特集 2014年10月19日

書き出し小説大賞・第59回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説第59回目である。

まず今回はお詫びから始めなければならない。ただいま鋭意制作中の「書き出し小説」単行本だが、どうやら発売が当初の予定11月から12月中旬に伸びることになってしまった。心待ちにしていた読者のみなさんには大変申しわけないがいましばらくお待ちいただきたい。もちろんその分、さら充実した内容になることをお約束するので、どうかご勘弁を。

秋も深まり出した。隣は何をする人ぞ、と言いたいところだが、マンションの隣部屋からは相変わらず深夜アニメの萌え声が丸聞こえである。それでは秀作を発表する。

書き出し自由部門

「待て」を解かれた天使の大群が、いっせいに不幸な男にたかった。
紀野珍
ネロとパトラッシュにも!
ほぐした紅鮭の身は屋根瓦の形をしていた。
g-udon
ジオラマの石州瓦に。
夜の公民館はダンサーにとって大きな鏡でしかなかった。
俺スナ
リア充に囲まれた!
その銀行強盗は銀行だけをそっくり奪っていき、無傷な人質だけが残された。
うにねこ
壁だけでも返して!
巻尺式のリードが犬に引っ張られてどんどん伸び、隣国との境界を越えた。
おかめちゃん
その瞬間、機銃掃射が!
きれいなおかっぱ頭が窓枠と平行に移動する。
xissa
そして垂直な窓枠の向こうに消えていった。
ハロウィンでオバケに仮装した子供達めがけて、老婆はありったけの粗塩をぶちまけ念仏を唱えた。
流し目髑髏
trick or salt
激しい湯切りで有名な脱臼ラーメンの店は接骨院の隣にあった。
哲ロマ
関係ないがビックダディの接骨院が全焼したらしい。気の毒だがけが人が出なかったようでなによりだ。
コタツで寝ている時に襲われたら、まずコタツの中に身を隠す。そしてコタツの足を素早く外し武器とするべし。
ぴすとる
コタツの足の三節棍(1本は予備)
義手を易者に差し出すと、「書いてから来い。」と筆を投げられた。
義ん母
後日、書いた義手を郵送された。
人生の中で一番可愛く「許してニャン」と言えたけど、ふわふわの囚人服は貰えなかった。
prefab
お菓子で出来た監獄にも入れて貰えなかった。
知らない路地を曲がると、見慣れた路地に入った。
TOKUNAGA
メビウスの路地。
団地から工場への小径は、ずっと荒いコンクリートの路面で、自然に繋がっている。
ボーフラ
この観察力とリアリティは秀逸。
400円あるが全部50円玉だ。まだ玄関の内にいる。
人が生きてる
下駄箱の水槽は濁っている。
三人家族、一人ぼっち、予備のトイレットペーパー探しの旅。
ネコヘアー
助詞を廃し、感覚でつなげる。

今回は日常のデティールに鋭い観察眼を向けた作品が多かった。g-udon氏の作品、鮭の身を瓦に見立てたセンスが秀逸。俺スナ氏、仕事の帰り道、ふと目に入る光景をうまく再現した。xissa氏の作品は実際に見た光景かは定かではないが、不思議とリアリティのあるビジュアルが浮かぶ。ぴすとる氏の作品はコタツを題材にしたモノボケ的な作品。これもしっかりコタツがイメージできていなくては書けない。ボーフラ氏の作品は秀逸。まずここに目を付けるという観察眼。誰もがスルーしつつ読めばあの、砂利っぽいコンクリートが自然と小石へ変化する舗装の境界が浮かぶ。人が生きてる氏の作品は心理的なデティールを突き詰めることで実在主義文学のような匂いを出した。

つづいては規定部門。今回のモチーフは「不倫」であった。書き出し作家たちの昼顔を紹介しよう。

規定部門・モチーフ「不倫」

旅番組のロケ中、男と歩く妻を見かけた。
大伴
いい旅、サスペンス気分。
日曜の彼は全身ユニクロだった。
g-udon
家族でラウンドワンに行く途中だった。
雷がなったとき、すがりつく肩を間違えた。
プレミアムバザー高田
旦那に落雷にしたので、結果的には正解だった。
土曜日の助手席は、いつも半歩分前にずれている。
シノ
妖怪のせいではない。
ハイウェイを逃走する親父と愛人を、上空からお袋が狙う。
えむ毛
サングラスでライフル構えて。
三年半の刑期を終え帰宅すると、新生児を抱いた妻が出迎えてくれた。
みつばち社長
出所するまで出産しないって誓ったの。
愛人のめぐちゃんが土のお団子を作ってくれた所でママが呼びに来た。
もんぜん
子は親をマネる。
一夫多妻制の国から来たと聞いていた。
おかめちゃん
多夫一妻制でバランス取ろう。
妻がどこかで私の知らない縛り方を覚えてきた。
よしおう
結び目がふたつ多い。
旦那には私は三つ子ということになっている。
トミ子
不倫分身の術。
旦那の携帯に登録されている「マクドナルド武蔵境店」が私の電話番号だった。
unnnunn
ほかにも支点がたくさんある……。
「パパがんばってね」の言葉がここで染みるとは。
俺スナ
娘に言われたのか、愛人に言われたのかで意味が別れる。
そうか。うちの冷蔵庫にはオイスターソース、なかったんだ。
xissa
なんとなくだがオイスターソースは愛人宅、みりんは本宅って気がする。
「不倫は、社風だ」顔色ひとつ変えずに、先輩は囁いた。
吉蔵
と言いつつ不倫してないのは先輩だけだった。
従業員出口を抜けた途端、二人は下の名前で呼びあった。
ゆっきん
これが不倫の醍醐味って感じがします。
不倫の仲裁に入った私が一番罵られ場はおさまった。
流し目髑髏
この際こんな立場でもいいから不倫に関わりたい。
ふとした拍子に凛とした姿を見せることこそが不倫なのだ。
しょんぼりん
なんだろうこの説得力。
唇と嘘を重ねた。
TOKUNAGA
TOKUNAGA氏の名人芸。
彼女は旧姓が書かれた会員カードを差し出した。このマン喫の個室の中で彼女は少女に戻る。
ciezzzy
二次元不倫。
曖昧なまま始まり、形式上ははっきりと終わった。
早百合
不倫のあるべき形。
石田純一が泣きながら靴下をはいている。
わっち
不倫と靴下は文化!

ネタものとリアルものに大きく別れた。ペンネームから性別は分からないが、おそらく女性の方にリアリティのある作品が多かったのではないだろうか。ネタものでは大伴氏、えむ毛氏、みつばち社長氏、流し目髑髏氏らの作品が目立った。わっち氏の作品、不倫と言えばこの人物を外すわけにはいかない。

リアルものはリアルなほど面白い。ゆっきん氏、さらっとしているが匂い立つようなエロスがある。俺スナ氏、コメントにも書いたがこれは誰にそう言われるかでずいぶん味わいの違う作品。娘だと罪悪感、年下の愛人なら背徳感。unnnunn氏の作品は非常にリアルだがここは「旦那」より「あの人」にすればさらに悲哀が出たように思う。もんぜん氏、お母さんを本妻に見立てこの後修羅場になるのも面白いと思う。プレミアムバザー高田氏の作品は小ネタっぽさが逆にかわいい。g-udon氏の作品は不倫歌謡の定番「ホテル」の世界。歳が分かる。ciezzzy氏の作品は不倫の範囲を二次元にまで広げた技アリの秀作。

創作の愉しみは常識やモラルを越えたところにある。今回はそこを踏まえて楽しんで書かれた作品が多かったように思う。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「秋の夜長」
せっかく読書の秋なので、季節ものとしてこんなモチーフを上げてみた。ただ出題しておいて言うのもなんだが、かなり曖昧なモチーフである。いったいなにを取っ掛かりにしていいかよく分からない。が、書き出し作家たちの創意を信じてこのモチーフで募ってみたい。秋の夜長、この言葉から浮かぶどこか切ないイメージ、人恋しくもありつつ、孤独を楽しむ余裕もある。夜の過ごし方から発想してもいいし、夜長に耽った思索を綴ってもいい。もちろんネタものでもいいし、詩的な趣きがあってもいいと思う。敢えていうならこの秋の夜長独特の「雰囲気」が感じられるものが望ましい。いつもの書き出し小説とはひと味違う作品を期待したい。

締め切りは10月31日、発表は11月2日を予定している。以下の投稿フォームから部門を選択して送って欲しい。力作待っています!
採取選考通過者

不眠/夏猫/小夜子/茂具田/サイズ/ハラセン/ウチボリ/大山倍達/アイアイ/イワモト/Mch/merumo/小町21/きたくま/風見久遠/真夜野ふみ/しよーん/炎の文房具屋さん/(たま)/てこん道/多重忘却/柴咲ハコ/遊泳禁止/あつし/もろもろ

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