特集 2014年9月25日

サッカーで言う「いい形が作れている」が粘土の話に聞こえる

サッカーに詳しくないみんなが頭に思い描いているであろう、あの「いい形」をついに作った
サッカーに詳しくないみんなが頭に思い描いているであろう、あの「いい形」をついに作った
「今のはいい形でしたね」
「いい形が見えました」

サッカーの試合で、解説者がこんなふうに状況を説明することがあるだろう。

サッカーというのは選手がボールをやーやーとゴールまで蹴っていくスポーツだと思っていたのだが、形を作るものでもあるらしい。

サッカーにうとい私は、選手たちが粘土かなにかで「いい形」をひねりだしているのを想像してしまっていた。私だけじゃなく、そんなふうに想像したサッカー門外漢の方は多いのではないか。

想像上の「いい形」を作りつつ、本当の「いい形」とは何なのか、思い知ってきました。
東京生まれ、神奈川、埼玉育ち、東京在住。Web制作をしたり小さなバーで主に生ビールを出したりしていたが、流れ流れてデイリーポータルZの編集部員に。趣味はEDMとFX。(動画インタビュー)

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> 個人サイト まばたきをする体 Twitter @eatmorecakes

ワールドカップで突如脳裏に現れた「いい形」

先のサッカーワールドカップ。サッカーにまったく疎い私も試合を観戦する機会が何度かあった。そこで聞いたのが冒頭でも紹介した解説コメントだ。

「今のはいい形でしたね」
「いい形が見えました」

試合以外でも選手がインタビューで「いい形が作れる時間帯があった」というような受け答えをしているのをニュースなどでしょっちゅう見かけた。

いい形。

それは一体どんな形だろう。

最初にそんな疑問がわいたとき、ぱっと思いついたのが白い置き物であった。なめらかな、流線型をした抽象的な造形の置き物。

「いい形」である。
こんな感じのものがパーッとご信託のように脳裏に現れた。私の考えるサッカーにおける「いい形」である。
こんな感じのものがパーッとご信託のように脳裏に現れた。私の考えるサッカーにおける「いい形」である。
このような形をピッチの上で選手たちがひねり出す。そこへ解説、「いい形が作れていますね」。

一度妄想してしまったら最後、サッカーで「いい形」と聞くたびに粘土細工を想像するようになってしまった。

要はウコンについての一瞬の逡巡と同じです

本来は粘土なんかじゃなく、選手の連携が戦術的に良い状態にあること? を? 「いい形が作れている」などと言うのかな?…という素人考えながら常識的な想像もできてはいる。それはどうか分かってほしい。

その上で、どうしても頭を離れないのだ。粘土細工が。

ウコンはウコンだと知っていはいるのにどうしてもウンコを一瞬想像してしまうのと同じだと思っていただければ分かりやすいだろうか。

ウコン・ウンコ問題と近いくらいの切実さで、私にとって「いい形」・粘土細工問題はやむを得ない事態なのである。
私の2014 FIFAワールドカップは、胸に脳にと去来する粘土細工の「いい形」を思い浮かべては振り切るという戦いでもあった
私の2014 FIFAワールドカップは、胸に脳にと去来する粘土細工の「いい形」を思い浮かべては振り切るという戦いでもあった

いよいよ「いい形」問題が深刻化

日ごろサッカーとは縁遠い生活を送っている私である。本来であればワールドカップの閉幕とともに粘土の「いい形」に思いをはせることもなくなるはずだった。

「いい形」ってそれはどんな形だろうとちょっとでも思ったことのある同士の皆様はきっと私と同じようにサッカーには詳しくない方であろう。そういった方はみな今や粘土の呪縛からは逃れて生活されているのではないか。

しかし私の場合、ワールドカップからバトンを受け取るようにして家族がサッカーにのめりこみ始めたのである。地元のサッカークラブに入会した小1の息子だ。

平日週2回の練習、そして週末の朝練や試合。全く予期せずサッカーが我が家の日常の一部になった。
玄関にはボールやシューズ、そして常に家中が砂っぽい(グランドから砂を持って帰ってくるため)
玄関にはボールやシューズが。そして常に家中が砂っぽい
日々の生活にもサッカーの影が急激に色濃く反映されはじめ、私もなにか予感めいたものは感じ取っていた。くるぞくるぞ。

そして先日、息子の試合を観戦していたところ隣で応援していた親御さんが確かにこう言ったのだ。

「あー、いま惜しかった! でも意外にいい形作れてませんでした?!」

きたー。
そうして私は、紙粘土を買った
そうして私は、紙粘土を買った
「ねんどのいろ」。お、おう…
「ねんどのいろ」

もうこうなったら一旦、作ろう

「小1にしては意外にいい形作れてませんでした?!」

今度はプロサッカー選手ではなく、小1の話なのだ。

「『小1にしては意外にいい形が作れていた』さて、何の話だと思いますか? サッカーでしょうか、粘土でしょうか」

駅前でインタビューしてボードみたいなやつににシールはっていってもらったら、間違いなく粘土派が大勝するだろう事態。

落ち着いて一旦座りましょうか。という言葉があるが、そういった意味で私は粘土を買いにいった。

落ち着いて一旦もう、作りましょうか、いい形。
作るものはもう決まっている。ワールドカップ中なんども脳裏に浮かんだ、私の中ではもはや超有名なあの「いい形」である
作るものはもう決まっている。ワールドカップ中なんども脳裏に浮かんだ、私の中ではもはや超有名なあの「いい形」である
台座は木、そしてアンバランスながら自立するのが特徴だ
台座は木、そしてアンバランスながら自立するのが特徴だ
忠実に再現するため表面は滑らかにしたい。紙粘土で作りながらもこののびを生かしてキメを整える
忠実に再現するため表面は滑らかにしたい。紙粘土で作りながらもこののびを生かしてキメを整える
最近の紙粘土は本当に扱いやすい。よく伸びて手もべとべとしにくく思い通りにまとまる。作業をしながら何かを形作っているという実感がすごい。

そうだ、やはり「形を作る」といえばサッカーじゃないだろう。粘土細工のことだろう。

形、つくってるぞ。いま私は、いい形をつくっているんだぞ。

比喩ではない、直接的表現に身をゆだねる安定感、安心感が満ちていく。
しかし造形力があまりに低いため出来上がったのはこんな感じだ
しかし造形力があまりに低いため出来上がったのはこんな感じだ
後から写真を見て「これか……」と驚いたのが正直なところだが、実際作った直後はこれはかなりいい形なのではと思っていた。

このあとニスを塗って乾かしてしばらく玄関にでも飾っておこうと。

つまり、満足した。

満足、そして勘違い病の治療へ

さて、私のほうは満足した。しかしこのままでは勘違いされたままのサッカー側(誰だ)は納得がいかないはずだ。サッカーで言うところの「いい形」とは本来どういうことをいうのだろう。

あとはもう、真摯に本来の意味を知っておきたい。心おきなく、「サッカーの解説で『いい形が作れている』と聞いて粘土を思い浮かべてしまう」病を治療しよう。

幸いにもJリーグ1部(J1)を戦う人気サッカークラブ、FC東京の10年来の熱心なサポーターである友人Kさんに教えを請うことができた。
実は他に出した2件の取材先に取材を優しく断られて泣きついた相手でもある。この日もFC東京のポロシャツに
実は他に出した2件の取材先に取材を優しく断られて泣きついた相手でもある。この日もFC東京のポロシャツに
靴もFC東京。「石川直宏選手デザイン&直筆サイン&シリアルナンバー入り特製ランニングシューズ(アディゼロジャパン)! 今はもう売ってないやつです!」
靴もFC東京。「石川直宏選手デザイン&直筆サイン&シリアルナンバー入り特製ランニングシューズ(アディゼロジャパン)! 今はもう売ってないやつです!」
FC東京では年間チケット購入者を「ソシオ」と呼ぶそうで、Kさんはそれを10年続けた「10年ソシオ」なのだそうだ。10年目にもらえる金バッジも持っている(右)
FC東京では年間チケット購入者を「ソシオ」と呼ぶそうで、Kさんはそれを10年続けた「10年ソシオ」なのだそうだ。10年目にもらえる金バッジも持っている(右)
Kさんは、自分はサッカーファンというだけでプロでも業界関係者でもないので…と恐縮しつつも、いちサポーター目線での話でよければ、と丸腰の私に対してへんに素人扱いしないガンガンに攻めた解説をしてくれた。

面白いくらい理解が追いつかず「???」となってしまう部分もあったが、質疑応答を繰り返し「『いい形』が作れている」という言葉の本当の意味をなんとなく見いだすことができた。
時間をかけて最近のサッカーの戦い方について熱く解説してくれた
時間をかけて最近のサッカーの戦い方について熱く解説してくれた
最後にはスケッチブックがかなり大変な状態に
最後にはスケッチブックがかなり大変な状態に

サポーターは惜しいシーンで「いい形」を使う

ざっくり言うと、特にサポーターや観客にとって、「いい形」はシュートはしたものの得点できなかった惜しいシーンの直後に発することが多い言葉のようだ。

「いい形だ! いい形できているぞ!」といったように攻撃の最中にはあまり使わない

惜しい場合もすべてがすべて「いい形」だったわけではないそうだ。1人、2人といった少人数でシュートまで持って行ったりするようなときにも使うことは少ない

連動性がある攻撃が相手のディフェンスをうまく突破したときに使うことが多いという。Kさんは「いい崩し」という言い方もしていた。

「いい形」は1人ではなく大勢で作るものなのだ。
ディフェンダーの体の使い方を立ち上がって解説してくれるKさん。敵ゴールに対して斜めに走ること(ダイアゴナルラン)で相手DFのマークを混乱させパスを通りやすくする。敵陣のタッチライン際までドリブルで切れ込み、そこから自陣側に戻す速いグランダーのクロス(マイナスのクロス)が入り複数の人間がゴール前に飛び込む。早い段階でのクロス(アーリークロス)を長身FWに合わせてこぼれ球を2列目のMFに狙わせる、などなど「いい形」の具体例も説明してもらいまくった
ディフェンダーの体の使い方を立ち上がって解説してくれるKさん。敵ゴールに対して斜めに走ること(ダイアゴナルラン)で相手ディフェンダーのマークを混乱させパスを通りやすくする。敵陣のタッチライン際までドリブルで切れ込み、そこから自陣側に戻す速いグランダーのクロス(マイナスのクロス)が入り複数の人間がゴール前に飛び込む。早い段階でのクロス(アーリークロス)を長身のフォワードに合わせてこぼれ球を2列目のミッドフィルダーに狙わせる、などなど「いい形」の具体例も説明してもらいまくった。これをメモした私もすごいと思う

「いい形」は、見えてくる

そういった「いい形」と評されるような連動性がある攻撃は緻密に計算されていることが多い。選手はそういった連動を調整しながらくりかえし練習で確認しているものらしい。

そして練習の成果である連携は試合ではじめて観客に見えてくる(いい形を作る練習は非公開なので熱心なサポーターでも事前にそうそう見られるものではないのだ)。

「ピッチを広く使ったいい形が見えた」

というように「いい形」という表現は流動的な連携が実戦を通して観客に見えたときに使う表現でもあるようだ。
ところで私が作った「いい形」は取材先への運搬中にカメラの下敷きになってつぶれた
ところで私が作った「いい形」は取材先への運搬中にカメラの下敷きになってつぶれた

粘土でいうなら油粘土

と、実は写真のとおり私の作った「いい形」は、つぶれた。あまりに予想外のことで絶句である。これがサッカーだったら、相手側のディフェンスを前に連携が機能しなかったという感じか。

しかしKさんは、そもそも「いい形」というのは紙粘土ではなく油粘土なのでは、というのだ。

サッカーは有機的なスポーツである(と、村上龍が常々いっている)。いくら練習できれいな形が作れても、がちがちに固まったものでは実戦では役に立たない。なんどでも作り直せる、作り変えられるものでなければいけないのだ。
というわけで、早速油粘土を買った
というわけで、早速油粘土を買った
サッカーでいうところの「いい形」。その正体はなんとなく理解することができた。

しかし、そうか油粘土か、という粘土側の立場に立った新しい「いい形」の視点も得てしまったためまだまだサッカーを観ながら粘土に思いをめぐらす日々は続きそうである。

甘んじて受け止めていきたい。
「いい形」は複数人で作るものである、ということなので粘土も子供たちに協力してもらって作ろうと思ったのだが、気味悪がって一緒に作ってくれなかった
「いい形」は複数人で作るものである、ということなので油粘土版「いい形」は子供たちに協力してもらって作ろうと思ったのだが、気味悪がって一緒に作ってくれなかった

将棋も粘土か?

サッカーの「いい形」が粘土のことにしか聞こえない件については事前に数名の友人に相談していた。その折、「いい形」って将棋でもいうような気がするという話が出た。

そもそも「いい形」という言葉はサッカー以外にもスポーツや勝負事全般で使われる言葉のようだ。

いい形が“作れている”とより粘土っぽい“作る”という言葉につながるのがサッカーの解説に多かったという話なわけだが、そうか将棋か。

将棋は棋士が座って将棋盤に向かっている姿そのものがそもそも粘土細工っぽい。

しまった。今度は将棋をみてもまた粘土を思ってしまうではないか。
サッカーはほとんど観ないのにサッカーマンガだけはやけに読む。それこそ棋士がサッカー選手になるサッカー将棋マンガなんてのもあるんですよ(写真手前の「ナリキン!」)
サッカーはほとんど観ないのにサッカーマンガだけはやけに読む。それこそ棋士がサッカー選手になるサッカー将棋マンガなんてのもあるんですよ(写真手前の「ナリキン!」)
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