特集 2014年4月18日

100年の歴史が生み出す、三色ライスと懐かし写真

全体的に地味な色合いの『三色ライス』。
全体的に地味な色合いの『三色ライス』。
手頃な価格と安心の味と入りやすさが魅力のチェーン店も好きだし、若者に人気のおしゃれなカフェなどに憧れたりもしますが、歴史ある町にたたずむ古くからお店にも心惹かれます。

そういうお店は自分にとっては『変わった』お店だけど、その町の人たちにとっては日常として存在している。そんな独特の空気があっておもしろいなぁと思います。

先日、まさにそんなお店に出会いました。
1980年北海道生まれ。
気が付くと甘いものばかり食べている偏った食生活を送っています。


前の記事:後楽園ホールのグラフィティアート


下町の洋食屋さんの名物メニュー『三色ライス』

そのお店は東京・台東区、千貫神輿で有名な鳥越神社からほど近いところにありました。
いかにも下町の食堂、といった雰囲気が漂う『一新亭』。
下町の食堂っぽい雰囲気の『一新亭』。
下町の食堂っぽい雰囲気の『一新亭』。
何となくラーメンとか中華っぽいのを出すお店かと思いこんでいたので、『洋食』とあって驚きました。

さらに気になったのは、この表示。
『三色ライス』。
『三色ライス』。
カレーライス、ハヤシライス、オムライス。
洋食屋さんの主役級メニューの共演という点では、ハンバーグとエビフライのセットとかミックスグリル、お子様ランチなどと似ているかもしれません。
でも、ライス系のみの盛り合わせって珍しいですよね。
『三色○○』ではパンやだんごあたりはよく見かけますし、三種類の風味の違うクリームが楽しめる『トリオシュークリーム』なんてものを食べたこともありますが、ライスが三色なのは初めて見ました。
ていうか、パンとかだんごなら三色くらい食べられるけどライスは重くない?
すぐお腹いっぱいになっちゃうんじゃ?
そもそも、何故一皿にそこまでライスを盛りつけようとする?

という疑問もあるし、ちょうどお昼ご飯食べてなくてお腹もすいていたし、食べてみることにしました。
手書き立て看板。これのおかげで現役のお店なんだと安心できました。
手書き立て看板。これのおかげで現役のお店なんだと安心できました。

懐かしさと私好みがほどよいバランスの『三色ライス』

『オムライス メンチカツ付』にも激しく心を揺さぶられましたが、ここはせっかくなので『三色ライス』をオーダー。
カレーライス、ハヤシライス、オムライス。
カレーライス、ハヤシライス、オムライス。
一皿にカレーライス、ハヤシライス、オムライスが盛りつけられているという以上に説明も必要ないような明快なメニューですが、想像以上に量が多い!
スマホと比較してボリューム感を伝えようと思ったけどイマイチでした。
スマホと比較してボリューム感を伝えようと思ったけどイマイチでした。
こういった盛り合わせ手系メニューだと、ひとつひとつの量はそれほど多くないものの一皿全部食べるとちょうどお腹いっぱいになる、といった分量であるケースが多いかと思いますが、三色ライスの場合、カレーライスもハヤシライスも小食な女性だったらそれだけで満足してしまうんじゃないかと思うくらいの量がありました。それぞれ0.7人前程度のボリュームでしょうか。

気になる味ですが、黄色っぽくややもったりしていて、辛さはマイルドで食べやすい、「昔ながらの」という形容がぴったりくるカレーライス。
デミグラスソースの濃厚な味わいの中に、独特の酸味と苦みが感じられて、何だか癖になる味のハヤシライス。
そして、玉ねぎと鶏肉がたっぷりのケチャップライスを薄焼き卵でふんわりきれいに巻き込んだオムライス。
どれも美味しいですが、特にオムライスは私の好みでとても美味しかったです。
玉ねぎたっぷりのケチャップライスと薄焼き卵が私の好み。
玉ねぎたっぷりのケチャップライスと薄焼き卵が私の好み。
ふわふわの半熟スクランブルエッグにこじゃれたソースをかけたオムライスもいいですが、こういうお店で食べるならこういうオムライスだよなぁ、と思わせる絶妙なオムライスです。
「ご飯ばかりですぐお腹いっぱいになるんじゃ?」という疑問はその通りでしたが、お腹がいっぱいになっても完食してしまうくらい魅力あふれる三色ライスでした。

一見さんへのサービス精神から生まれた『三色ライス』

こちらの『一新亭』は浅草橋の地で三代年続く老舗洋食店、今のご主人は3代目に当たります。雑誌や新聞で紹介されることもあるそうです。

というのを全然知らずにお店に入ったのですが、他のお客さんが途絶えた時に感じの良い奥様に話しかけてみたら、いろいろ教えてくれました。
『一新亭』3代目ご夫婦。
『一新亭』3代目ご夫婦。
調理が一段落ついて落ち着いたご主人も厨房から出てきて、お話してくれました。

100年もずっとこの土地で洋食店を営んでいらっしゃるということは、きっと代々のメニューをずっと守ってきて、三色ライスもそのうちのひとつなんだろうなぁ…とうがかってみたところ、
「メニュー自体は昔と変わってる…というか大分減ってるよ。三色を始めたのは25~6年前くらいかな。」
とのこと。
メニュー一覧。
メニュー一覧。
全体的にオムライスと三色ライス推し。
全体的にオムライスと三色ライス推し。
25年って十分長い年月ですが、100年の歴史を前にすると意外と新しい気もします。
新メニューを出すようになったきっかけがあったのでしょうか。
「うちの店は先代の頃からハヤシライスが評判だったんだけど、ある時テレビの…おいしん坊だかくいしん坊だか、そんなので紹介されて」
ハヤシライス、確かにおいしかったです。
ハヤシライス、確かにおいしかったです。
「それがきっかけでたくさんお客さんが来てくれたんだけど、せっかくハヤシライス食べてうちの味に興味を持ってくれても、遠くから来てくれた人だとなかなか次に来れないじゃない。だから、一度にいろんなメニューを試せるように、三色を出すようになったんだよ」

よく「常連客のリクエストが定番化した」とか「まかないが人気メニューになった」って話は聞きますが、初めてのお客さんのために作られたものが名物メニューになったんですね。「おいしん坊だかくいしん坊」は、『くいしん坊!万才』でしょうか。
梅宮辰夫とか村野武範あたりでしょうか。
一見、いたって普通の食堂だけど、そんなエピソードがあるとは。
一見、いたって普通の食堂だけど、そんなエピソードがあるとは。
名物メニューも独特だしたたずまいも素敵だし、テレビの取材なんて今でも多いだろうなぁと思いましたが、
「たまにテレビの取材の依頼もあるんだけど、ほとんど断ってる」
そうで、「断っちゃうんですか?」とこちらが驚いていると
「雑誌や新聞ならいいんだけど、テレビは影響力がすごいからね。いつも来てくれるお客さんに迷惑になっちゃうから」
だそうです。
「そうそう、テレビだと放送中から問い合わせの電話がもうすごくって。うちみたいな夫婦でやってる小さな店だと、電話の応対だけでもう大変!お店開けなくなっちゃうの」
と、奥様も笑っていました。

「取材は雑誌や新聞だけにしてるけど、新聞の影響は細く長いんだよね。3年前の切り抜きを持って店に来てくれるお客さんがいたりしてさ」
と仰るご主人と奥様は、いつも来てくれるお客さんを大事にしつつ、決して私のような一見客を適当に扱ったりもしない、とても素敵な方々でした。
下町の個人経営の食堂って入りにくいな…。そんな風に思っている方にこそ、是非一度訪れてほしいお店です。
中が見えなくてハードル高いけど、いいお店です。
中が見えなくてハードル高いけど、いいお店です。

ご主人の趣味の写真がすごい

ところで、こちらのお店は壁にいろいろと写真が貼ってあるんですけど、よく見ると何かすごいんですよ。
写真がいろいろ貼ってあるなーと思って見てみたら、
写真がいろいろ貼ってあるなーと思って見てみたら、
写真集とか
写真集とか
写真展とか書いてある。
写真展とか書いてある。
この「秋山武雄」さんというのはご主人のことですか?とうかがうと、何でもご主人は15歳の頃から写真を撮りはじめて、家業の洋食店を継いでからも趣味としてずっと写真を続けてきたのだそうです。
ご主人は1937年生まれとのことなので…、何とカメラ歴50年以上!
移り変わる東京の街並みを長年カメラに収め続けてきたご主人は、アマチュアカメラマンの有名な賞を受賞したり、写真教室の講師として教壇に立ったり、新聞に連載を持ったりと本業以外でも活躍をされているそうです。
ご主人の連載記事の切り抜きも掲示されています。
ご主人の連載記事の切り抜きも掲示されています。
読売新聞の都内版で毎週木曜に連載されているそうです。
ご主人が撮った昭和時代の写真の風景を振り返るといった内容ですが、
「記者と一緒に写真の場所に行って、どんなところだったのか説明してるんだよ。写真だけ見ても今の人たちにはそれがどこなのかピンとこないことも多いみたいでね。」
とのこと。
確かに、昭和30年、40年代の写真を見ても今の東京といまいち結びつきません。
ご主人の作品。雷門と都電の風景。
ご主人の作品。雷門と都電の風景。
知識として「昔はこうだった」と知っていても、写真として風景を見るとまた違った驚きがあります。
私はそんなにカメラに詳しいわけでもないし、写真もそんなに得意じゃありませんが、写真が人に訴える力ってすごいなぁと感心させられます。
お店がある付近も昔はこんな感じだったそう。
お店がある付近も昔はこんな感じだったそう。
長年下町に住んで、家業を継いでやってきたご主人だからこそ、独自の視点で東京の町を切り取ってこれたのだろうなぁと思います。
下町の洋食屋さんに興味がある方も、カメラや写真に興味がある方も、東京の町の移り変わりに興味がある方も、是非一度『一新亭』に足を運んでみてください。

おいしいし興味深い。

『三色ライス』、何それ?という軽い気持ちで入ってみた食堂で、想像以上にいろいろなお話をうかがうことが出来ました。
私は地方出身であまり東京に詳しくないし、あまり知ろうとも思っていませんでしたが、ご主人の写真には
「ここは、今どんな風になっているんだろう」
と興味を持たせる、そんな魅力がありました。

もちろんご飯も美味しかったです。
次はオムライス(メンチカツ付)を食べようと心に決めています。
ご主人の撮った鳥越二丁目(上の写真)をインスパイアして撮った鳥越二丁目。
ご主人の撮った鳥越二丁目(上の写真)をインスパイアして撮った鳥越二丁目。
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