特集 2014年9月7日

書き出し小説大賞・第56回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第56回目である。

先日から世間を賑わせているデング熱、ずっとテング熱だと思っていた。おたふく風邪の仲間みたいな。あとテングと言えば天狗の着物についているあのボンボンみたいなの、アレ名前はあるのだろうか。用途はなんだろうか。ちょっとしたお礼にその場でちぎって「つまらないものですが」と渡す的な、そういうのなら可愛いと思う。とりとめがなくなったところで今回の秀作を発表しよう。

書き出し自由部門

カーテンにくるまった父は最強だった。
もんぜん
通り名は「立った幼虫」
客は皆ドロドロの具なし汁を旨そうにすすっている。看板メニューの「完全煮」だという。
suzukishika
美味しいジャイアンシチュー的なものを想像。
ついにブラウン管のテレビが処分され、家族写真がおさまる写真立てが居場所を失った。
紀野珍
木彫りのベアーも。
よし江の癖は、夫との老後を考えると自転車を漕ぐ足が速くなることだった。
もろもろ
考えただけでサドルから尻が浮く。
「鶏が先か、卵が先か」母はもう一度料理本を広げた。
ぴすとる
親子丼は鶏焼くのが先。
奇をてらって失敗する人間を、僕は鏡の中に何度も見てきたはずなのに。
くわ
なんとも身に詰まされる秀作。
波がコンクリートを叩くたび、自分が透明に近づくのを感じる。母船からの通信は途絶えたままだ。
Mch
母船がUFOだと考えればまた味わいも変わってくる。
タカシの松葉杖はやたらとしなった。
ウチボリ
反動で側転?!
店番しといてくれ、とマスターが店を飛び出してから小一時間が過ぎた。僕はひと組のカップルの相手をし、今は本を見ながらスクリュードライバーを作っている。
xissa
水道水をドライバーでかき混ぜて。
夜、5滴ほど泣いた。高いところから畳に落下させた。ぱた、と音がした。
井沢
「5滴」がいい。辛すぎると人は客観的になる。
そのとき見えた彼女の指先の紅を、あいつは今でもストロベリージャムだと信じているのだろうか。
早百合
鼻くそほじり過ぎで付いた鼻血だったかもしれない。
月末の納入も終り、壁に貼られた野兎を外して新しい兎に鋲を打つ。
義ん母
ひと月でちょうど腐敗する。
夢から逃げた。夢なんてなかった。なにもかもをリセットして津田沼駅のホームに帰ってきた。
炎の文房具屋さん
夢は近くて遠い。
湯切り口からあの人が飛び出してきて、私にプロポーズした。
松っこ
茹で麺まみれで。
人魚はゆっくりと煙草をくゆらせ、ニューハーフの定義を真剣に考えた。
茂具田
ケンタウルスも加わった。
自称すればわたしは何にでもなれた。
小夜子
自称・島耕作。

毎回発表する作品はネットという媒体を考慮して横書きだけど、本来は縦書きがふさわしいと思う。現在制作中の「書き出し小説単行本」でも作品は縦書きで掲載している。縦書きにしてみて面白いのは作品に運動性が現れること。上から下への視線の動きは窓の水滴を追うそれと似ている。いい書き出しは文字が尽きてもそのままイメージが「垂れて」いくような気がする。逆にそこでピタッ!と止まる書き出しにも別の魅力はあるけれど。
読み手のみなさんも、そしてもちろん書き手のみなさんも、試しに頭の中で作品を縦書きに変換してみてください。横書きで読んだときとはまた違ったイメージが沸いてくるかもしれません。
今回も面白い作品が集まった。個人的には義ん母氏の兎を壁に打ち付けるイメージに感心、炎の文房具屋さん氏の「津田沼駅」に笑ってしまった。

つづいては規定部門、今回のモチーフは「音楽」であった。書き出しが奏でるさまざまなメロディーに耳をすませてもらいたい。

規定部門・モチーフ「音楽」

「運命」の曲にあわせて米を研ぐ。
大伴
ギュギュギュ、ギューーーッ!
指揮者は眼前の蜘蛛の巣をタクトで払い落としながら、洞穴の奥へと進んで行く。
人が生きてる
タクトの先には綿菓子的な塊が。
小宮はト音記号を書くのがことのほか上手かった。音痴なのに。
夏猫
陰毛までト音記号っぽい。
第四楽章アダジェット……ここは甘く。校歌もいよいよ中盤。
マッドまっすぐ
ここまでで50分。
初めてのラブレターは五線譜に書いた。
ウチボリ
次の日、クラスメイトの前で歌われた。
性的嗜好の一致で結婚し、音楽性の違いで離婚した。
おかめちゃん
今後はソロで。
パウダールームに流れるクラッシクの美しい調べが下痢の破裂音でかき消された。
g-udon
個室からデスメタル。
レコードと敷蒲団に針を落とした。
TOKUNAGA
四畳半フォークな世界観。
三十路のギタリスト同士が背中を合わせると、互いの家庭環境が入れ替わった。
TOKUNAGA
都内実家暮らしと上京アパート暮らしが。
空が割れる音がした。泥だらけのクラシックが、降ってくる。
シャウト系のボーカル入れてみた。
「カップ麺(やわらかめ)」というタイトルの動画ファイルをクリックすると、あの有名な“無音のピアノ曲”が再生される。
紀野珍
ジョン・ケージネタ、ここで出ました。
彼女がしてるヘッドホンはよく見ると今川焼だった。どんなメロディが聞こえてるのかな。
suzukishika
出来たてが冷めてゆく儚いメロディー。
愛車のワイパーに合わせて三曲つくった。ウィンカーでもう一曲できる。
suzukishika
でも全部「おら東京さ行くだ」に似てる。
現代作曲家の彼の新作は、弦楽器の不協和音と、打楽器の不規則なリズムによって、ファストフードの危険性を説くものであった。
ふじーよしたか
次はファストファッションの労働格差をテーマに。
結局最後には翼を拡げるし、光を求めて飛び立つし、もう会えないし。僕らの聴いている音楽は、誘蛾灯に誘き出される蚊の一生のようだ。
不眠
それでもまた歩み出すし。あと咲き誇るし。
さーん、でー、おーば、ざ、れいんぼ。そこしか知らない。おーば、ざ、れいんぼ。虹は越えられず、日曜日は過ぎていく。
xissa
ホントは Somewhere だけど。その誤解が可愛い。
ドアの先には亀がいたり、体が大きくなる不思議なキノコがあったりする。そういえばあの音楽も鳴っている。
翌日未明
今回もっとも音楽が聞こえた作品。ちょっとズルいけど。
明け方の八百八町に呼子が木霊する。半鐘が鳴り尺八の朝練が始まった。
ボーフラ
お江戸ミュージカル的な書き出し。
谷底のピアニストは無口だった。ただ彼の音だけが、朝もやに溶けて姫の窓辺に届いた。
Mch
不鮮明は情景と不明瞭なメロディー。
合奏を終えてシンバルを見ると、ぺちゃんこになった蠅がくっついていた。
おかめちゃん
一回しか鳴らしてないのに。
人が本当に死ぬ時は、この世から忘れ去られた時とよく言われる。この世にある音楽の中には、きっと死にたくても人気がありすぎて、弾き語りされ続けて、死ぬに死ねない悲しさを纏った曲があるのだろう。
prefab
それはやけに明るい応援ソングだったりしそう。
音楽に「まつわる」ネタを扱ったもの、既存の音楽を連想させるもの、オリジナルの音楽に挑んだもの、さまざまなアプローチがあった。大伴氏の作品、今後米を研ぐたびに頭の中に「運命」が流れそう。ウチボリ氏、素敵な反面中二病的痛さもあってもどかしい読後感。TOKUNAGA氏は二作真逆の作風で。敷き布団から流れる音楽を聴いてみたい。紀野珍氏、このネタは誰がやるかと思っていたら書くべき人が書いた。suzukishika氏は二作。どちらもネタに収まらないネタものという高レベルな作品。不眠氏とprefab氏の作品は批評性のある作品で、音楽というモチーフにこういう切り込み方で来るのは意外だった。しかも批評に収まらない情感がある。翌日未明氏、読み終わったと同時に死んだときの効果音が流れた。♪チャラッチャチャラララ~

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ「虫」
次回のモチーフは虫。いまはスズムシ、コオロギなど風情豊かな秋の虫が盛りだが、季節はまったく関係ない。どんな虫を扱ってもらっても結構。もちろん虫と言えばあの人類最大の嫌われ者もいる。「虫が知らせる」「娘に悪い虫がつく」など、虫にはさまざな慣用句や比喩表現がある。それらを使ってもらってもいいがあまり外れるとモチーフの持つ力が弱まるかもしれない。基本は具体的な昆虫をイメージしたものがよい。読むだけで「ギャッ!」となりそうなインパクトのある作品から、美しく儚いイメージのものまで、さまざまは虫を採集したい。

締め切りは9月19日正午、発表は9月21日を予定している。下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し応募して欲しい。力作待ってます!
最終選考通過者

よしおう/げっつぁん/天秤座/小岩井祝/ぷにぃー/えむ毛/くまきん/後期人間/山本ゆうご/名前は「ナイ」//ロシアンダイバ/街路樹/流し目髑髏/早月志歩/哲ロマ/Hal/わたしがMです。/Nao/イワモト/うにねこ/名前は「ナイ」/まう茶/eat_sushi/全角空白/さああん/
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