特集 2015年3月1日

書き出し小説大賞・第68回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第68回目である。

春めいてきた。いまの時期によく使う言い回しだが、この「めいてきた」を春以外の言葉にも使ってみたい。たとえば「五時めいてきた」これは4時50分あたりから使いたい。「人めいてきた」進化過程でいうとアウストラロピテクスあたりだろうか。「椅子めいてきた」水平にした座椅子に30度くらい角度をつけた状態だと思う……と、無駄話はこれくらいにして今回もめくるめく書き出しの世界にご案内しよう!

書き出し自由部門

アダルトサイトの履歴だけが、私のアリバイを証明してくれた。
大伴
ついでに性癖も証明してくれる。
履歴書どおりのゴリラだった。
マークパン助
特技・糞投げ
母はシングルクリックと言った。
まじいい
母、正し過ぎる。
解体工事と別れ話が同時に始まった。
もんぜん
いっそ清々しい。
「ちわーっす」金髪に腰パンの遺品整理業者がやって来た。
g-udon
おくりびとならぬオクメン。
初対面から呼び捨てになるまでに10分とかからなかった。
山本ゆうご
最初は「閣下」だったのに。
寝ている息子を起こしてまで、伝えることではなかったかもしれない。
高橋明治人
ゴミ箱に投げたお菓子の空箱が立った。
フランケンは頭のボルトとナットをきつめに固定し、夜の街へと繰り出した。
茂具田
きつめに固定すると奥二重になる。
激しい痛みは微かな痒みを残して消えた。
TOKUNAGA
ちょっと名残惜しい。
絡まった延長コードは何処にも繋がってなかった。
TOKUNAGA
分かったときの徒労感。
生まれ変わったら肺魚になりたい。泥の中眠り、雨の中舞うの。
prefab
マイナー願望。でも共感。
ブルゾンの輪郭通りにパチパチと音が跳ねて、降りはじめの雨に気づく。
人が生きてる
合皮を打つ雨粒。
稲妻を眺めながら食べたウエハースが割れずにしなった。
人が生きてる
シュールな食感に挑んだ意欲作。
共鳴する木魚は少しずつ前に行く。
ウチボリ
微振動で。
氷のような眼をして、先輩はトーナメントを駆け登って行った。
kzk
先輩、COOL!でもなんの大会だろう。
9時になったら、鼻くそを丸めよう。
あそー
あまりの適当さに採用してしまった。

まじいい氏の作品はここに登場する母のみならず、すべての母に当てはまりそうな「お母さんっぽさ」がある。もんぜん氏、別れ話の心象風景と現実の風景がシンクロする。高橋明治人氏、息子を起こす内容とそこまでではない内容のボーダーを知りたい。prefab氏、鳥になりたいはよく聞く願望だが、肺魚になりたい派も実は多いのではないだろうか。人が生きてる氏の二作はどちらも彼らしい作品。稲妻とウエハースの超自然的な関係が、読者を未知の感覚に運んでくれる。kzk氏、先輩のクールな勝ち上がり方がよい。個人的にはカルタ大会を想像した。あそー氏、この適当さはひょっとするとすべての表現に対する挑戦かもしれない。

続いては規定部門、今回のモチーフは「戦争」であった。この重いテーマに作家たちはどう挑んだか。その戦いの軌跡をご覧いただきたい。

書き出し規定部門・モチーフ「戦争」

おかえり。あら、泥だらけじゃない、戦争にでも行ってたの?
g-udon
「俺にかまうな!行け!」その声は遠ざかるほど大きくなった。
ぴすとる
迷惑メールフォルダにE召集令状が紛れていた。
紀野珍
ラーメン激戦区で、桜前線が動き出す。
東ことり
スコープ越しに、恋に落ちた。
小雪ゆう
戦争から帰ると、駅前に停めておいた原付が盗まれていた。
菅原 aka $UZY
その応接フロアからは戦争がよく見えた。
紀野珍
その場を支配する沢山の銃声音の一つに、私の眉間は貫かれた。
楠瀬 悠月
誰かと戦ってる内は、自分と戦わなくていい。
人が生きてる
まだ暖かいベーグルを片手に「戦争と平和」を読み進める。ときどき塹壕から顔を出し、狙撃する。
ウチボリ
勝負パンツではなく、戦闘パンツと呼んでくれたまえ。
おかめちゃん
大人一回3錠を目安に、戦前・戦後にお飲みください。戦時中の方は医師に相談してください。
TOKUNAGA
散々引き金を引いたあと、踏んだ花を気にする。
もんぜん
水平線からヘリ部隊が湧き出し、「笑点」のテーマ曲が空を埋め尽くす。
xissa
子リスが置いたくるみを、キャタピラが砕いてくれる。
大伴
西日が閃光に負けた。
義ん母
地雷に水をやる少女が、昨日死んだ。
kjm
捕虜の口笛が上手かった。
山本ゆうご
生きて帰ってきたら怒られたし、勝手に死んでも怒られるし。
あそー
衛生兵の手が一番汚れている、どこの国でも。
ミミズグチュグチュ
餅が喰いたくなり、ジャングルで見つけた訳の分からない木の樹脂を噛み続けた。物凄く口が荒れた。
いがそ君
世界最古の儲かるシステム!
ドーピングヒーローズ
ボタンを押すだけの簡単な仕事でした。
流し目髑髏
作品は予想通り戦争をネタ化し笑い飛ばしたものが多かった。どれも笑うことで戦争自体の価値を無化にする秀作で確信犯的な反戦のメッセージが感じられる。しかし最近はそう笑ってばかりもいられない現実に直面しているようにも思う。
楠瀬 悠月氏の一文は戦争が個人の死を完全に無化にする「現実」だと気付かされぞくっとする。義ん母氏の作品は西日に象徴される日常がなんの前触れもない閃光(核兵器を想起させる)に消し去られる恐怖を感じる。kjm氏、ミミズグチュグチュ氏の作品もそうだが、今回は戦争をシリアスにとらえた作品にドキっとさせられた。
もちろん世の中が平和であることに越したことはないが、戦争を知らない私たちの反戦には教育的根拠しかない。刷り込まれた反戦意識の裏には平和に対するコンプレックスもあるのかもしれない。笑いながらもいろいろ考えさせられる回であった。

では次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「村上春樹」
さて次回はいまや国民作家と言ってよい「村上春樹」をモチーフにする。村上春樹氏になりきったパロディ、オリジナルの書き出しでもよし、引いた視点から村上本、現象、ハルキストと称される読者たち、を扱ったものでもよし、村上春樹その人をキャラに使うもよし、誹謗中傷的なもの以外ならなんでもよい。とくに興味のない人でもそのスタンスでなにかしら書けると思う。どういう作品が集まるか楽しみにしています。
締め切りは3月13日、発表は3月15日を予定している。下の投稿フォームから自由・規定部門を選択し送っていただきたい。力作待ってます!
最終選考通過者

不眠/Mch/ocamo/哲ロマ/あつし/ジャーゲジョージ/ボーフラ/柴咲ハコ/キンゴロー/マッドまっすぐ/炎の文房具屋さん/うつろぎけんいち/正夢の3人目/テレスとキャスター/多重忘却/
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