y./WCat/ismr/DNF/チョイトイ/赤嶺総理/大倉野のりゆき/靖丸/風来のホッチキス/NCハマー/震える手足/ねむさん/山田将軍/新品の畳/七天抜刀/トミ子/鴻惠瑞/おわらい/おめが/小夜子/とらぼ
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